失って得たもの
何かが外れる音がした。
そして次の瞬間
「ーーーーーーーッ!!???」
突如としてワイヤーを引っ張る力が増した。
私は最初ヤツの力が増したのかと思った……が
しかし、今もヤツは苦悶の表情を呈しながらも殺されまいと必死に抵抗を試みている。
……ということは少年が何か策を講じたと考えるべきだ。
先ほど聞いた謎の音、急激に上昇していくワイヤーの抵抗、そして少年が走って向かった先……そこから導かれるのは
「ーーーーーーーーーーァァァァァァア!!!!!!!!?!?!??!?!」
死の寸前に撒き散らされる呪詛の声
「うあああああああああ!!!!!!!」
それに対し私はワイヤーの抵抗に負けまいと腹の底から在らん限りの力を解放するように叫ぶ。そして
ーーーーーー
鈍い音がした。
それから一瞬にしてワイヤーの抵抗が消えた。
そこからの光景は断片的に覚えている。
彼女の首が飛ぶ。
視界が赤く染まる。
何かに引っ張られる。
身体が浮遊感に包まれる。
……………
…………
……
うぅん……
あれから……どうなった……?
そしてこの少し肉付きが足りないけれどほどよく心地よい温もりを提供してくれるものは一体……
「めい」
声が聞こえる。
声変わりも始まっていないため男性の声とはとても言えないが可愛らしい女の子の声といったわけでもない落ち着いた小学校低学年から高学年の間くらいの男の子……といった印象を感じさせる私の好きな声。
私を導き、奮い立たせ、興ふ……勇気付けてくれる彼の声だ。
「おきて、めい」
「うぅ……あと5分……」
「めい、おきて。そろそろしゅうてんだよ」
「……ふぇ?……しゅうてん……?……終点!!??」
私は跳ねるように身体を起こし周囲を警戒する。
あの女は一体どうなった!?
あれから一体何があった????
「少年、説明プリーズ」
「あとであるきながらはなすね」
そうこうしていると、永らく私たちを包んでいた慣性が緩やかに消失していく。そして
ーーーーーーーキキィィイ!!!!!
列車が止まった。
「ミナサマナガラクノレッシャノタビオツカレサマデシタ。シュウテンニトウチャクイタシマシタ。コウシャノサイハオワスレモノナサイマセンヨウオキオツケクダサイ」
ペンギンによるアナウンスだ。
こうして私たちの長い長い列車の旅が終わった。
その後の話をしよう。
とりあえず列車から降りた私と少年はしばらく歩くことにした。
そもそもこの列車に乗った目的は、私と少年が邂逅したあの日、突如として生まれた光の柱に向かって列車のレールが伸びていたことに端を発している。
列車に乗る前はあれほど遠くに感じられた最初の目的地だったが、おかげでだいぶショートカットができたようだった……どうせだったら目の前で降ろしてくれれば良かったのに。
まぁここからそこまで遠い距離ではないし、少年との情報交換の時間も考えたら都合は良いのだけれど。
さて、お待ちかねのあの時の話である。ヤツとのワイヤーの引っ張り合い、何故あの時急に抵抗が増したのか?その答えはあの音がトリガーとして引き起こされたようだった。
「ぼくのちからじゃめいのやくにはたてないからね。だからひといがいのちからをつかおうとおもったんだ」
機関室側に走った少年がまず行ったのはワイヤーの固定だった。
そして機関室とAの客室の間、すなわち列車の連結部に移動し連結を解いた後再び列車を運行させた。これがダメ押しになった。
その結果として始まったのは私とヤツ、そして列車との綱引きだ。これにはいくら全身改造され多少頑丈な私、それに恐ろしい耐久性と怪力を持つあの女との人外ペアであったとしても本物の人外である列車の馬力には流石に敵わない……。
実際あと少し絞殺するのが遅れていたら、私の半身も内蔵されたワイヤーごと列車にもってかれていただろう。
ヤツの首が飛んだその後私の身体は機関室に引き寄せられ頭から突っ込み、そのまま気を失ったらしい……。
「うぅ……なんたる不覚」
「めいはよくやったよ」
年下の男の子に労われてしまった。
優しいね。理解ある彼くんの称号をあげよう。
「結局のところさ」
「……?」
「あの人の乗車賃って、なんだったんだろうね?」
私は右手
少年は視覚
Dの車両にいた堀内さんは左腕
Cの車両にいたアユミさんは聴覚
Bの車両にいた男性は両足
と、この列車に乗車していた面々はいずれも肉体や身体の一部を欠損していた。
しかし、先の戦いではあの人に欠損、と呼べるものは見られなかった。もちろん全身くまなく精査したわけでもないので、見落としは存在するだろうが……
「今振り返ると、あの人が失ったものはなんだったんだろう……って思ったんだよね。見た目は非のうちどころもないって感じだったし、身体機能も戦っていて別に異常は無かったように見えたよ……まぁ、強すぎるって面では異常だったけどさ」
「めい、あのひとにもじょうしゃしかくはあったんだよ」
「……それは……どんな?」
「あのひとにかけていたもの……それはうしなったもの、といいかえることはできるよね?」
「そうだね」
「あのひとはきっと、こどもをうしなったんだ」
「でも、それって……」
別に、あの人自身のことじゃ……と言いかけて気づいた。
そうだ、単純なことじゃないか。
きっと……あの人にとって自身の子供とは
自分の肉体の一部のようなもの、だったんじゃないか?
親にとって子供とは己の血肉を分けた存在……文字通り半身と呼べる。彼女はショウくんとナギサちゃんのことを、自身の事のように……いや、きっとそれ以上に大切に想っていたはずだ。
そんな大事な2人が喪われてしまった。その、深い悲しみがあのような惨劇を引き起こすきっかけになってしまったのだろうか……?
もちろん、それだけでは説明がつかないことも多いのだけれど。
さて、今の話でいくつか疑問も生まれてしまったのだがこれをどのようにして少年に問いただそうか……と、思っていたところだった。
「めい」
「……?……お」
「もくてきちについたよ」
目的地
やっと着いた1柱目の光の跡地。
巨大な建物だったゆえ降車した時点である程度見えてはいたのだが、まさかここまでとは……
「……いく?」
「そうね……あ、それと一ついい?」
「……??」
「名前、決めたの。ここから先ずっと少年呼びじゃあ不便じゃない?」
「……えぇ……」
「ちょっと待ってちょっと待って。ここまでの私の所業思い返してみたら言いたいことは分からなくもないし、私のネーミングセンスに期待できない気持ちもわかるんだけどその顔やめてお願いします。……真面目に考えたんだから」
「ふふっ……じょうだんだよ」
「今後はホイホイとその顔出すのやめようね。その攻撃は私に聞くからね」
「……なまえ、きいてもいいかな?」
「シキ」
「私はこれからあなたをシキと呼ぶ」
「しき……しき……ありがとう。めい。ぼくはこれからしきとなのることにする。これからもよろしくね、めい」
「……ふぅ……尊ぃ……じゃねえや。うん、よろしくねシキ!!」
こうして私たちの長い列車の旅が終わった。
突如現れた列車、人語を介するペンギン
客車で会った人々、そしてあの怪物のような女……荒廃して何もなかったこの世界に突如として出現した数々の異変、未だ謎に包まれているシキ、これら数々の疑問とそしてなんやかんやでボロボロになってしまった身体を抱え、私たちはようやく1つ目の光の柱にたどり着いた。
「じゃあ行こっかシキ」
「うん、いこう」
私たちの正面には広大な建物が聳え立っている。
建物から突き出る柱からは白煙が天へと昇り、周囲を血管のように太いパイプが這い回る。
全体からは騒音が発せられ、妖しい光が世界を照らす。
そう、ここはまるで
「工場……?」
繋章 破滅のレールを列車は走る 完
第一章 へと続く
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