鬼殺しの方法

 一度目のヤツとの邂逅を思い出す。

 私は完璧に不意をついたと思ったのに、その圧倒的な怪力にあしらわれ、無様にも吹っ飛ばされてしまった。

 同じように闇雲に突っ込んでも、私たちに勝ち目はない。だから


 



「じかんがない。やつがきたらめいにはいまからいうことをなにもかんがえずじっこうして」


「オーケー。何をしたらいい?」


「ぜんりょくではしって」


「わかった。何も考えず走ればいいのね」


「それと」


「それと?」


「てをかしてほしい」



 そのまま全速力で駆け出した私は、再びヤツに接近する。先ほどは遠くで見たせいなのかわからなかったが、今近くで改めて見て初めて気づいた。

 ヤツの顔が、なくなっている。

 確かに性格はアレだったけど、彼女の顔面には誰もが称賛するほどの美貌が備わっていた。

 しかし、今はその美貌も私たちへの狂気と怒りによって黒く塗りつぶされてしまっていた。

 そして私に恐怖を植えつけたその鈴のような声も、今では獣のような雄叫びへと変わり、この灼熱の環境と相まって悍ましさを増していた。

 一瞬、光が見えた。

 鉈が……来る。

 なんというかアレは刃物っていうか研ぎ澄まされた獣の爪だな……もはや体の一部って感じ。

 それは原始的で暴力的な形をしていて、気を抜いたら一瞬で命を狩り取られてしまいそうだ。


 そして鉈が振り下ろされる。


 左肩に迫る狂気から必死に逃げるようにして、私はヤツの右側を駆け抜けた。

 暴力では対抗できないけれど、機動力において私に軍配があがったようだ。

 ……が、まだまだ油断はできない。

 今も背後からヤツが迫っている。

 ほら振り向けば……


「めいっ!!!!!!!!!!!!!」


 あ、こっちも来ていた。

 ではでは作戦通りに


「ガアァッ!!!!!!!!!!!!!!!」


「ーーーーーーーーーーーーーーヒィッッッッッッ!!!???」


 袈裟斬りの次は水平に一閃

 咄嗟に身をかがめ回避する。

 あ、あぶねえ……胴体とおさらばするところだったわ……き、気を取り直してこのまま作戦続行っっ……!!!!

 体勢を立て直した私は少年とすれ違いながらヤツの側を再び駆け抜ける。

 そして少年は私と入れ替わりになるように、機関室に向かい駆け抜ける。


「!!!!??!?!??!?ゥ……!?カ……か……は……ッ!!??」


 さて、仕掛けは成った。

 ここから先は我慢比べだ。



 少年からの依頼は私がヤツをひきつけるところに真価がある。

 ……なぜかは知らないがヤツは私に対して強い憎しみのような感情を抱いていた。

 したがって私は囮役兼罠の仕掛け役、そして少年は罠を作動させる実行役だ。

 交わした言葉は少なかったので、最初は少年が何をしたいのかわからないまま、がむしゃらに身体を動かしていたのだが……この状況が完成してようやく完全に理解できた。

 たとえどんなに強くとも人の形をしているのならば必ず弱点はある。

 いや、考えてみれば人間なんて弱点ばかりなのだ。

 極端な話臓器一つダメになっただけで、簡単に死に至ることができるほど奇跡的なバランスによって人体の恒常性は維持されている……特に私はそのことをよく知っている。

 しかし、残念ながら今対峙している相手は刃物によって直接身体を傷つけることや、打撃によってダメージを与えたりするなどの原始的な暴力に対してこちらよりも長けている。

 それゆえ私たちが取れる手段から刺殺、撲殺は削除された。

 そして先ほどの機関室からの爆風……特にヤツは熱源の近くにいたと思われておりその衝撃を私たちよりも強く受けているはずが、ピンピンしていたことから焼殺や爆殺も却下。

 かくしてこの汽車内という閉鎖空間で、手持ちの手段が少ない私たちに唯一残された殺害手段……それはだった。


 絞殺とは

 読んで字のごとく絞めて殺すこと、対象は首である。素手でも実行ができるので比較的リーズナブルに他人を殺害したい時に推奨される。

 ……いや、殺人は決して推奨できないけれど。

 ただしこの場合は素手による絞殺は不可能であると考えるべきだ。そんなことをしたら切り刻まれるか、むしろ私が絞め殺されるレベルでフィジカルの差が有る。なので私たちは紐を用いてヤツの首を絞めることにした。

 ……ん?紐はどこで手に入れたかって?

 それは私が少年に

 今現在ボロボロでとても使い物にならない私の右手だが、元々有していた機能は遠くに手を伸ばすことができる……すなわちロケットパンチ、その機構の一端としてそこには伸縮性のワイヤーが用いられている。

 手の発射装置は既に使い物にならなくなっていたわけだが、内蔵されたワイヤー自体は使用することができた。

 そこでヤツと対峙する前、少年には右手のワイヤーの端を掴んでもらいヤツの右側から接近する私と反対側の左側から少年には接近してもらい、ヤツの首に輪っかになるようワイヤーをかける。あとは私が出発した方向である客室側に折り返し、少年は機関室側に走ることで首の位置でワイヤーが締まり、この構図が完成した。

 実際のところまさかここまで上手くいくとは思ってなかった……しかし、問題はここからだ。

 私と少年の2人がかりでは引っ張る力においてヤツには遠く及ばないため、ここにきてこう着状態が生まれてしまった。

 ヤツの首を絞めるにはあの怪力による抵抗を打ち破りこの均衡を崩さなければならない。

 ヤツを絞め殺すにはあと一つ何かが足りない。

 くっ……あと、もう少しなのに……っ!!!!


「カッ……!!!!……カハッ……ゥ……アァッ………!!!!」


 うおっ……!!ヤバイヤバイヤバイ!!

 このままだと力負けしてしまう……!!


「しょっ……少年!!こっからどうすんの!?」


 絶体絶命のピンチの中年下に助けを求める情けない改造人間がそこにいた……ダメな人間ですまない……でもこのままじゃやられちゃう!!

 その時だった。


 ガキンッ


 と、鈍い音が聞こえた。


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