それぞれの戦い方

 女の右手には巨大な鉈が握られていた。



 ……嘘ぉ!?

 今のを防がれた!?

 タイミングは完璧だったはず……

 くっ……動揺するな今は切り替えろ

 距離は離さずこのまま攻める!!!!!!


「ハァッ!!!!!」


 横合いから右脚による一撃を放つ

 私は格闘自体は素人であり技も何もないけれど

 機械仕掛けの質量をあの女に思いっきり叩きつける!!!!


 ……が


「まだ話の途中よ」


 


 放たれた一撃は彼女の左手で受け止められた

 あの細腕の一体どこにこんな力が!!??

 などと、余計な思考が生まれた瞬間


「行儀が悪いわ」


 そして


「なっ………!??」


 そのまま彼女は細腕一本で、私の左脚ごと全身を持ち上げる。そして


「教育してあげる」


 身体が、宙を舞う。


 ズズン!!!!!!!!!


「〜〜〜〜〜〜〜?!??!??」


 何が起こったのか、理解に数秒を要した。

 どうやら私はあの女に投げ飛ばされたらしい。

 ……いや、まじか。

 いったいどんな馬鹿力しているんだあの女ァ……

 仮に私が全身機械仕掛けでなかったとしても、果たしてどこの世界に人間の女子一人を片手で軽々投げ飛ばせる女がいるのか……

 それに、問題はあの鉈だ。

 一瞬しか見えなかったけど、大体刃渡りは1mちょっとといったところか……?

 結構ゴツい見た目してたな……あんなんどこに隠し持ってたんだよ。加えて


 あの鉈には血痕があった。


 やはり、というかまあ初めからわかりきっていことではあったのだが、先の客室での惨劇の主犯は彼女の仕業だったということだろう。

 ……さて、奇襲は失敗した。

 正直勝機があるとしたらここしかないとは思っていたので軽く、いやだいぶショックだ……。

 再度チャレンジするには十分な策を練ってからいきたいところではあったが、こうしている今も少年を向こうに残してしまっているため、早々に戻らなければならない。

 急がねば


「……あら?少し、やりすぎたかしら」


 女は首を傾げる。

 反抗期を迎えた娘に対し少しお灸を据えようかと軽く投げただけなのだが存外威力が出てしまった……とでも思っているのだろうか?

 彼女は気づいていない、今自分が相手をしていたのがどのような存在だったのか

 彼女は気づいていない、自身の力がどれほど強大なものなのか


「まったくもう……ナギサちゃんは相変わらずおてんばなんだから。あなたは違うでしょう?ショウちゃん」


 ショウと呼ばれた少年は何も答えなかった。

 己がショウという名前ではないということも理由の一つではあったが、この状況下で彼は生き延びるために考えを巡らせていた。


(さっきのめいのきしゅうはかんぺきだった。そのごのけりも、まともにうけていたらいまごろふきとんでいたのはあちらだったはず……。あのおんなはみてからはんのうして、あのたいおうをしている。めいはばんぜんのじょうたいではないし、まともにたたかってこっちにかちめはない……だったら)


「……ショウちゃん?どうして何も言ってくれないのかしら?……もしかして、あなたも私に逆らうのかしら?どうしてなのかしらなぜなのかしら私何かおかしなこといったかしら言ってないわよね私は悪くないわ私に逆らったあの子達が悪いのよそうよだいたいあの日も


「……おかあさん」


「……?どうしたのショウちゃん」


「おかあさん、あんなおねえちゃんのことなんてほうっておこうよ。ぼく、おなかがすいちゃったよ」


「……!!……ふふふ、そうね。お母さんったら少し取り乱してしまったわ、いけないわね。すぐご飯の用意するから待っててちょうだい」


 ……これでいい、と少年は思った。

 残念ながら彼にはメイのような戦闘能力が備わっていない。まともにこの怪物に相対すれば、ひとたまりもないだろう。

 そのため、彼は考えた。

 あの女は自分を息子と混同している。過去に何があったのかはわからないが……きっと、彼女にとって息子は大切な存在だったのだろう。

 たぶんそれは娘よりも。

 だから、ここは息子を演じる。

 ここで時間を稼いで、少女の復帰を待つ。

 そして可能であればこの怪物の弱点を探す。

 彼は考え、分析する。

 タイミングは完璧だったはずの少女の奇襲……それをいとも容易く退ける対応力、反射神経。

 機械仕掛けの質量を片手で制し、軽く投げ飛ばすことができる膂力。

 多くの獲物を狩り、今もなおその輝きは衰えない右手の凶器。

 状況は絶望的だ。

 しかし、何もできないわけではない。

 この怪物をまともに外側から崩すことは困難だ……なら、


「おかあさん、きょうのごはんは?」


「今日はステーキよ〜いいお肉があるの。今から獲ってくるからいい子にして待っててちょうだい……ショウちゃんは、できるわよね?」


「うん、わかった。たのしみにまってる」


「ショウちゃんは本当にいい子ね。すぐに戻るわ」


 そう言い残し、彼女は車両から姿を消した。

 やはり、息子という立場であれば会話が通じるようだと少年は思った。

 しかし、不可解なことがあった。

 今しがた彼女が向かった先は、後方の食堂車では無く先頭車両……すなわち、この列車の機関室に当たる場所である。もちろんそんなところに食料が存在するはずもない。

 あるのはそう、燃料を燃やす石炭や……


「……まさか」


 浮かんだのは最悪の想定。

 しかし、ありえないわけではない。

 彼女であれば……起こしうるかもしれない。

 嫌な予感がした。


「いそごう……!!」


 少年は、少女が吹き飛ばされた方向へ向かう。

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