赤と白
かくしてアユミさんは列車を降りた。
列車に乗ってからは特に危ないことも無く、目的地までまだ時間がありそうだったので、小休止を挟むことになった。
「やーい少年。身体の調子はどう?そろそろ歩くのにも慣れてきた?」
「そうだね。おもっていたよりも、かいふくがはやいのかもしれない」
「……そ、ならすぐに次の客車に行っても大丈夫かもね」
「やめたほうがいい」
「……なんで?」
「かみ」
「……かみ?……あぁこの紙のこと?これがどうかしたの?」
「ひらいて」
「……わかった」
紙、というのはアユミさんが降車する前に渡してきたものだ。折りたたまれていたので中身はまだ見ていなかった。
紙を開く。そこには
『あなたたちがくる前ペンギンどもが妙に慌ててBの客室に向かってた。行くつもりなら気をつけて』
と、書かれていた。
そういえばEの客室で会って以来、あのペンギンを今まで見かけていなかった。
手紙の文面によると、この列車にはまだ何羽かペンギン達がいるらしい。私たちはコウテイしか見てないけど、確かにこんな列車をペンギン1匹で動かせるわけないもんね。
……そもそもペンギンが列車動かしている時点でだいぶやばいんだけど。
メモの内容をそのまま読み解いてみるならば、Bの客室でペンギンたちも予想のつかない何かしらのトラブルが生じた……というところだろうか?
列車が今も順調に運行している時点で、Bの客車そのものに何かがあった……というわけではないのとは思うが。そうすると、おそらく問題となるのは
Bの客室の乗客
つまり……乗客自身がやばいやつで、そいつが何か問題を起こしたのか、もしくはやばいことが乗客に起こったのか。
考えられるとすれば、こんなところだろう。
このまま、前に進まずに終点まで動かないという選択肢も取れなくはない。……しかし、前方車両で何かしらのトラブルが起きているのであるならば、それは近いうちに私たちにも関係ある事象となり得るだろう。不意の災難に巻き込まれるよりは、覚悟を決めた状態で自ら巻き込まれに行った方が多少はマシ……なのかも。
ここで時間を浪費するくらいならやはり直接確認するしかない、か
私は、右手を見る。
拳の原型は留めておらず、中のワイヤーが露出している。パーツを交換しない限り、きっと使い物にはならないだろう。
……仕方ない、万が一の時は左を使うしかないな。使わなくて済むならそれに越したことはないけれど。
「少年」
「なに?」
「急いだほうがいいかもしれない」
「いくの?」
「何か嫌な予感がするの」
「……そうだね。わかった」
「ありがと」
「めいはいってもきかないからね」
はぁ……やれやれという仕草をしつつもなんやかんやでついてきてくれるらしい。
不思議なことだが、まだ会ったばかりにも関わらずこの少年と一緒になってから色々と私は積極的になってきている気がする。
……なんか元気が出てくるのよね、この少年といると。
では、行きますか
私は勢いよくBの客室の扉を開いた。
扉を開けた私に飛び込んできたのは、衝撃
赤
赤赤赤
赤赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
空間一杯に広がるおびただしいほどの赤
「これは……いったい……」
「ち、だね」
……やっぱりそうか、ずいぶん凝った内装だなぁとか思っていたかったけど。
Bの客室は血のせいで少しわかりにくかったけれど、私たちが通ってきた客室とは趣が違うようだった。
今までは基本的に4人がけの席を中心に構成される単純に乗客を目的地にまで運ぶ機能のみを持った客室であったが、Bの客室は一言で表すなら食堂車となるだろう。
客室の中には4つのテーブルにそれぞれ2つずつ椅子が設置されていた。
とにかく何があったのか探ってみるとしよう、と客室に入ろうと足を踏み出したときだった。
……?足元に何か……これは
何か赤黒い塊が転がっていた。
私は手を伸ばし物体に触れる……なるほど
ペンギンの死体だ
全身血塗れで一目ではわからなかったが、詳しく調べてみればペンギンの死体だということがわかった。傷口と出血量から判断すると刃物で滅多刺しにされた……といったところだろうか?
辺りを見渡すがそれらしい凶器は見当たらない。
それから私は手前の席を確認する
2つのテーブルは真っ赤に染まり、椅子にはそれぞれペンギンたちの死体が置かれていた。
転がっていた死体と同様、何かに滅多刺しにされていたため全身から出血しており、時間の経過のせいか血は赤黒く固まっている。
続いて奥の席を確認する。
1つのテーブルは手前と同様に真っ赤なテーブルにペンギンの死体が2つ……これでこの客室のペンギンの死体は計7体になる。
そして最後のテーブル、そこにペンギンの死体は無かった。代わりにあるのは……
両足のない血塗れの男の死体
Bの客室の乗客は既に死んでいた。
*
Bの客室に残された血塗れの男性の死体
その死体には両足が存在していなかった。
この、一連の殺害の凶器は今のところ刃物であると考えられる。胴体部分が見事に滅多刺しにされており、全身真っ赤になっていたのでパッと見ただけでわかりにくかったが、近づいてみるとこの男性の両足には刃物で刺されたような傷跡は残っていなかった。
恐らくこの男性は先天的に両足を失ったか、もしくは事故等で両足の断脚を行った可能性が高い。つまり、この両足の欠損こそがこの列車における彼の乗車賃だったのだろう。
たぶん抵抗できずに一方的にやられたんだろうな、と思う。それは言うまでもなく両足の欠損なんて殺意全開の相手には、重すぎるハンデになるからだ。
……にしてもこの惨状を引き起こした犯人は常軌を逸していると評するしか無い。ただ殺すだけであればこんなに滅多刺しにする必要はない。急所を狙って、あとは失血死でも待てばいい。相手が自由に動けない場合ならなおさらだ。
この男性に強い恨みを持っている、という可能性も考えた。これだけ念入りに刺し殺しているのだ、可能性はなくはないだろう……しかし、その場合ペンギン達を虐殺した理由が思い浮かばない。
彼らに邪魔をされたから?
それも確かにあるかもしれない。だが、私にはなぜかしっくりこない。
まるでこの殺人事件の犯人は殺人を手段としているわけでなく殺人を目的として捉えているのかもしれない……そんな予感があった。
そして私が最も懸念をしているのが、犯行に使われた凶器についてだ。
そう、凶器が見つからない。
これだけの死体を生み出したのであれば、複数の刃物が必要になってくる。刀だって手入れをしなければ、永遠に対象を切れるわけではない。普通は生き物の油や骨によって、刃物は損傷し、切れ味は落ちていくものだからだ。
しかし、辺りを見渡しても刃物は見当たらない。それどころか食堂車にも関わらず、この場においては食器一つ見つかることはなかった。
おそらく犯人はまだ凶器を持っている。
これまでの客室でそれらしい存在は認められず、そしてここにいないということは、すなわち犯人はこの先のAの客室にいる。
「……少年」
「なに?」
「少年は、ここで待っててよ」
「とめてもいくんだよね?」
「今はまだ列車が動いているけど、このままじゃ運転手も殺される可能性があるからね……相手はイカれてるサイコ野郎みたいだし私なら大丈夫だから」
「……ぼくもいくよ」
「だめ。確かに来てくれたら心強いけど……危険すぎる」
「めいをひとりではいかせられない。それに」
「……それに?」
「あぶなくなっても、めいがまもってくれるでしょ?」
「ははっ……」
卑怯だなぁ……
そんなこと言われちゃったら、守ってあげないわけにはいかないじゃない。
……頑張るしかないじゃない。
正直なところ現在の私のコンディションで猟奇的殺人犯の相手をするには、やや心許ないと感じていた。
左手があるとはいえ、使い慣れた右腕が無いのだ。
万が一にも少年に怪我でもさせてしまったら……
「いかないの?」
不安はある、でも
「……よぅし……!!……行こっか」
立ち止まるわけにはいかない
賽はとっくの昔に投げられているのだから
そして、私たちは最後の客室に入る。
Aの客室はザ・シンプルといった感じ
4人席が1つ
それ以外には炭水車へと繋がる扉しか見えない
そして……いる
そこにいたのは1人の女性
すごく、綺麗な人だった
透き通るような白い肌
目鼻立ちははっきりしており整った顔
きらきらと光を反射する長い金色の髪
白のワンピースは均整のとれたその肢体を包み
きっと彼女を見れば誰もが美しいと思うだろう
その身に浴びている返り血を除けば
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