旅の始まり

 目の前には開かれた列車のドア。

 ……乗れ、ということだろうか?

 確かに光の柱まではまだまだ距離があったので、いずれなんらかの乗り物を入手しなければならないなとは思っていた。

 しかし、いざそれが目の前に、それも私たちがちょうど必要としているタイミングに出されてしまうとまるで気がしてしまう。

 ……誰か?誰かって誰だろう。

 と、そうして私が迷っていると


「いこう」


 ……と、耳元で少年が囁いた。

 急に耳元で囁かれると、「あふん」と変な声が漏れそうになるのでやめてほしい……ではなく、少年の方は私と違ってなんだか乗り気なようだった。

 まぁここで悩んでても仕方ないし、ここは素直に騙されてみることにしようか。

 そうして私たちは汽車に乗り込むのだった。



 そして現在、4人席を2人で優雅に占拠する私たちの前に現れたのは喋るペンギンだった。コウテイ、と名乗ったこととその見た目から1000年前にも生息していた生物であるコウテイペンギンを想起させた。そして先ほどの彼?の発言を要約すると


「列車に乗るなら乗車券を提示しろ」


 とのこと。

 乗車券って言われてもな……そんなもん持ってないよ。じゃあなんで乗ったのかと言われてしまえばそこに汽車があったからとしか答えようがない。

 乗車券というにはどこかで購入する必要があるのだろうが……いったいどこで買うのか、通貨の存在しないこの世界で何と交換するのか?そんな思考を巡らせていた時である。


「アナタハスデニシハライズミデス」


 私の顔を見て、ペンギンは言った。

 なんと、私の分は既に電車賃の支払いが完了していたという。

 ……え?いつの間に?まぁいい、のか?

 どうやら私の電車賃の支払いが完了しているということであるが、それでも支払い請求を受けているということはつまり少年の方の代金が未払いということだ。すると


 少年はペンギンの方に顔を向け中に暗闇を収めたその目蓋を開く。


「……カクニンシマシタ」


「コチラヲドウゾ」


 少年がペンギンから何かを受け取る。それはだいたい1mくらいの長さの白くて細長い布、いわゆるハチマキのようなものだ。


「ありがとう」


 少年はそれを自身の目を覆うように巻いていく。ちょうど目隠しをするような形になった。

 いたいけな少年に……目隠し。

 なんだか怪しい絵面になってしまったな……まぁ何も巻かないよりはいいと思うけど。

 そして、この今の一連のやりとりでなんとなくの意味が理解できた気がする。

 ……嫌な想像だが。


「ソレデハリュウセイゴウノセツメイヲサセテイタダキマス」


 ここからは彼の話の要約だ。

 この列車の名前は先ほどから言われているようにリュウセイ号という。

 先頭の機関車、2つの炭水車、そして5つの客車という構成になっている(炭水車とは蒸気機関の燃料のみを積んだ車両らしい、さっき知った。)。

 客室は機関車に近いところからA〜Eの番号が振り分けられている。ちなみに私たちの客室はEであり、見渡す限り客は私たちだけであった。

 まぁ当たり前か……とここまでの内容を聞いて思っていたのだが、次に発せられた一言は衝撃的なものだった


「トウチャクマデホカノオキャクサマノゴメイワクニナラナイヨウオネガイイタシマス」


「セツメイハイジョウトナリマス」


「ゴヨウガアリマシタラ、ナンナリトオモウシツケクダサイ」


「デハ、ヨイタビヲ」


 そう言い残し、彼は私たちの客室を後にした。


 他のお客様がいる


 少し前の私なら信じられない話だった。

 しかし、傍にいるこの少年のことを考えれば決して不思議というわけではない……と今の私は思っている。

 それが私たちのような人外なのか、それとも本当の人類なのか……それはわからないが一つだけ言えることはこの列車には何かがある、ということだろう。


 こうして私と少年の汽車の旅が始まった



 *



 窓の外を見る。

 列車の醍醐味の一つは窓から見る景色だろう。見える景色は路線により、時間により、そして時には一緒に乗る人によっていくつものバリエーションが生まれる。

 ただ、荒廃してしまったこの世界においてはもはや場所も時間もその意味を成さないようであった。


 どこまでも空は鈍色で、大地は乾ききっている。


 わかっていたはずだった。

 数百年、この光景を毎日見ていたのだから。

 それでも、列車から見れば何か違うものが見れるかもしれない……などという幻想は儚く砕け散り、いつもと変わらない現実で上書きされる。

 しかし変わっていく現実もあった。

 まずはそちらに目を向けるとしよう。


 他の乗客


 あのペンギンの言うことを信じるならば、どうやら私たちの乗っているEの客室以外には誰かが乗っているらしい。

 誰か、が果たして人間なのか、人外なのか、そして数はどのくらいいるのか……などまだまだわからないことばかりである。

 あのペンギンに聞いてもいいが、こればっかりは直接確認した方がいいだろう。

 というわけで


「私は他の客室を見てこようと思うけど……少年はどうする?」


「こうていさんはほかのおきゃくさんにめいわくかけるなっていってたよ……?」


「迷惑はかけないよ〜ちょっとお邪魔するだけ」


「それってめいわくなのでは……?」


「ちょっと行って、ちょっと挨拶して帰ってくるだけだからさ!終点までまだ時間もみたいだし」


「(なにをいってもむだか……)」


 少年はこくりと頷いた。

 頷いたというよりは、なんだかうなだれたように見えたが……きっと気のせいだろう!

 私の交渉術が少年を素直に頷かせたのだと、ここはポジティブに捉えることにした。

 そうと決まればさっそく私は少年を背負うためしゃがむと


「いい。ひとりであるける」


 ……さいですか。残念だけど仕方ないね。

 歩いている少年もちょっと見てみたいし。

 そして、Dの客室との連結部に向かって私たちは歩み出す。



 私はDの客室の扉に手をかける。

 この先に……いる。

 柄にもなく緊張をしていたがここで戸惑っていてもなにも始まらない。

 私は、意を決して扉を開いた。


 辺りを見渡す。

 客室の構造は私たちと同じ、4人席が複数設置されているタイプ。ほとんどが空席で決して客は賑わっているとは言えなかったが……

 1つだけ埋まっている。そして、そこには


 老人が1人、席に座っていた。


 実際中身はどうなのかわからないが、見た目は完全に人間であった。

 灰色の着物の上に黒色の羽織り、帯の色は紺色で黒色の足袋に草履といった和の装いに身を包んでいた。

 右手には杖を握り、そして特筆すべきは


 左腕がない


 最初は着物ゆえわかりづらかったが、近づいてみると明らかだった。

 普通、袖の下のあるべきはずの膨らみが存在しない。

 ……そして私は確信した。

 それは、この列車の乗車資格についてである。


 1


 恐らく、そうだ。

 少年は両眼を、このご老人は左腕を、私は傍目から見れば右手を盛大にぶっ壊している。……私の場合本当は全身欠損しているようなものだけど、まぁ概ね基準は満たしているだろう。そう考えれば他の乗客も身体のどこかを失くしていると考えていいかもしれない。

 あのコウテイペンギンが何故このように悪趣味な基準を設けているのかは謎であるが……ひとまず保留してまずはこの老人だ。先ほどまで窓の外を眺めていた老人であったが、どうやらこちらの気配に気付いたようだ。


「これはこれは……なんとも可愛らしいお客様だ」


 おおぅ……いい声。

 そして近くでよくみるとさぞかし若い頃はモテていたんだろうなぁ……と思わせるルックスである。

 全て白髪ではあるものの年齢の割に毛髪も若々しく生え際もあまり後退している印象はない。

 そして思ったよりガタイがいい。若い頃は格闘技でもやっていたのか……もしくは今でも鍛えているのか。

 とにかく、只者ではないって感じ。


「この客車には誰もいないようで1人で退屈していたところなのです……お二人がよろしいのであれば少しお話し、しませんか?」


 少年を見る。

 こくり、と無言の頷きが返ってきた。

 特に断る理由もなかったので、ありがたくお誘いを受けることにする。

 私たちは老人の向かい合わせになるように4人がけの席に座った。

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