繋章 破滅のレールを列車は走る
荒廃した世界の車窓から
汽笛の音が聞こえる。
現在、私と少年は巨大な鉄の塊に揺られ、荒野を移動していた。
レールが老朽化しているせいなのか、時折くる振動で少年がお尻を痛そうにしている。
かわいい。
「この列車座席も硬いもんねぇ……良ければ私のここ、空いてますよ!」
私は膝の上をポンポンと叩く。しかし
「めいのほうがかたそうだからいい」
「くっ……!!!」
イスに負けてしまった……
この身体にしたことについてこれほどあなたを憎んだことはありませんよ先生ェ……!!!
そんな感じで少年と戯れていると
ペタ……ペタ……ペタ……ペタ……ペタ……
まるで濡れたゴムが地面に叩きつけられた時のように特徴的な足音が近づいてくる。
そしてそれは私たちのすぐそばで止まった。
そこには1匹のペンギンが立っていた。
「ホンジツハリュウセイゴウヘノゴジョウシャマコトニアリガトウコザイマス。シャショウノコウテイトモウシマス」
「ソレデハ、ジョウシャケンヲハイケンシマス」
ーさかのぼること少し前ー
崩落する建物から死ぬ気で脱出した私たちに待っていたのは、およそ明るい未来とは程遠い状況であった。
私は度重なる酷使による右腕の損傷、少年の方は恐らく眼は見えず長い間寝たきりであった影響か筋力が低下し、いまのところ歩くのにも一苦労の様子だ。
そしてこれから彼に立ちはだかる最大の困難はこの草の1本も生えない生物にとって過酷すぎる環境である。
これらは真っ先に解決しなければならない問題であるのだが、実際のところ本当に私が悩んでいたのはこの少年のこれからの処遇についてだった。
今後この少年にどうなって欲しいのか……彼がどうしたいのか、それが私にはわからない。これから先は日々を生き抜くことだけでも困難である。彼にとって少しでも良い人生を過ごさせてやろうと思っても、この何もない世界においては楽しみも無ければ生きる目的もない……が、しかしそれはあの建物に入るまでの状況であったともいえる。
そう、あの時と今とで状況は既に変わっている。
突如現れた7つの光の柱
少年が目覚めた瞬間、世界は変容しあの光が生まれた……仮にそう考えるとするならばあの光にはきっと意味がある、と思えないだろうか?
まだ確証もないのだがなんとなくあの光の元……光源には何かある。もしかしたらそこにはこの少年と同じように人類の生き残りが存在するのかもしれないし、そうでなくても光を発するための何らかの施設や資源が存在するのかもしれない……で、あるならば当面の目的はあの光の柱の下に何があるのか、そしてこの世界に何が起こったのかを確かめるためあの光の柱を調査すること、そしてそのために必要なのは長距離の移動手段と少年用の水や食料であると考えられる。
……私?私はほら、サイボーグだし。この1000年は飢えに苦しんだ経験も無かったので多分私の身体にはなんか永久機関でも埋め込まれているんだろう。
知らんけど。
さて
私はふらつく少年を捕まえ、背中に背負う。
ともかく一休みはできたことだし、1番近い光の柱に向けて移動をしながらまずはお互いの情報交換をすることにしよう。
この先生き残るために。お互い何ができて、そしてできないことは何か。
「で、少年の名前はなんて言うの?」
「おぼえてない」
「お父さんかお母さんはどこにいるの?」
「いない」
「パンツは?」
「おしえない」
「ちなみにわたしは履いてないよ」
「きょうみない」
「眼は見えてるの?」
「みえない。でもわかる」
「好きな食べ物は?」
「たべない」
「え?じゃあ飲み物は?」
「いらない」
「……少年は人間なの?」
「わからない」
さて、ここらで情報をまとめよう。
まずかねてよりの疑問であった少年のパンツ問題だがどうやら教えてくれないらしい。ここで少年の術衣の下にはパンツがある状態とノーパンの状態の2つの可能性が生まれる。いわゆるシュレディンガーのパンツ状態といえる。
おっと、少年のパンツの話のはずがいつの間にか量子力学の話題になってしまった……パンツって怖いね。
少しふざけすぎた、真面目にやろう。
今の返答でいくつか気になることができた。
少年は自分の名前は覚えてないと言った。これはわからなくもない。正確な期間は不明だが、恐らくかなり長期にわたり少年はあの棺の中で眠り続けていたと考えられる。まだ人類が生き残っていた1000年前……もしかしたらそれより前から眠り続けたことにより、記憶の忘却が起こりえないなど1000年以上眠った人間の記録が存在しない以上断言することができず、むしろ忘却していてもなんらおかしくないと私は考える。
問題は2つ目の質問の答え
両親はいない
うーん……言葉って難しい……と、思うのもこの答えは解釈が分かれるからだ。
一つ、両親は既に亡くなっている。
二つ、存在はするけど物心ついた時にはいなかった。
三つ、両親と呼べるものが存在しない存在
とまぁこんな感じか。
いずれの可能性にしろ、ここを掘り下げようとすると中々ディープな感じになってしまう。初対面の相手に話せることでも無いだろう……仕方ないか、とりあえずこちらもひとまず保留。
「えっと……結局名前どうする?自分でつける?」
「めいがきめていいよ」
……おおぅ。不覚にも名前で呼ばれたことで少し興奮してしまった。嬉しい。
というか名前かぁ……
私ペットに名前つけるのとか苦手なんだよね。
ましてや人間相手はもっと苦手だ。大人でさえ持て余すことを、たかが空っぽの1000年を過ごしただけの私に一体どうしてできるだろうか?
というわけでこの件も保留かな。いずれ思い浮かんだらいい名前をつけてあげよう。
「ごめん……ちょっと時間をもらってもいい?それまでは少年って呼ばせてもらうね」
「わかった」
了承を得た。今更だけどやっぱり男の子なんだね。まぁ、私はどっちでもいけるけどね。
さて、続いて彼の目の問題。
やはり目は見えていないと言う。
……眼球ごと無いようだったから当たり前か。ちなみに目覚めた時以来まぶたは閉じた状態である。なんだかかわいそうだしせめて義眼でも入れて見た目だけでもなんとかしてあげたいなぁとは思うけど残念ながら素材がない。いずれつくってあげないと。
しかし……不思議なのは視力が無いにも関わらず周囲を把握する能力が高いことである。
以前盲目の人は他の嗅覚、聴覚、触覚、味覚の4ついずれかの感覚を伸ばすことで無くなった感覚を補おうとする……とかいう話を聞いたことがあったがこの少年もそれの1種であろうか?
地下での出来事を思い出す。
あの状況で、彼は真っ先に最短の脱出ルートを把握していたように思える。そしてそのルートは私の右腕の能力をも把握した上だった。
……もしかしたら、彼は視覚がある私よりも多くの事を視ることができるのかもしれない。そして、その能力は今後どのように派生していくのか……まだまだわからないことも多いが、彼の視力についてはまだ、心配しなくても良さそうだ。
そしてこれが1番の障害かと思われていたのだが
少年には食べ物も飲み物もいらないらしい。
なんと少年の食料問題が解決してしまった。……え?マジでいいの?という感じだ。実際棺の中でどのような状態であったのかわからないが長期間の睡眠、それも数年という短い機会でも無いだろう……そのような長期間何も胃に物を入れずに生きてこられたということは、私と同じく彼もなんらかの機構に基づきエネルギー消費の理から外れている存在であることが考えられる。もしそうだとすると確かにいらないのか……?と、完全に理解はできてないが、とりあえず納得することにした。
ここまでの情報で多くのことが分かったはずだったが、むしろ疑問の方が多くなってしまったのかもしれない。それほどまでにこの少年は不可解で、そして状況が特殊すぎた。
私のコミュ力と頭じゃ今はここまでが限界かな……
さて、こんな感じで私と少年はおしゃべりしつつ何もない荒野を歩いていたのだが、しばらく歩いたところでまたしてもこの世界では奇妙な光景が見られたのだった。
それは私たちの後方から突然やってきた。
レールだった。
1000年前に存命の皆さんご存知の列車の下に敷かれるアレ。そのレールが私たちの後方から伸びてきた。突然のことすぎてまるで事態が飲み込めなかったが、私たちに接近してきたレールはその勢いを殺すこともなく、私たちのすぐ傍を追い越し、例の光の柱の跡の方角に向け真っ直ぐに伸びていく。
なんだこれ……まるで意味がわからない。
その時私に背負われていた少年が耳元で囁いた。
「くるよ」
……は?来るって何が?
と、声に出すよりも先にそれは遠くから音が聞こえてきた。
「……これって……汽笛の音……?」
いやまさかそんな馬鹿な
空耳か?でも、音は着実にこちらに近づいてきている。そしてそれが私の視界に入ってきた。けたたましい音を鳴らし、空へと高く煙をあげながら近づいてくる黒色の巨大な質量の塊が。
SL、又の名を蒸気機関車。
こちらに近づいていた列車はやがて速度を緩め私たちの傍で停止した。
列車のドアが、開く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます