孤独からの脱出

 恐らく既にお気づきの方もいるだろうけど私はただの人間ではない。

 いわゆる身体は鉄でできている……ってやつだ。

 うそうそ、夢と希望と優しさで出来てるよ……真面目にやりますね。

 1000年以上前、私はとある天才による全身への改造手術を受けた。未だにどういう原理かは知らないのだけど、そのおかげでこの厳しい環境にも耐えられるし、素手で岩も割れたりする。それ以外にもまぁまぁ色んなことができるが……とりあえず今は割愛する。


 正直、今置かれてる状況はかなり厳しい。

 唯一の脱出口はとっくに塞がれ、崩落のスピードは上がっていく一方だ。いくらサイボーグの私でもできることとできないことがある。端的に言えば涙が出そう。だがこんなところで立ち止まるわけにはいかない。


 この1000年、私には何もなかった。


 ただひたすらに歩くだけだった。

 歩いて、歩いて、気の遠くなるまで歩いた。

 何度も何度も気が狂いそうになった。

 苦しかった。寂しかった。泣きたかったけど涙も出なかった。それでも当てのないまま私は歩き続けた。

 思えばあの何もなかった日々は今日この日のためにあったのだと思えば、ここで多少の無茶をするくらいなんでもない。

 今の私はこの少年のためならなんだって頑張れる……!!!

 そして私は天に向け右手を放った。放たれた拳は落下してきた瓦礫の塊を吹き飛ばしながらもなお重力に逆らい上昇する。ある程度の高さまでの上昇を確認してから私は拳を緩め、ここからはよく見えないが何かを掴んだ手応えを感じた。


「よし……っ!!……あとは」


 少年を抱えたまま左手を使い、右腕を軽くいじる。先ほど少年の上に落ちてきた瓦礫を吹き飛ばしたことを思い出す。

 私の右腕は簡単に言うとロケットパンチが放てる構造だ。角度と威力を調整したらスイッチを押し、目標に向け発射できる。発射に用いられるのは一瞬のガスの噴射と伸縮自在の極太のワイヤーのようなものを用いて行われる……とまぁ長々と語っておいてなんだが先ほども言った通り、私自身、その構造の全てを理解しているわけではない。この右腕一つとってしてもどんな素材や原理でできているのかわかっていないのだ。だがそのよくわからない構造のおかげか放った右手は元の場所に戻すことができる。

 私は左脇に抱えた少年に覆いかぶさるよう身体を丸めた。

 ……いや、別に襲うわけじゃないよ?瓦礫が危ないからね。他意はない。

 よし、準備はできた。さあいくぞ。


 ギュルルルルラルルルル!!!!


 再びスイッチを押すとワイヤーの収縮が始まった。そしてさはど時間を空けず、浮遊感に包まれ、少年と私の身体が宙に浮かぶ。なんとか上手くいったようだ。よし、あとはこのままいけば上手く脱出できそう

……そう思っていた時期も私にはありました。


 突如として右手が空を切った。


「ちょ………まっ……!?」


 恐らく掴んでいた部分が崩落してしまったのだろう。間も無く落下が始まる。私は急いで右腕を元の位置に戻す。

 時間がないぞ!さぁ!もう一回!


 不利な姿勢で放ったはずだが先ほどより勢いよく私の右手は宙を舞った。永遠にも感じられた数秒。右手に手応えを掴む。今度こそ


 ギュルルルルラルルルル!!!!


 ワイヤーの収縮が再開される。それに伴い私と少年の身体の上昇も再開された……なーんかさっきより勢い無くない……?右手も随分上まで行ったみたいだし……正直1階より上はほぼ崩落したと考えたらそんなに腕を伸ばさなくても掴めるところはあるとは思っていたのだが……なんだか嫌な予感がするな。


 そんなことを考えている間に地下からの脱出は完了してしまった。だが


 ギュルルルルラルルルル!!!!


 なおもワイヤーは収縮し続ける。上昇は止まらない。おや……?妙だな……これどこまで行くんだい?


 2階、3階、4階……


 一瞬の出来事であったが無駄に視力が良すぎる私の眼球は今通過した階層を正確に捉えてしまった。えーっと……ここは何階建てだったかなぁ……?


 ギュルルルルラルルルル!!!!……ガッ!!!


 収縮が止まる。

 私と少年の身体はそのまま勢いよく空へ投げ出された。

 久方ぶりに感じる外の世界。


「ひっ………!?」


 私と少年は、空を飛んだ



 *



 私は高いところが嫌いだ。

 たとえ全身サイボーグになったとして、元々抱いている恐怖心を払拭するのは困難だ。そしてここ数百年は高いところに登る機会などほとんどなかったからすっかり忘れてしまっていた。ここは5階建ての建物よりもさらに上空……ちなみに今なお私たちは絶賛上昇中である。

 ふと、あんまり下を見たくなかったので私は現実逃避がてら視線を上げる。

 それは一瞬のこと、しかしそこで私は思わぬものを見る。


 光だ。天から光が降り注いでいる


 それは柱のように見えた。地上からでもよく見えただろうが上空から俯瞰すると光の形状、それにがよく分かった。


 7つ


 目に見えるだけでも7つの巨大な柱がそびえ立っていた。

 あんなもの……あんな光も当然この1000年見たことはなかった。やはりあの地下探索が、そしてこの少年が、この事態を引き起こしているのだろうか……?

とにかく情報が足りないので残念ながらこの件も一旦保留だ。その前に対処しなければならないことがある。先ほどから重力に逆らい続けた私たちの緩やかな上昇もこのままいけば間も無く終了する。その後に待ち受けるのは地上への速やかな落下だ。

 ……残念ながらこの状況を優雅に打破できるパラシュート的な装備は流石の私にも実装されていない……今後のアップデートに期待だね。

 まぁ、そもそも自由に空を飛べたら地下からの脱出もあそこまで無茶なものになっていないだろうし……こんなふうに空中に放り出される事態にすらなっていない、と冷静に見える一方

 ああぁぁぁ…どどどどうしようぅぅぅ……

 落ちる落ちる落ちる落ちちゃうぅぅぅぅ……

 などと慌てている場合ではないのだがそれでも恐怖に押し潰されそうな自分がいた。

 ……そういえば先ほどから少年の反応がない。もろちん死んではいないと思うが少し心配だ。

 もしかしたら目覚めたばかりで疲れのピークを迎えてしまったのかもしれない。しかし、できれば地下の時みたいに何か解決策を閃いてくれないかなぁ……とか期待してしまった年長さんのくせに情けない私である。

 あぁもう!!ほんと情けない!!

 覚悟を決めろ!!心を燃やせ!!……じゃない。とりあえず一か八かだ。ええぃ……ままよ!!


 間も無く落下が始まる。


 地上から何メートル離れているかはわからないが、落下にかかる時間は恐らく数秒。感覚的には一瞬のはずだ。くぅ……こんなことなら真面目に物理の勉強でもしておくべきだったか……?いやたとえ知っていてもこんな極限状態でふーむ……私の計算によると落下まであと○秒!とか余裕のあるバカはいないか。それよりはたとえ脳筋であろうとも生き残れるバカの方がきっとマシだ。そしてそんな私(バカ)にとれる選択肢は結局のところ1つしかない。

 右腕を確認する。さっきまで散々酷使してきたがまだいけそうだ。私の身体を頑丈に作ってくれたにその点だけは感謝をしなければなるまい。


 そして落下が始まった


 重力という存在をこれほど恐ろしいと思う機会もそうないだろう。そしてなんとなく予想はしていたが地面まではあっという間だった。


 瞬間、轟音


 砂埃が舞い、視界があやふやになる。

 やはり地表が乾いているせいかまったく視界が回復する気配がない……いや、もしかして問題が起きているのは私の方……?

 確かに今日は少し無茶をしすぎたかもしれない……そしてさすがに右腕も限界だった。

 先ほど地表に衝突する瞬間、やったことといえば、単純に思いっきり地面を右手で殴りつけることだった。あの状況で少年を守るには全身で守るか、右腕を犠牲にして衝撃から守るかの2択だった。私の全身に深刻なダメージを負ってしまえば少年は助かるだろうが、その場合はこの荒野の中彼を1人置き去りにしてしまうことになってしまう。

 数ある最悪の中でもそれは避けなければなるまい……だから今後のことを考えて、右腕を犠牲に落下の衝撃を減らすことにした。時間も無い中はっきり言って根拠も自信もない一か八かの賭けではあったがうまくいってよかった。あのピンチの連続を右腕1本で乗り切れたのなら、私の運もまだまだ捨てたものでは無いかもしれない。


「うっ……」


 少年の呻き声。どうやら今の衝撃で目を覚ましたようだ。良かった……無事に守り切れたんだ。この少年は見た目によらずタフなのかもしれない。


「ここ……どこ……?」


 ここはどこか。その質問はいたって難しい。この少年が現状をどこまで知っているのか、それを含めてこれから色々話し合わなければならない。だからここから始めなければならない。私は今度こそ変なことを口走らないように


「初めまして、少年クン」


 彼に、不安を与えないように


「きっと色々聞きたいこともあるだろうけれど……まずはお互い自己紹介をしようか」


 一つ一つ、言葉を紡ぐ


「私の名前はメイ。あなたの名前は?」

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