棺の中身は何だろな

 棺が開く。

 古今東西、ダンジョンにある宝箱の中身は大体空箱かトラップ、たまに本当にお宝……と相場は決まっている。

 まぁそれはこの棺を設置した人間の性格に委ねられているだろうけど。

 ……はてさて鬼が出るか蛇が出るか?

 私はやや警戒もしつつ、棺の中身を確認することにした。


 そこに横たわっていたのは人型の物体


 実に1000年振りに見た人の形である。

 人型の物体、とあえて回りくどい言い方をしたのはまだそれが人間であるという確証が持てなかったからだ。

 この厳しい環境において、ただの人間が生きていられるとは到底思えない。

 ……しかし、目の前にあるは外見だけでいえばただの人間にしか見えない。


 肩まで伸びた少し長めの黒髪

 線が細く、透き通るような白い肌

 起伏のない華奢な身体に、まるで手術が施される患者に着せる術衣のようなものが着せられている。

 その外見は少年のようにも、少女のようにも見えた。


 うーん

 見た目だけでは性別の区別がつかないな……

 確認、してみるか……?

 いや、いやいやいや

 流石にそれは……ねぇ……?

 でももうこの世界には法律とかも無いし、私を咎めるものは何も無かったりする。

 ……あれ?もうこれ、ゴールしていいやつ?

 まぁいいや先っちょだけ先っちょだけ。

 良心……無くなっちゃったね?

 実際、この建物を見た時から私の中では既に数々の疑問が渋滞を起こしており、それもそろそろ限界に達しようとしている。

 もはや定員オーバーだ。

 解決できる疑問は解決すべきだって偉い人も言ってた気がする。

 ……よし!理論武装完了!

 そうしてダンボール並みの耐久度しか無い論理の鎧を装備した私は、ウキウキで服に手をかけようとした。


「……ぅ……ン……」


 あ……あっぶねぇ……じゃない!!

 動いた……!?

 見ました皆さん!?この子、動きましたよ!!

 うっ……!!ふぅ……まずは落ち着け私。

 ま、まだまだまだ慌てる時間じゃ無い。

 と、と、とりあえず観察から始めよう。

 仮に、この存在を「少年」と呼称する。

 なぜ少女ではなく、少年としたのかはさっき一瞬聞いた呻き声の高さが、若干少年寄りであったのと

 あとは……単純に私の好みだ。

 え……悪い?悪く無いね?じゃあ続けるね。

 見た限り……歳は9歳に満たないくらいか。

 このくらいは8歳の小学生男子の平均身長が128.2cm、音域が広がるのが小学4年生あたりからであることから容易に算出できる。

 もちろん個人差は存在するだろうけど……まぁ大きく外れてもいないだろう。

 次は身体に軽く触れてみる。

 ひんやり冷たい。

 装置自体にもまだ少しだけ冷気が残っている。恐らく、先程まで少年の身体は生命活動をギリギリまで停止させた状態……いわゆる、仮死状態にあったのかもしれない。

 脈はあるし、もちろん心臓も動いている。

 ……っ……いけない、不覚にも涙が出そうになってしまった。

 しっかりしろ私、彼が生きていることはもともとわかっていたことじゃ無いか。

 でも、1000年ぶりに感じた生命の鼓動に、私の心は激しく揺れ動く……落ち着け。落ち着け。

 ……さて、ぐだぐだと語ってしまったが、これ以上は彼に直接聞いた方が早い。

 気は進まないけど


 ぺちん!


 という思っていたより気持ちのいい音。そして


「うっ……っ……!?」


 というくぐもった呻き声。

 やべっ……威力は抑えめにわりと軽く額を小突いたつもりだったが……

 しかしその甲斐あって?か少年は目を覚ましたようだった。

 ……なるほど、先ほど挙げた少年の特徴に一つ加えておく。


 その少年には眼が無かった。


 真っ黒だった。

その少年の眼窩にはあるべきはずのものが無い。

 目を覚ましても、目の前は真っ暗というのはどんな気持ちなのだろう?などと心ない感想を私が抱いていた時、少年の口が開く。


「……だ……れ………?」


 ふむ……どうやら言葉を話すことはできるらしい。そして恐らく私の姿は見えないと思われていたが……こちらの方をしっかり向いて話したことから、なぜか少年は私の姿というよりは私がここにいる、という気配を察する能力はあるようだった。

 さて、少年と私のファーストコンタクトである。挨拶は大事だ。

 よ、よ〜し……挨拶しちゃうぞ〜

 そうして、私の絞り出した一言が


「パンツ履いてる?」


 

 ……いや、誤解しないでほしい。

言い訳を、弁解する時間が欲しい。

 まず私は変態ではない。久々に会った言葉を発する少年らしき物体に対して、少々舞い上がってしまっただけなのだ。

 ……それにこの状況で、なんと声をかければいいのだろう?

 朝も昼も夜も関係ないこの世界では、おはようやこんばんはなどといった挨拶は存在しないし……そこで気になってしまったのが、彼が着ている術衣のような衣装だ。身体にぴったりと張り付いていたように見えたが、下に何か着ているかはわかりづらかった。そんなことを考えてた時に誰?などと尋ねられ、ついつい口から出てしまったのが先ほどの発言だ。

 ……いや誰?と尋ねられたらちゃんと誰なのか答えてやれよ、とは思うだろう。しかし、ここ1000年間まったく人とコミュニケーションをとっていない、ということを考慮していただきたい。決して、決して昔からこんなノリだったわけではないのである……時の流れって、残酷よね。


 さて、気を取り直して会話を続けよう……と思ったその時だった。


 ーーーーータダイマヲモチマシテーーーーー

 ーーーーーシセツヲヘイサイタシマスーーーー

 ーーーーーオフタリトモーーーーー


 突如として無機質な音声が、部屋一帯に響き渡る。


 ーーーーーヨイタビヲーーーーー


 どこかで何かが、崩れる音がした。



 *



 遠くから音がする……

 音源は……上、か?

 地面が微かに揺れる。

 まずい……なぜだか非常にまずい予感がする。


 もしかして:地震?


 いや、でも地震にしてもなーんかおかしいような?


 ピシリ


 突如天井にヒビが入る。そしてその真下には少年がまだ横たわっている棺があった。


「…………っ……!!」


 そこから地下の崩壊は始まった。

 天井には無数のヒビが入り、次々と瓦礫が落下する。そのうちの一つが少年の頭上より落下してくるのに気づき、一か八か私は思いっきり手を伸ばす。それは少年の方ではなく。そして放った拳は少年の頭上から降り注ぐコンクリートの塊を粉々に吹き飛ばした。細かい破片がわずかにかかったものの、少年に目立った傷はない。


「イエス!!ナイス私!!」


 少年のもとへ私は駆ける。少年を仰向けのまま左脇に抱え、来た道を戻るため方向転換しようとして私は声を失う。


 来た道は巨大な瓦礫で塞がれていた。


「なん……だと……!?」


 いや、確かに私ならそこらへんのしょぼい瓦礫程度軽く吹き飛ばせる自信はある……しかし来た道を塞いでいたのは瓦礫というかもはや巨大な岩石だった。少し無理して頑張ればもしかしたらいけるかもしれない……だが、この崩落の速度を考えると来た道が既に道としての機能を果たしていない可能性は高い。そして瓦礫の撤去作業に時間を費やした場合、そのまま生き埋めになってしまうことは容易に想像できた。


「っ……この……っ……!!」


 頭上から落ちてきた瓦礫は、腕の一振りで塵と化した……ごめん塵はちょっと盛った、せいぜい小石くらいだ。

 なんて言ってる場合じゃない!崩壊のスピードは上がる一方でマジで余裕がなくなってきた。どうしようヤバイよヤバイよ……

 このままでは万事休すかと思われた。

 しかしその時である。


 スッ……と


 まるで音楽が始まる前の指揮者の指の一振りが如く。少年の指が天井を指した。そして


「うえ」


 その華奢な身体から生まれた声は不思議とこの騒音の中でも透き通るように私の脳へとインプットされた。

 少年は確かに言った。うえ…と。

 うえって……上だよな?

 いったい上に何があるって言うんです……?

 と、降り注ぐ瓦礫に注意しながら頭上を見る。そしてここ一連の出来事を回想する。

 あれか……これが走馬灯ってやつか……

 まさか今になって初めて経験するとは思わなかったよ……だが、その甲斐あってか少年が言わんとしようとしてることはわかった。

 わかってしまった。

 こいつ……可愛い顔してすごい無茶言うじゃん。

 時間がない。まず、脳内で軽くシミュレーションをする。いくつか難点はあるが、どうにもならないほどではない。技術面は何とかなるだろう。あとは……運だな。

 私が生き埋めになるのはいい。たぶん時間はかかるだろうけれど私一人でここから地上へ脱出するのはそう難しいことでは無いからだ。

 しかし、私一人助かっても意味はない。今はこの少年を守らなければならない。もしこの子が人類最後の生き残りであるのならば、こんなところで死なせるわけにはいかない。事情も素性も分からない相手ではあったが、何故か私はこの少年を守らなければという義務のようなものを感じ始めていた。

 ……よし、覚悟は決めた。あとは行動あるのみ。


 私は足に力を込め、地面を踏み締める。


 今にも崩れそうな足場だ。

 あと少しだけ耐えてほしいとは思うが実際どのくらいもつだろうか……


 右手の調子を確認する


 扉を破壊した影響を心配していたが、まだまだいけそうだ。


 私は右腕に力を込める


 こうしている間にも瓦礫の落下は降り注いでいる。

 もう時間がない……カウント3で行こう。


「3」


 周囲が瓦礫に埋め尽くされる


「2」


 頭上から瓦礫が落ちてくる


「1」


 最悪当たっちゃうなこれ


「0!!!!」


 私は右手を、天に伸ばす

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