一人ぼっちの地下探索


 建物……だ。

 ここ数百年見ることが無かった立派な建築物が、私の前に建っている。それはビルと言うよりは大きな大学のキャンパスや、どこぞの研究所のような外観のように見えた。

 私にとっては唐突に生えてきたと感じられるほど異様な建物だったけど、まるでちゃんと1000年前からそこにありましたよ?とでもいいたげに外観は砂塗れでボロボロ……かろうじて建物の体裁を保っていた。


 さて、ここからどうするか


 とは言うものの選択肢はないに等しい。

 この1000年間、退屈な日々をひたすら歩くことに費やした私にとって、この建物は唯一の成果物だ。

 いや……別に私が歩いたからこの建物が生えてきたというわけではないけれど……とはいえ、決して無視できるものでもない。

 次に来たときにこの建物が残っているという保証もないのだから。


 扉もなかったので、建物の中にはすんなり入ることができた。外観からはわからなかったけど建物は5階まであった。

 というわけで、じっくり1階ずつ探索を行うとする。


 以下、1階から5階まで探索した結果の調査報告

 結論から言うと、ここがどんな施設なのかということは特定することはできなかった。

 やはり1000年という年月は、あらゆるものを良くも悪くも変化させるようである。

 ただ、ここからある程度の考察はできそうだ。

 各階層にはいくつか部屋があった。

 入り口が塞がって入ることすら困難な部屋がほとんどだったけれど、入ることができた部屋の設備にはちらほら特徴的なものが見受けられた。先に述べた通り、ほとんどの物は風化しているため原型を留めている物はほとんど無い。

 いくつかの機器と呼べそうな代物は見つけた。しかし、自慢ではないが私に学と呼べる概念はない。そのため、いったいそれらがどのように用いられていた機械なのかさっぱり分からなかった。けれど、それらの存在はかつてここに人が住んでいた……すなわちそれは研究であったり、それとも物作りであったり……とにかく何かしらの目的を持った集団の棲み家であったことくらいは推察できた。


 うーん……


 本来は1ヶ月くらいかけて、じっくり探索しようかなと思ってはいたけれど、やはり久々に見た建造物にテンションが上がってしまったのだろうか……?

 感覚的に探索は半日もかからず、すぐに見終わってしまった。

 とはいえ、まだまだ探索しきれていないところはきっとあるだろう!……あるよね?という期待はあった。

 ただ、今日は久々にはしゃいでしまったためか少し疲労を感じていたと思う。

 実際、肉体が疲労しているわけではないけれどこれは恐らく精神的なものだ。

 ……こんなときは眠るに限る。

 そういえば1階には他と比べて、まだ原型を留めている部屋があった。ひとまずそこで休憩を取ることにしよう……そう思って1階を歩いている時だった。


 ーーーーーーッッッ!!!!!!??????


 最初はすさまじい音がしたと思う。

 ……どこから?

 そう私が歩いていた地面から。


 そして地面が割れ、気づいたときには私は瓦礫に埋もれていた。


 どうやらこの建物は地下にも階層が存在していたらしい。

 そして私はこの1000年間で、すっかり失念してしまっていたらしい……老朽化した建物は脆い、という当たり前の事実を。

 1000年前なら当たり前、でもこの1000年ですっかり私の認識の幅は狭まってしまったらしい……さっきから「らしい」ばっかだな。

 さて、気を取り直すか。

 まずはこの瓦礫塗れの空間から脱出して、とりあえず地下の探索を始めることにしよう。



 *



 まったく……えらい目にあった。

 もしこれが私でなかったら即ゲームオーバーでしたよ?

 ……さて、それでは気を取り直して地下探索を始めるとしましょうか。


 探索を始めて、本日2回目の驚くべき現象を私は目の当たりにした。


 ……明かりがついている


 それは恐らく非常灯のようなもので、辛うじて足元が見えるくらいの微かな光だった。

 しかし、この人が死に絶え、当然として発電施設も存在しないと思われる世界に、なんと電気エネルギーが存在しているのである。

 ……今日は色々と驚きっぱなしだ。

 もとより急に出現した時点でかなり怪しい建物であったが……ここまでのものを見せられてしまうと、これはもう確定的だ。

 きっとここには何かがある。

 私は興奮ではやる気持ちを抑えるのに、必死だった。

 そのまま微かな明かりを頼りに、薄暗い廊下をゆっくりと歩いていく。

 今度は落ちないように慎重に、足元も気にしながら。

 今いる地下1階(実際はもっと下層かもしれない)と思わしきこのフロアの構造は、とても分かりやすかった。

 道は1本で部屋は大きなものが1つといったまさにシンプルイズザベストな構造である。

 まるでこのフロアはこの1部屋のために……いや、もしかしたらこの建物はこの部屋のためにあるような……そんなことを感じさせる構造だなと思うのは考えすぎだろうか?

 部屋の前に立つ、RPG風に言えば


「扉は固く閉ざされている……」


 というテキストが流れていそうな雰囲気だ。

 目の前には地上のフロアでは見られなかった重厚な扉が、行手を塞いでいた。

 恐らくこの奥に何かがある……。

 扉というなら、当然人の出入りのために引手があったり鍵がついてたりするはずだ……しかし、ここまで地上を散々探索してきたが鍵らしきものは何一つ見つかっていない。

 自動ドアという可能性はあったが、近づいても軽く触れてみても何ら反応は見られない。

 他には何か無いのか、周りを見渡してみる。


「……お?」


 扉の傍に何かある……これは


「テンキー……みたいだなこれ」


 0-9までの数字がある操作板があった。

 恐らく、この扉の解除コードのようなものが存在するのだろう。

 つまり、この扉は特定の人物には出入りが可能で、かつ中にあるものは相当重要なものであることが伺えた。

 俄然興味が湧いてきた……が、悲しいかな解除コードなんて心当たりがない。

 総当たりで試せないことはないけど、正解が何桁なのかわからない上、もし回数制限なんてあった日には、永久に閉ざされてしまう可能性もある。

 それは……困る。

 いや、別にここは私の所有物でもなんでもないし、そんなこと言う資格はないんだけど。

 でも、この奥には私の1000年間で唯一の収穫が眠っているのかもしれない。

 ここを逃したら、またあの何も無い砂漠のような日々に戻るだけになってしまうだろう。

 それは……嫌だ。


 ……はぁ、仕方ないかぁ。

 出来ればこれはあんまりやりたくなかったんだよなぁ……久々にやるし、できるかなぁ?

 私は深く、深く、息を吸い込む。

 それからゆっくりと、溜め込んだ息を吐き出す。

 身体を軽くほぐす。調子は……悪くない。

 対象は動かない目の前の鉄の塊。

 私は右腕を後ろに引いて、構える。

 そして



 道ができた。

 人間難しそうなことでも、やってみると案外なんとかなるものである。

 私の黄金の右によって、鉄の塊は見事に粉砕されたのだった。

 さて、それではさっそく扉の奥にはどんなお宝が眠っているのか確かめるとしよう……と思ったその時だった。


 ーーーーーオカエリナサイーーーーー


 ……!!??

 聞き間違い……か?

 いや、でも確かにはっきり聞こえたような……?


 部屋に明かりが灯る。


 それは先ほどのように微かなものではなく、久方ぶりに浴びた眩しいほどの光だった。

 目が慣れるまでに少し時間を消費する。


「……わぁ」


 そこは一面真っ白な部屋であった。


 壁も、天井も、床も全てが白い。

 この砂と埃に塗れた世界において、この空間では汚れのない白さが保たれていた。

 ここは1000年の間、いやもしかしたらもっと長い間、この世界から隔絶されていたのかもしれない。

 あまりに異常な光景に少しだけ面を食らってしまったがら、私は探索を再開する。


 しばらく進むと地面から無数の黒いケーブルが這い回っていた。その後を追うと、部屋の中央にたどり着く。

 そこには棺桶のような形をした機械があった。

 蓋が開いているものが1つ、閉じているものが1つの計2つの棺が横たわっていた。閉じているものからは微かに光が漏れている。

 もしかしたら、まだ稼働しているのだろうか……?


「……いったいこれは」


 なんなのだろう。

 と、思ったその時だった。


 ……ブゥゥゥゥゥゥゥンン!!!


 突如、閉じている方の棺桶が発光する。

 そっと、棺桶に手を触れてみる。すると


 ーーーーーオメザメデスネーーーーー

 ーーーーーソレデハーーーーー

 ーーーーーヨイタビヲーーーーー


 再び声が聞こえた。その瞬間


 ……プシュウウウウウ!!!!!


 という音とともに、棺桶の傍から勢いよく大量のガスが噴射され私の視界が奪われる。

 部屋からガスが抜けるのに数分……だんだんと視界が回復する。

 そして私は見た。


 棺の蓋が、開く。

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