KAC20229 ワタルとネコ(=^x^=)

星都ハナス

猫の手を借りた結果。

「あんた、昨日どこ行ってたのよ! 今が忙しいって分かってるでしょう!」


 朝から怒鳴りたくなどない。一晩中眠れなかったんだよ。私の心配をよそにワタルは目玉焼きの黄身を突いている。


「そんなに大きい声出さんでも。あんさん、はよ味噌汁飲みなや」


 ワタルが作る味噌汁は出汁がきいてて美味しい。いや、今はズズって吸ってる余裕なんてないんだよ。どこへ行っていたか何も言わないワタルに苛立ち、会社の忙しさに苛立って、ご飯をかきこむ。


「後片付けしておくさかい。……ミナはん、遅刻するで」


 ワタルはそう言ってピンク色のジャージの袖をまくり、赤色のエプロンをした。


 いつ見てもダサい。特に今日は気色悪さ倍増。エプロンはフリル付きバージョンだ。フリル付きは機嫌のいい時用なのが気になる。


「じゃ、先に行くね。十時から企画会議だから遅れずに来てね」


 私はオモチャ会社、スモールG商事の企画部で働いている。ワタルはパートナーだ。二人でアイデアを出し合い、来年の販売に向けて企画の最終チェックをしていた。


 ───そんな一番忙しくて大事な時にワタルは無断外泊をした。


☆ ☆ ☆


「ミナ先輩、おはようございます。ふわ〜。あゆみ、眠くって」


 めんどくさっ。エレベーターを待っていると、あゆみちゃんに声をかけられる。あくびする時は、昨晩エッチしたんですアピールだ。こちとら日照り状態がかなり続いている。


「あれ? 先輩。ワタルさんと一緒じゃないんですか?」


 あゆみちゃんは私の肩を確認して聞く。いつもは気にしないじゃん。何で?


「あゆみ、ワタルさんに聞きたい事があったんですぅ。実は昨夜ですね、シンヤ先輩と飲んだあと、送ってもらったんですがぁ、駅でチュウした後、公園でもチュウして……そこでワタルさんを見かけて、ちょっと怪しい行動してたんで」


 チュウの件はどうでもいい。怪しい行動が知りたい。何? あゆみちゃん。


「ワタルさん、上半身裸だったんですよ。それでね、変な声、喘ぎ声っていうんですか、気持ちいいとかって聞こえちゃいました。あゆみ、びっくり」


 やっぱり。昨夜夕飯を食べ終わってからワタルは珍しく出かけた。しかもいつもはカラスの行水なのに、ちゃんと洗面器に浸かっていた。怪しい。


「み、見間違いじゃないの? あっ、あゆみちゃん、酔ってたんでしょう?」

「シンヤ先輩も見ています。あんなバーコード頭でピンクのだっさいジャージ着ているキモオヤジなんて世界中探してもワタルさんしかいません!」


 そこまで言われるとパートナーの私が傷つく。ピンク色のジャージ姿。バーコード頭。確かにワタルに違いない。


 ワタルはである。そう、都市伝説で有名な小さいオジさんの妖精なのだ。


 スモールG商事企画部の人間だけにしか見る事が出来ない妖精だ。もちろん、私たちはワタルの声も聞くことが出来る。


「あゆみちゃん、それで……ん、何でもない」


 私はそれ以上聞く勇気がなかった。ワタルにはちゃんと奥さんがいる。月に数回しか会えないけれど、愛し合っている夫婦だ。


 小さいオジさんと小さいオバさん。結婚十五周年を迎えた時には、盛大なパーティーをした。

 

 私はコンドー◯いっぱいに詰め込んだお菓子を、お祝いの品とした。なのに上半身裸で、喘ぎ声。まさか、ワタルが浮気? ねえ、ワタル、嘘でしょ?


「ワタルさん、猫に母乳あげてました。一滴も出ないのに……。うっ、もう可哀想で。ネコちゃんが可哀想で。あゆみ、怒れちゃって、ワタルさんの後頭部を引っ叩いたんです。動物愛護団体に訴えていいと思います!」


 あゆみちゃん、今、いうんかーい。いや、叩くあなたも大概だけど。


「ごめん、家に忘れ物した。必ず十時には来るから、課長に宜しく!」


 私は胸騒ぎがして、ワタルを探しに行った。


 

☆ ☆ ☆


 会社から三分北に向かった所に駅。右すぐに曲がると、怪しいワタルがいたという公園がある。私とワタルの出会いもこの公園のトイレだった。


 朝日が眩しい。必ずワタルは公園ここにいるはずだ。


 小さいオジさん族は陽が当たる時はベンチの下や、木の上の方に隠れている。


「ワタル、ワタル。どこ?」


 私は妖精モードの声に切り替えて、ワタルを呼んだ。小さいオジさん族にしか聞こえない声だ。人間モードのまま話すと不審者扱いされる。


「ワタル」

「ミャー」


「ワタル、そこにいるの?」

「ミャー」

「しっ」


 ───見つけたー! 声が聞こえる方向、ベンチの下にワタルがいた。


「出てきなさい、ワタル。あんた猫ちゃんに全く出ない乳を咥えさせてるんでしょ? それがあんたの趣味だって知ってる、知ってるけど、ダメ! それは猫ちゃんが可哀想。───早く出て、出て、デテキナサイ!」


 私はお気に入りのスカートが汚れるのも気にせず、膝をついて右腕を伸ばし猫ちゃんを救出をした。鳴き声からすると子猫。赤ちゃんネコだ。


 片手でも優しく掴めるはず。何かに触れた。


〈ミャー〉


 可愛い鳴き声。待ってなさい。今、変態オジさん、ワタルから助け出してあげるから。おいで、おいで。お姉さんの所においで。


 ぬちゃ。


 何かってしたよね。猫ちゃんの手? 


 いや、私には分かる。猫の手じゃなくて、ワタルの頭だよ。久しぶりだけど、このキショイ感覚は忘れられない。


 小さいオジさんでもオジさんなのだ。オジさん特有のぬめり具合。


「げっ、ぎょえ。ばっちい」


 私は半泣きでトイレに駆け込む。まったくもう。ワタルはわざと自分の頭を掴ませようとしたのね。ハンカチで手を拭きながら、イライラがマックス。許すまじ。


 

 ベンチに戻ると、ワタルはジャージのファスナーを上げながら、してやったりという顔をしていた。憎たらしいのよね、こういう所。


「見つかってしもうた。まあ、ええ機会や。ミナはんにお願いがあります。少しお時間いいでっか? いや、いいですか?」


 ワタルはしおらしく言い直すと、私にベンチに座るよう言った。


 身長十センチ。体重三キログラム。六頭身の小太り。バーコード頭できゅうりの糠漬けのような顔をしている。そう、志村け◯と高◯ブーを足して。加◯茶で割ったような味のある顔だ。


 そんなワタルが短い足を折って地べたに正座している。


 出会って二年間、何があっても正座などしたことがない。何か嫌な予感がする。私は、まず、隣で震えている猫ちゃんを膝に置こうとして抱き上げる。


〈ミャー〉


 不細工なワタルの顔を見た後だからか、よけいに可愛い。猫ちゃん界の今◯美桜ちゃん。こぼれ落ちそうなキレイな瞳。可愛らしい口元。口元が白いんですけど。くんくん、ミルクの匂いがするんですけど。


「まっ、まさかワタル、あんた母乳が出るようになったの! いやオジさんだもの、違う。正直に言いなさい! ミオちゃんに何したの?」


「ミオちゃんちゃうわ。ちゃんや!」


 ネーミングセンス悪っ。まあ、そこはおいといて。


〈ミャー〉


 ワタルの声が聞こえたのか、へぼ、へぼこちゃんは私の膝から飛び降りて、ワタルの元に駆けより、ワタルのばっちい頭を舐め始めた。


「おーへぼこ。怖いおばはんに抱き上げられて怖かったなあ。もう大丈夫。もう大丈夫やで。わしがいるさかい」


「ちょっと、あんた人聞き悪い事言わないでよね。あんたが、上半身裸で、ミ、ミオちゃん、いや、へぼこちゃんに母乳吸わせてるって聞いたんだから!」


「そんな事してまへん。へぼこはわしの大事な友達だす」


〈ミャー〉


返事のように、へぼこも鳴く。


「もう、わし、へぼこと一緒に暮らしたい! 家に連れて帰っておくんなまし。わしがへぼこの世話をするさかい、お願いだす!」


「ダメ、うちのマンションは動物飼えないでしょ!」


「そんな殺生な! あんさんが言ったじゃないですか! こんな忙しい時にはって。あんさんのためを思って毎晩、猫探してたら、へぼこと出会ったんだす!」


───猫の手も借りたい。


 ワタルはそのまま意味を取ったんだね。うん、ちょっとおバカ。


「もう、無理なものは無理。へぼこちゃんは猫が飼えるお家、あっ、仁美先輩にお願いしよう。ね、ワタル、そうしましょ」


「嫌や、へぼこと別れとうない。別れとうない」


 聞き分けのないオジさんだ。ワタルは大泣きしながら、へぼこに抱きつき、へぼこもワタルの頭や顔を舐め回す。違う意味でもめまいがする。


「じゃ、もう分かったから、へぼこちゃんも一緒に会社に行くよ」


 言う事を聞かない頑固ジジイ。それがワタルだ。


───猫の手を借りた結果。

 

 仁美先輩は快くへぼこちゃんを家に迎えてくれた。そして仁美先輩のパートナーがワタルに変わり、私のパートナーは緑のジャージ、サトルさんに変わった。


 ワタル、私よりもへぼこちゃんを取ったのね。なんか複雑だ。



 了

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KAC20229 ワタルとネコ(=^x^=) 星都ハナス @hanasu-hosito

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