第4章ー④(ルリカ視点)

   ◇ルリカ視点


 予想外の出来事が起きた。

 ゴブリンの嘆きが抑え込んでいたタイガーウルフが盾士を吹き飛ばし、サイフォンたちの攻撃もかいくぐりこちらに突進してきた。

 それに気付いた商人たちだけでなく、護衛任務が初めてのルーキーたちも悲鳴を上げた。

 私も正直腰が引けたけど、口をつぐんで踏み止まった。

 クリスが魔法で援護してくれるけど、魔法を軽快に避けられて接近は止まらない。

 一歩、二歩と近付いてくるタイガーウルフは間近で見ると大きく、その視線にさらされるだけで、金縛りにあったように体が上手く動かない。

 けど私の後ろにはクリスがいる。クリスはなんとしても守らないといけない。あの時から、そう決めたのだから。


「クリス、下がりなさい!」


 大声で叫び、構える。一秒でも長く時間を稼ぎ、嘆きのメンバーが来てくれるのを待つ。それが今私に出来ること。

 なのに、大きく振りかぶったタイガーウルフの一撃に体が動かない。見えているのに。

 駄目だと思った瞬間。誰かがその一撃を弾き返し、私をかばうように前に立った。


「ソ、ソラ!」


 それはソラだった。少し前までは剣の使い方も拙く、ゴブリン相手にも負傷していた。

 それなのにソラは、何でもないように私の前に立ち、私に下がるように言う。

 その背中は、とても大きく見えた。

 けど安心は出来ない。ソラが相手にしているのはただの魔物じゃない。タイガーウルフだ。

 そんな私の心配をよそに、ソラは善戦した。

 決して自分から前に出て戦わず、防御に徹して時間を稼いでいる。それこそ私がしたかったことを忠実に、焦らずやっているように見えた。

 隣で大きく息をむ音が聞こえた。

 見ると、クリスが心配そうにそれを見ている。魔法の援護も、あんなに魔物と肉薄していたら巻き込んでしまうため出来ないようで、ジッと見つめている。強く握ったスタッフから、今のクリスの思いが伝わってくる。


「大丈夫。あと少しで……」


 戦うソラの向こう。駆け付けるサイフォンの姿が大きく見えた。

 クリスを安心させるために口を開いたその時、ソラの体が突然ぐらついたのが見えた。

 その隙を見逃すほど、タイガーウルフは甘い相手ではない。

 ソラは吹き飛び、真っ赤な血が宙を舞った。

 クリスが悲鳴を上げて、倒れたソラに近寄ろうと一歩踏み出した。

 私は慌ててそれを止めて、クリスを背後に庇い双剣を構える。

 タイガーウルフがチラリとこちらを見たような気がした。

 次の瞬間。タイガーウルフがこちらに飛び掛かってきたけど、今度も私たちは助けられた。

 嘆きのメンバーの一人、ガイツが間に割って入って、その一撃を盾で受け止めた。

 さらに追撃をかけてきたのをカウンターで弾き飛ばすと、そこに待っていたのはサイフォンたち。一撃、二撃と連携してダメージを与えている。

 その攻撃を受けたタイガーウルフは、たまらずといった感じで大きく飛び退いた。

 その先には、ウルフを倒し終えた別のCランク冒険者の姿があった。

 ただし自分たちからは仕掛けず、じりじりと間合いを詰めて囲っていく。

 タイガーウルフはせわしなく周囲を見回し、やがて一声大きな唸り声を上げて威嚇すると、ひるんだ隙を突いて反転し、Cランク冒険者を弾き飛ばして森の方へと駆けていった。


 私はその後ろ姿をただ茫然ぼうぜんと眺めていたけど、クリスの泣き叫ぶような声を聞いて我に返った。

 見るとソラは血を流し倒れている。

 それを見て私は回復ポーションを取り出し、傷口に振りかけた。

 血は止まり、傷は塞がっていくのに、いつもよりも治りが遅いような気がする。

 そこへ神官職の冒険者が駆け付け、回復魔法を唱えた。

 瞬間。ソラの体が光に包まれて、荒々しかった呼吸が収まっていった。

 すごい。こんな凄い回復魔法を見たのは初めてかもしれない。ううん、おばあ以来かもしれない。

 見るとその神官は、何故か驚いた表情を浮かべていた。


「嬢ちゃん、ソラの様子はどうだ」


 駆け付けたサイフォンが素早く状態を確認している。


「大丈夫そうだな。だが気を失って意識が戻らないようだ。とりあえず荷馬車に運んで寝かせるぞ」


 サイフォンは仲間の手を借りて荷馬車にソラを寝かせると、他の冒険者の状態を確認し、続けてダルトンと何か相談している。

 相談した結果。今日は馬が動ける限り、荷馬車を走らせることになったみたい。

 理由は簡単。タイガーウルフを仕留めきれなかったからだ。

 手傷を負わせて撃退することには成功したけど、生きている以上何が起こるか分からない。何より、こんな浅い場所までタイガーウルフがやってきたのが問題だと、サイフォンは言った。

 だから出来る限り、この場から早く離れた方が良いだろうと言う。

 もちろん、皆その言葉に従った。脳裏に焼き付いていたのはあのタイガーウルフの姿。改めて思い出すと、それだけで体が震えてくるような気がする。

 今までだって強い魔物は見てきた。ただ実際にこれほどまで接近されたのは、これが初めてだった。

 それは未だかつて感じたことのない、威圧感であり、恐怖だった。


「ルリカちゃん、大丈夫?」

「……もちろんよ。クリスは大丈夫?」


 強がった。本当は嘘だけど、クリスにはみっともない姿を見せたくないという思いが、思わず言葉になった。


「うん、ルリカちゃんと、それとソラが助けてくれたから」

「そっか。私はまた幌の上に登って警戒するからさ。クリスはソラのことを見てやって」


 静かにうなずく姿を見て、私は一人幌の上に登り警戒をする。

 ホッとしたと同時に、不甲斐ふがいなさを感じていた。

 こんなんじゃクリスを守ることなんて出来ない。それに……。

 私は頭を振って気持ちを切り替える。後悔するのは後。今は自分の出来ることをするしかない。

 私はパンと頬をたたいて気合を入れると、索敵スキルを注意深く使用して警戒にあたった。

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