第3章ー⑦
「出発まで五日か。ゆっくり休む? それとも依頼をこなす?」
これは俺に言ったのではなくて、クリスに聞いたのだろう。
ルリカの視線の先にあるのは護衛依頼。片道一〇日ほどの旅程で、馬車を持っていなくても受諾可とある。
行き先は中継都市フェシス。以前ルリカたちは冒険者ランクが上がったらこの国を発つという話をしていたが、この依頼を受けてそのままラス獣王国を目指すのだろう。
クリスは一度俺を見て、何事か考えている。クリスもランクが上がって護衛任務を受けるということは、一時的に組んでいたパーティーの解消の時だと思い出したのだろう。
「なあルリカ。その護衛依頼だけど、俺も一緒に受けることって出来るか?」
その言葉が意外だったのだろう、ルリカだけでなくクリスも驚いている。
「護衛依頼ってどういうのか分からないし、出来ればルリカたちに教えてもらいながら受けたい。
「……私たちは前にも言ったように、そのままラス獣王国を目指すよ。そうすると帰りは一緒出来ないけどいいの?」
「ああ。町と町の間だったら乗合馬車とかも通ってるみたいだし、最悪それで戻ってきてもいい。他の町にあるギルドだとまた違った依頼があるんだろう? どんなものかも見てみたいんだよ」
「……なら三人パーティーで参加出来るか確認しよっか。中規模のキャラバンらしいし、人数は多めに募集しているみたいだしね」
ミカルに護衛依頼を持っていったら割と本気で心配された。ルリカたちのことはギルド職員はもとより冒険者たちも、ランクが上がったら他の国に移動するということを知っていたからだ。
お陰で先ほどルリカたちにした説明をもう一度繰り返すはめになった。
長い間お世話になった宿の女将さんに護衛依頼を受けたことを話し、護衛の依頼を出した依頼人と会って詳しい内容の確認をした。その後必要な物資を買い求め、空いた時間は今日もレベルアップのため配達の依頼を受けた。もちろんお金はいくらあっても困らないから。
「そういえば、こっちに来るのは初めてか?」
四つ目の依頼の配達先は、今まで足を踏み入れたことのない区域だった。
確か治安があまり良くないと聞いていたから、避けていたのもある。顔見知りにちょうど会ったから聞いてみたら、歓楽街を中心に広がっている区域だと教えてくれた。頑張ってきな、と良い笑顔を向けられた。いやいや、普通に配達の依頼で行くだけだから。
歓楽街……夜のお店か。昼間からやっている店もあるらしいが。
聞いた場所をキョロキョロと確認しながら歩いていたら、ふと
ん、と目を向けるとそこには見知った、ある意味予想外の者がそこにいた。
「クリス……?」
「ここで何しているの?」
いつもよりもワントーン低い声が耳をうつ。
気配察知を使っていたのに、周囲に気を取られていて気付けなかった。並列思考さんも仕事をしていなかった。
困った時は質問返しだけど、ここでは悪手だ。フードで見えないけど、なんか視線から殺気? を感じる。悪いことをしていないはずなのに、悪寒が……。
「は、配達の依頼で来たんだ。クリスはどうしてここに?」
正直に話したが少しつっかえた。得体の知れない緊張感で、口の中が渇く。
「私は人探し」
「人探し?」
「そう……ここだと目立つから、別のところで話します」
「それなら少し待っててもらっていいか? これ置いてくるから」
手の中の荷物をクリスに見せた。無罪を主張するように。
歩き出したらクリスがついてきた。いや、本当に配達ですよ。変なお店には行きませんよ?
無事配達は終わった。受取人からは奇異の目で見られたが。
二人で歩いた距離は短かったけど、どっと疲れた。
ただ、無情にもまだこの時間は続く。だってまだ依頼がもう一つ残っているから。
クリスに断りを入れて依頼をこなす。助かったのは歓楽街のある区域から外れた場所に、受取先と届け先があったことか。目的の場所は宿への帰り道の途中だったので、物を預かりそのまま引き渡した。
「いつもこんなことをやっているの?」
「クリスはやったことないのか?」
「うん、ギルドに登録した町では、配達の依頼は少なくて人気だったから」
小さな町で新人が多いと、配達の依頼は取り合いになるようだ。
逆に王都などの大きな街だと、地元である程度力を付けた冒険者が腕試しや
「俺は助かってるけどな。それだけで生活出来るかと聞かれると、無理としか答えようがないけど」
それでもスキルの恩恵もあって、不満はない。スキルがなかったら一日二、三件、多くても五件出来れば良いぐらいだ。しかもそれを休みなく連日やるなんて、まず体力が持たずに不可能だ。
地球のように動力のないこの世界において、歩いても疲れないというスキルの効果はある意味破格だ。馬や馬車なども一般人が手軽に買える値段でもないし。そもそも街中で馬を走らせるとか無理だな。
一度クリスたちの泊まる宿まで行き、ルリカと合流して一軒の喫茶店のようなお店に入った。連れていかれたとも言う。
何度か通っているらしく、個室に通された。
そういえば、こっちの世界に来てから喫茶店とかでゆっくりしたことがなかった。個室は木目調の壁に囲まれたシンプルな作りだったけど、そこに通されるまでに見た店内は、花に囲まれた落ち着いた調子で、静かに過ごせそうな雰囲気があった。宿屋の食堂や、冒険者ギルドの酒場のような騒々しさを一切感じなかった。街の人の、女性の利用者が多いようだ。
「で、言われたままついてきたけど、どういう状況?」
「あ〜、なんか歓楽街でクリスに会って、流れ的に?」
「歓楽街って……クリス。まさかあそこに行ったの?」
責めるような視線が一瞬クリスに注がれたが、すぐに霧散して、「仕方がないな」と言ってクリスの頭を
「いいよ。なら……クリスが説明してあげなよ」
「……うん。私たちが依頼を受けて国を渡り歩いている話は前にしたと思う。それはね、友達を探しているからなの」
クリスは一度言葉を止めて、一口果実水を飲んで話を続けた。
「帝国に攻められた最初の町は、私たちが住んでいた町だったの。まだ幼かった私たちは逃げるように言われて、訳も分からないまま散り散りに逃げました。その後合流出来た友達もいたけど、合流出来なかった友達もいて。……その友達を探すために旅をしているの」
「あの頃は殺されなかった人は奴隷にされたんだ。戦利品だって。そしてそれは停戦したあとも、解放されなかった。解放されたのは一部のお金持ちだけ。だから冒険者になれる年齢まで待って、ある程度冒険者として活動出来るようになってから、まず帝国に行ったんだ。私たちは見た目は人だから、問題なく回れた。けど見つけることが出来なくて、今回は王国に来たんだ。奴隷商は国を
「それであそこで会ったわけか」
「うん。もうすぐこの国を出るから、最後にもう一度だけ確認しておこうと思って。あとはお願いをしてきたの」
袖の下を渡して、もし探している人物の情報を
「ソラのことはクリスも気に入ってるし、本当はもうちょっと一緒にいたかったけど、私たちにも目的があるから」
「ル、ルリカちゃん」
「照れない照れない。あ、あと私たちが探している友達は二人で、獣人の子と、エルフの子だよ」
「失礼なことかもだけど、一つ聞いていいか?」
二人の話を聞きながら、どうしても疑問に思ったことがあった。
「二人はその、探してる友達が生きてることを前提で話してるようだけど、何か根拠があるのか?」
二人は探し人が、少なくとも死んでいるとは思っていない。それこそこの世界中を探して回れば、会うことが出来ると思っている節がある。
仮に戦場ではぐれた時、果たして俺は相手が絶対に死んでいないなんて思えるだろうか。
「このお守りのお陰で分かるの。昔は本当かな、って思っていたけど、教えてくれるの。何でって聞かれても答えられないのだけど、分かるの」
「精霊のお守りって言うんだって。おばあが教えてくれたんだ」
おばあさんは不思議な人で、色々なことを教えてくれたらしい。クリスの魔法に対しての知識も、おばあさん、モリガンによるものだと、懐かしそうに話してくれた。
二人は同じ形をしたお守りを掲げ、愛おしそうにそれを眺めている。
口が悪く、怒っていることが多い人だったけど、子供のことを心から愛し、そして最後まで守ってくれた人だったと、二人は困ったように言う。素直に褒められないような複雑な思いがあるようだ。
「そっか。特徴……とかは成長してれば分からないか。名前だけでも教えてもらっていいか? 俺もあちこち歩く予定だから、もしかしたら旅先で会うかもしれない。お守りの特徴は……他にも同じようなものがあるのか?」
「同じような形のお守りはあるかも。あ、だけどここの模様はオリジナルだから、きっとこの世に四つしかないお守りだと思う。これは四つで一組みたいなものだから」
獣人の子の名前はセラ。エルフの子の名前はエリス。
それから二人のことを色々聞いた。能天気な獣人セラ。責任感が強く、四人のまとめ役でお姉さんだったエルフのエリス。懐かしむように、そして忘れないように、二人は四人での思い出を話してくれた。
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