第3章ー⑤

 翌朝通常通りの時間に起きた俺は、昨日聞きそびれたことを確認するため村長宅を訪れていた。傍らにはクリスがいるが、ルリカはまだ眠っている。村人と同じように遅くまで起きていたようで、まだ夢の中のようだ。


「これはソラさんにクリスさん。こんな朝早くから何かご用ですか?」


 一晩経って落ち着いたのか、村長の様子は普段通りに戻ったようだ。


「昨夜のことなんだが、あのベーコン……肉の作り方のことなんだが……」


 尋ねたら普通に村長は教えてくれた。

 村の秘密じゃないのかと尋ねたら、構わないと言ってきた。

 それほどゴブリンは脅威だったし、昨夜の出来事の影響も少なからずあったようだ。

 話を聞く限り、おおよそ俺の知りうるベーコンの作り方と同じような感じだった。

 それならと、村長に頼んでベーコンを作っている時に使っているという木材を見せてもらい、譲ってもらった。お金を払おうとしたら、この辺りで伐採される一般的な木だから問題ないと言ってくれた。


「ソラ、木材をそんなにもらってどうするの?」


 確かに薪の束が複数目の前に積み重なっている。

 これを持っていくとしたら、それこそ荷車のようなものがないと無理だ。

 一人で来れば良かったと思ったがもう遅い。ならば打ち明けた方が良いと思い、クリスには空間魔法のことを話した。


「実は、空間魔法を覚えたんだ」


 あ、なんか何言っているんだこいつ、みたいな懐疑的な視線が突き刺さる。


「その、ゴブリンの討伐が終わって一日経ったら、空間魔法の使い方が頭に浮かんできたんだ」


 実際に薪に触れて、収納魔法を発動させた。

 すると目の前の薪は消え、収納魔法のリストに薪一束と表示された。


「ほ、本当に空間魔法を覚えたの?」


 すごく驚かれた。使い手は希少だっていう話だったし仕方ないか。


「それでクリス。悪いんだけど、このことは他の人には秘密にして欲しいんだ。あ、ルリカには話してくれていいけど」

「どうしてですか? 空間魔法を使えるってことは……」

「うん、それは分かってる。だけどさ、実際の俺は弱い。物凄く弱い。だからさ、空間魔法の使い手だってだけで上級者に誘われてその中に入ったら、大変だと思うんだ。もちろんそんな誘いはないかもしれないが、まずは空間魔法の使い手に相応しい実力が付くまで、地道に頑張りたいんだ」


 だから黙っていて欲しいというその言葉に、クリスは感心したのか、「分かりました」と、うなずいてくれた。

 格好良い言葉を並べたが、本音は違う。下手に目立つのが嫌だったのだ。特に珍しいスキル持ちと知られたら、王城の奴らが何かしてくるかもしれない。


「ふふ、ならソラが早く強くなれるように、応援しますね」

「……精進するよ。まずはゴブリンに負けないぐらい強くなるよ」


 楽しそうなクリスの笑顔を、まともに見ることが出来なかった。反則だろ。


「あ〜、それはそうと、村長が話していた妖精とか精霊って、存在するの?」


 クリスは色々と物知りだから、何か知っているかもしれない。この機会にあれが何か、その断片だけでも分かったらと思い聞いてみた。


「……妖精も精霊も存在すると言われています。妖精は姿形が人と同じで、背中に羽を生やしているそうです。大きさは個体差があるとされています。人語を理解し話せるようですが、村長さんが言っていた悪戯好きというのが合っていると思います」

「なんかあまり関わりたくないな」


 振り回されて疲れ果てた自分の姿が想像された。


「そうかもしれませんね。それと精霊に関してですが、決まった姿というのがないようです。人語は理解しますが、話せるものは一握りだという話です。ただ精霊魔法の使い手は意思疎通が出来るという話を聞いたことがあります。あとは……種族的にエルフが精霊との親和性が高いと言われています」


 なるほど。そうなると、あれは精霊の可能性が高いということだろうか? 他にもこの世界には不思議な生き物がいる可能性があるけど、村長の話で妖精か精霊かを判断したら後者になるだろう。


「けどさすがクリスだな。魔法だけじゃなくて、そんなことも知ってるなんて」

「そ、それは……」


 何気ない一言にクリスがハッとして慌て出したがどうしたんだろう?


「そうなると俺みたいのが精霊とか見ることは出来ないか」

「……ソラは精霊に興味があるの?」

「そうだな……村長の言葉を信じるなら何か良いことありそうじゃないか。あ、もしかして空間魔法を覚えたのはそれが影響してたりして?」


 興奮気味に言ったら、「それはないと思いますよ」と、クリスが苦笑気味に言った。

 確かに空間魔法は俺がスキルポイントを消費して覚えたし、もし精霊の力なんてことになるなら、それこそ俺以外の誰かも何かしらの恩恵を受けていないとおかしい。


「それより今日は予定通りに帰るのか?」

「大丈夫ですよ。そのことはルリカちゃんも分かっていますから、そろそろ起きていると思います」


 戻るとルリカが起きていて、準備を済ませていた。


「それじゃ戻ろうか。食料も分けてもらえたしね」


 その言葉にクリスと顔を見合わせて笑った。



「そっか。ソラは料理が出来たんだ」


 その日の夕食時、ルリカから聞かれたから頷いた。

 もちろん手の込んだ料理は出来ないし、簡単な調理だけだとは言った。変に期待されてハードルを上げるのは危険だ。


「ならご飯の準備を手伝ってもらってもいいかな。あ、だけど一度テストしないと駄目ね」


 来る時に料理をさせなかったのは、旅した中で組んだことのある冒険者で、まともに料理をしたことのある男性に会ったことがなかったからと教えてもらった。九割方、任せると酷い料理を出したという。


「保存食をあそこまで不味く出来るのはある意味才能よ」

「そのまま食べるって人も多かったです」


 むしろその方が美味しく食べられたとはルリカ談。ただし元々がそれほど美味しくないから、手を加えて少しでも美味しく食べたいと思う者も多いという。ルリカたちは後者の部類に入るようだ。


「このお肉なんてあぶるだけでも美味しいし、こんな保存食があったら重宝するのにね」


 確かにベーコンは手軽に調理出来て美味しい。

 問題は保存期間。遠出する時の前日に作って素材の保存用の袋に入れればいけるか? あとは単純に空間魔法のレベルを上げればいい。他には……。


「なあクリス。水魔法で食材を凍らせて保存することって可能なのか?」

「……熟練の水魔法使いは凍らせる魔法を使うことが出来るようですが、威力があり過ぎて無理だと思います。魔法を精密に調整コントロール出来る方なら別ですが……」


 一応冷蔵庫や冷凍庫のような魔道具があるが、基本的に大きくて設置して使用しているという。携帯可能なものも、お金をかければ作製することは可能かもしれないとのことだ。

 何をするにもお金か……もしくは錬金術。このスキルで魔道具を自作することは可能なのだろうか? ポーションのこともあるから、帰ったら取ってみるしかないか。


 その後の帰り道。一人で作った料理に一応の合格点をもらった。慣れてないと言い訳させてもらうが、二人に比べて手際が悪いため時間がかかってしまった。味は……悪くないようだ。ただ保険として作られたクリスの料理も食べたからお腹は一杯だ。

 そして予定通り、三日の旅程で王都まで戻ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る