第3章ー④

 翌日のゴブリン討伐は、あっという間の展開だった。


 村を発って二時間も歩くと、森の中にぽっかりと開いた空間がありゴブリンの集団がいた。そこに至る途中にも何体か倒したが、その数は段違いに多い。二〇体以上いるように見えた。

 クリスの魔法を合図に始まった戦闘は、俺が一体倒す間に双剣を使い複数体を瞬く間に屠ほふっていくルリカと、単体魔法と範囲魔法を使い分けて討伐していくクリスによって危なげなく完了した。


 最終的に討伐した数は三四体だったが、そのうち俺が倒したのは五体だった。

 討伐が終了したと理解した時、体が崩れ落ちた。ダメージを負ったわけでもないのに、体から力が抜けていった。呼吸は荒く、体中から汗が噴き出していた。


「お疲れ。と、ちょっと怪我しているじゃない。大丈夫?」


 言われてこめかみを手で触ると、血で真っ赤になった。

 痛みがないから気付かなかった。攻撃を受けた記憶もないので、かすって切れたようだ。


「掠って切れただけだから大丈夫。痛みもないしさ」

「そっか。クリスは治療してやって。ああ、ポーションは使う必要がないからね」


 クリスは傷口に洗浄魔法をかけて消毒すると包帯を巻いてくれた。

 その肩越しに、見間違いじゃなければ白いモコモコが浮いている。ここまでついてきたのか?

 やっぱり他の人には見えていないようで、誰も気にしない。目が少しタレ気味で、心配していますと言っているような気がするのは気のせいだろうか? オロオロしているし。

 出来れば大丈夫だと伝えたいが、傍らにはクリスもいるし声を掛けることが出来ない。ここはあれだ。目で語り掛けるしかない!

 大丈夫だと念じるように視線を向ける。確かに視線が交差した。したが……効果は残念ながらなかった。むしろ逆効果!?


「うんうん、クリスは治療が上手うまいから安心だね」


 クリスの治療の傍ら、ルリカがポーションを節約する理由を話してくれた。

 小さな傷なら、ポーションで治すよりも自然に治るのを待つ方が良いと。急を要する場合は別だけど、今回はこれで終わりだから自然治癒に任せた方が良いらしい。それにポーションも買うとそれなりの値段がするからという納得の意見。ゴブリン退治で消費していたら破産一直線だ、と。


「ルリカちゃんの言う通り。酷い怪我ではないですし。王都に戻る頃には傷もふさがっていると思いますよ」


 クリスのその言葉に、白いモコモコはホッと一安心したように見えた。


「それじゃゴブリンの討伐部位と魔石を回収して、あとは燃やしちゃおう」


 ゴブリンは耳が討伐部位で、売れる素材はない。なので魔石を回収したら、あとは燃やすのが普通。下手に死体をそのままにすると、アンデッドになったり、死体に引き寄せられて他の魔物が住み着いてしまうことがあるためだ。

 もっともゴブリンは食べられたものじゃないから、別の魔物が寄ってくることはないだろうということ。それでもアンデッド化の危険はあるから処理は必要なのだという。

 空き地の中央に死体をまとめると、クリスの火魔法で焼却。燃え尽きるのを確認したら、周辺を一応調査してから報告をするため村に戻った。



 ゴブリンの討伐部位を見せて報告したら、村長からは何度も感謝の言葉をもらった。

 夜は喜びの宴に招かれて、ゴブリンの脅威から解放された村人たちからも感謝の言葉をもらった。子供たちからはゴブリンと戦った武勇伝を聞かれたが、無我夢中で正直よく覚えてないんだよな。

 ルリカが役者顔負けの演技で、ちょっと大げさに話を誇張していたが、子供たちは目を輝かせてその話を聞いていた。大人たちも笑いながらそれを聞いていた。


「この料理美味しいです」


 クリスが賞賛している料理を見て思わず二度見した。

 あれはベーコン? 鑑定したら違う料理名だが、豚肉を燻製くんせいしたものとある。

 一口食べてみしめる。間違いない、この味はベーコンそのものだ。もちろん向こうで食べていたものと比べると粗削りな味だが、文句なく美味しい。懐かしさがそう思わせているのかもしれないが。


 堪能していると、スーッと白いモコモコが寄ってきて、ジッと皿の中のベーコンを見ている。興味はあるが、警戒しているように見える。違うな、本当に美味しいのか疑っているといった感じか?

 チラチラと見ているが、今はそっとしておこう。それよりも情報収集が先だ。


「あ、あの。この料理はここで作ってるのか?」

「ええ、村で食用として作っているわよ。加工すると日持ちしてくれるから助かっているのよ」


 一頭丸々食べ切るのに、村人総出でも何日もかかる。だから日持ちするように加工するという。


「これは街で売ったりしないのか?」

まれに商人が買い付けに来る程度だよ。日持ちするって言っても、あの、干し肉だったかい? あちらほど持ちはしないみたいだしね」


 確かに街まで自分たちで持っていくには、リスクがあるか。距離もあるし。


「あの、どうかなさいましたか?」


 婦人と話していると村長が来たので、ベーコンについて詳しく聞いたら、やはり売り物としては基本的に扱っていないと言う。


「そんなにこれを気に入ってくださったのですか……」


 村長がベーコンの盛られたお皿に目を向けた。その瞬間、皿の一角に確かにあったはずのベーコンの山が消えた。

 村長は驚き、クリスも驚き、俺も驚いた。

 村長とクリスはベーコンが突然消えたことに驚いたのだろうが、俺は白いモコモコがベーコンを吸収したのに驚いた。食べた、と素直に表現出来ないのは、あの小さな口で大きなベーコンの塊を食べたのが信じられなかったからだ。

 ただベーコンが消えてから、体が膨らんで縮んでと、まるで咀嚼そしやくするような動きを見せたから、食べているように俺には見えた。心なしかうれしそうに耳がせわしなく揺れているし。

 皆の視線が消えたベーコンに注がれると、それは酷く慌てた様子で空気に溶けるように消えた。もちろん俺以外には見えていないのだから、俺の視線からか、もしくは見えていないのに変に注目を集めたから逃げたんだと思う。


「おお、これは……」


 驚きの表情を浮かべた村長が、突然涙を流して祈り出した。

 何事かと思っていると、村長の話を聞いた村人全員が、ベーコンの消えたお皿に向かって祈りをささげている。

 それは村に伝わる言い伝えで、妖精ようせいの悪戯、もしくは精霊様への供物くもつと呼ばれ、


「おめでたいことですじゃ」


 ということらしい。

 事実このような不可思議な超常現象が起きた年は、村周辺の木々が豊かに実り、家畜も病気することなくすくすく成長するという。


「本当に今日はめでたい日ですじゃ!」


 村長の興奮した言葉に村人たちもさらに盛り上がり、その日は夜遅くまで宴が続いた。

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