第2章ー⑧
翌朝目を開けたら、視界の片隅にそれはいた。どうやら夢じゃなかったようだ。
ゆっくりと身を起こすと、反応してそれも動き出した。
モコモコの中に瞳が浮かび上がり、ジッとこちらを見てくる。
「あ〜、これから用事があるんだ。悪いけど相手してやれないんだが……それでも一緒に行くか?」
一応コクコク頷いたようだったから、言葉は通じたはず。通じてなくても、俺がやることは変わらない。
食事を済ませ、いつもよりも早めにギルドに向かう。背後には音もなく浮かんでついてくるものがいるが、とりあえず気にしないようにしよう。
「今日は早いな」
知らない冒険者から声を掛けられた。
「昼過ぎから用事があるから。早めに依頼を見にきたんだ」
答えて配達依頼の掲示板に足を向ける。
ここは相変わらず人気がない。ただ今日は他の掲示板の前にも人が少ない。今いるのは比較的若い人たちのような気がする。
午後からルリカと会う約束をしているから、それに間に合うように依頼を選ぶ。ミカルに依頼票を渡し早速開始するが、誰も俺の背後に浮かぶものに関して指摘してこない。宿の時から感じていたが、どうやら他の人には見えていないようだ。俺も何度か見失ったし、見える見えないを意図的に操作している可能性もある。
依頼は予定通り終了し、グレイのところで
配達依頼で街中を歩いたが、残念ながら今日はレベルが上がらない。段々と必要経験値が増えてきたからだ。増々スキルポイントの使い方は慎重にしなければと思った。
「待たせたか?」
ギルドに行くと既にルリカがいた。一人だ。クリスは疲労がまだ抜け切れていないから休ませたそうだ。
ルリカに連れられてきたのは、ギルドの奥にある広場だった。ここがルリカが行きたかった場所?
「ここは鍛練所よ。主に冒険者同士で模擬戦をやったりして腕を磨いたり、情報交換する場だったりするところかな。こっちに刃を
武器を手に取りルリカと始めた模擬戦は、途中でサイフォンが合流して激しさを増した。
模擬戦が終わった時には俺は地面を背にして、天井を眺めていた。こんなに汗だくになったのは、この世界に来て初めてかもしれない。
そんな俺を、心配そうに見るのはあの白いモコモコ。なんか場違いだが、その優しさがちょっと嬉しく感じた。
「斬撃の速度は申し分ないが素直過ぎだな。知能の低い魔物には通用するだろうが、魔物の中にはずる賢い奴もいる。そいつらには通用しない。ま、そこのところは経験を積んでいくしかないだろうな。機会があったらまた相手してやるよ」
サイフォンは疲れた様子も見せず、他のグループに交じって戦い始めた。
「どうだった?」
ルリカから水を受け取り一飲み。あ〜、ただの水が美味しい。
「もうくたくただよ。これなら配達の方が正直言って疲れないかな」
「まぁ、確かに激しくやりあっていたしね。けどどう? 少しは自信が付いたかな?」
「まだ分からないかな。やっぱ人と魔物じゃ違うんだろ?」
「そうね……なら依頼を確認してみよっか。ゴブリン討伐とかなら、戦った感じ、たぶん大丈夫だと思うし」
たぶんだと困るんだが。顔に出ていたのか、大丈夫よ、と背中を
「これか〜。まだ残っていたか〜」
ルリカが一枚の依頼票の前に来ると声を上げた。
肩越しに見ると、比較的近くの村からのゴブリン退治の依頼だった。
ゴブリンはスライムと並ぶ最弱の魔物と言われていて、初心者が最初に戦う魔物の代名詞とされている。魔石以外は素材にならないので稼ぎとしては微妙。だけどリスクなく狩れて経験を積むにはもってこいの魔物らしい。それこそ戦える人の数次第では村人でも退治は出来る。それなのに依頼が出ている意味は……。
それが五日前から貼り出されているとのことだ。
理由は二つ。単純に村までの距離と、報酬の低さ。特に報酬は同じゴブリンの討伐依頼でも、依頼者によって変わるためだ。
王都からだと歩いて三日。その労力と報酬が見合っていない。基本的に報酬なんて魔物にかけられるものだが、その過程も大事。三日歩くということは往復で六日分の食料代もかかってくる。さらに何かトラブルがあれば、それ以上の出費だって考えられる。下手したら赤字だ。
それこそ馬車や移動用の馬があれば移動時間の短縮は可能だが、そのような高価なものを持つ冒険者が、わざわざゴブリンを狩りに行こうなんて思わない。
「ん〜、歩くと三日かぁ〜」
「何か問題でもあるのか?」
「いい? 野営するのは大変なのよ。それはもう大変なのよ。一人は見張りをしないとだし、ゆっくり休むことも出来ない。二人で一〇日歩いた時はほんとつらかった……あの頃はお金もなかったしね」
何か遠くを見ている。あまり触れてはいけないことのようだ。
確かに魔物のいる世界だ。街の中とは違い危険が多いのだろう。見張り……夜襲のこととか考えたら急に不安になってきた。
しかしこれはある意味チャンスかもしれない。一人でいきなり野営するよりも、旅慣れた二人と一緒なら心強い。それに薬草採取で外に出た時だって、正直緊張はしていたが、それ以上にわくわくしていた。一歩踏み出した街の外は、別世界が確かに広がっていた。
「よかったら俺は受けてみたい。足を引っ張る可能性はあるかもだけど」
「……確かに三人なら少しは楽になるかな。慣れてないなら練習を兼ねて経験するのもありだし。まだ暖かいし、ローブだけでも十分夜も過ごすことが出来るかな? 街道に沿って進んでいけば魔物との遭遇率も低いし、あとは盗賊に気を付ければ……」
ぶつぶつと自分の考えをまとめた結果。依頼を受けると宣言してくれた。
「なあ、クリスに相談しなくていいのか?」
あっ、と声を上げて少し考えたようだったが、依頼票を持って受付に向かった。どうやら後で報告して承諾を得るらしい。大丈夫か?
「それじゃこれお願いね」
「えっと、ゴブリン討伐の依頼を受けるのですか?」
ミカルがルリカを見て、そして俺を見て確認してきた。
「そうそう。少し新人君に冒険者のイロハを教えてやろうと思ってね。なんて偉そうなこと言うけど、前回助けてもらったその借りを返すってのもあるんだけどね」
ルリカがわざと大きな声で答え、俺の背中をバンバンと叩く。
「そうですか。ならそのように手続きさせてもらいますね。それにルリカさんたちと一緒なら、ソラさんも良い経験になると思いますし」
問題なく受理されたようだ。
「明日は必要アイテムの買い出しをして、出発は明後日かな。宿にも伝えないとダメだしね。一応いつ戻ってこられるか分からないから、宿泊はキャンセルしておいた方が良いよ。理由を話せばある程度理解してくれると思うから」
◇◇◇
翌日の買い物にはクリスもいた。クリスは最初俺を見て驚いたようだったが、別にいつもと変わらないよな?
チラリと白いモコモコに視線を向けたが、気にした様子もなく変わらずフワフワ浮いている。周囲が気になるのかキョロキョロしながら。今日もこの子は平常運転だ。
買う物は食料に回復ポーション。「マナポーションは高いんだけど」と、言いながらそれでもクリスに必要だからということで買っていた。あとは野営に必要なアイテムを確認し、なければ補充する。マナポーションじゃないが、回復ポーションも意外と高いな。けどお金で命を買うと思えば安いのか? 一応魔物除けのアイテムも購入したが、これは出番がないことを祈る。
あとは保存のきく食料。簡単な調理器具はルリカたちが持っているのでそれを使うことに。食器だけ自分用のものを購入した。
その後時間が余ったのでギルドの鍛練所に。今回はクリスも少し身体を動かしたが、見学している時間の方が長かったのは言うまでもない。わらわらと暇そうな者たちが集まってきたが、ほどほどで今日はやめた。ルリカは人気のようで、声を掛けられては応対していた。相手の鼻の下が伸びていたような気がするが、気のせいだよな?
明日の朝一で門の前集合ということで、今日は解散した。今日も生傷が絶えない。
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