第2章ー⑦

「それでソラは明日どうするの? やっぱり依頼を受けたあとだから休むのかな?」

「一応配達の依頼を確認してどうするか決めるかな?」

「配達の依頼? もしかして噂の配達人ってソラのことなの!?」

「その噂の配達人っていうのは何?」


 詳しく聞いてみると、誰もやらない配達を黙々とこなす変わり者ということで、冒険者の間では結構噂になっていたらしい。


「あ、臨時収入って例の指名依頼の報酬だったりするの? 配達で恐ろしい金額を稼いだとか聞いたよ」


 その通りなので肯定しておくが、個人情報が駄々洩だだもれなのは大丈夫なんだろうか?


「だからウルフ肉もあんな簡単に運べたのね」


 ルリカは納得といった感じでうなずいている。


「街中は安全だし。まだ来たばっかだったし、道を覚えるためにもちょうど良かったんだよ」


 褒められるようなことじゃないんだよな。

 歩くことでお店の位置も覚えられたのもあるが、配達で街を歩くとその度に新しい発見があるから、何だかんだと歩くのが楽しくなったんだよな。最初はスキルのためというのが強かったのは確かだったけど。


「あの大変な依頼をよくもまぁ」

すごいです」


 それに街の外に出る勇気もなかったし。


「今回こうやって出会ったのも何かの縁だし、よかったら今度一緒に依頼を受けてみない?」

「俺は冒険者になったばかりだぞ? そっちはもうすぐCランクに上がるって言ってなかったか?」

「いくつか依頼を達成出来たらなれるかな。クリスはどう思う?」

「……うん、いいと思う」

「だよね。正直言って今まで二人でやってきたんだけどさ。今日みたいなことがあると二人だとちょっとキツいかな、って思ってね」

「一緒に組んでくれそうなのは結構いそうだったぞ」


 ギルドに入った時の視線。あれは今思い返せば嫉妬しつとだったんだろう。


「確かに声は掛けられるんだけどね。こう、ビビッとくる人がいなかったんだよね。それになんか下心みたいなのも感じたし。それにクリスがあまり良い顔しないから」


 それはある意味仕方ないんじゃないかと思う。少なくとも容姿は間違いなく良いし、話してみたら二人とも性格が良いことも分かる。

 ルリカは快活で話しやすく、クリスはあまり積極的に話すことはないが、いるだけでなんか落ち着くような不思議な雰囲気がある。

 会って間もないから見当違いかもしれないけど。少なくとも俺はそう思った。


「それにさ。先輩として冒険者のイロハを色々と教えちゃうよ。あとは……模擬戦とかして戦い方とかもね。鋭い斬撃だったけど、どうも剣に振り回されているっていうか、違和感を覚えたんだよね」


 剣の扱い方は素人だしな。実際スキルによって、無理やり剣を使っているようなものだ。

 仲間に誘ってもらえるのは正直うれしい。

 しかし、と思う。こちらに条件が良すぎる。

 何か裏があるのではと疑ってしまう。

 けどこれはある意味チャンスだとも感じている。戦い方の基礎は知りたい。

 それに二人からの申し出は、善意からの純粋なもののように思えた。


「分かった。とりあえずお試しで頼むよ。ルリカたちだって、いつまでもこの国に滞在しているわけじゃないんだろう? その間だけでも助かるよ」

「そうね。ランクが上がって、良さそうな護衛依頼があったら移動かな。とりあえず、明日は半日時間をちょうだい。ちょっと行きたいところがあるから」


 それなら明日は午前中に配達の依頼を受けて、午後に会おうと約束した。



「は〜、しかし美味しかった」


 宿に戻ってベッドに横になる。女性と一緒にご飯を食べると緊張するかと思ったが、ルリカの話術のお陰か、変に緊張することなく過ごせた。料理に夢中だったのもあるかもだけど。

 お腹が膨れているからか、横になっていると眠くなってくる。

 自然とまぶたが閉じていき、うつらうつらとする。

 部屋を照らす明かりは燃料である魔石の魔力が切れると勝手に消えるけど、出来るだけ節約してくださいと頼まれている。

 このまま寝るなら消さないと、と思って起き上がった時に、またそれを見た。

 白いモコモコしたそれは、プカプカと静かに宙に浮かんでいる。よくよく見ると、つぶらなひとみでこちらを見ているような気がする。


「え〜と、初めまして……ではないか?」


 言葉が通じるか分からないが、なんとなく空気に耐えられなくなって言葉が口をついて出た。

 するとその言葉に反応したのか、プルプルと震えている。心なしか嬉しそうに?


「もしかして、言葉が分かるのか?」


 尋ねるとコクコクと頷いている、ような気がする。

 ……言葉が通じているが、話せはしないようで、ただただくるくると宙を舞っている。たぶん、喜んでいると思うんだが、本当のところが分からない。本当のところは分からないが……触りたい。

 その愛くるしい姿を見て、無性にあのモコモコしたものに触りたいと思ってしまった。気持ち良さそうだし。

 恐る恐る、ゆっくり手を伸ばし、伸ばして……通り過ぎた。まるで立体映像のようだ。

 俺も驚いたが、突然手が通り過ぎたのに驚いたモコモコは、プンスカ怒っているように飛び跳ねている。


「わ、悪い。気持ち良さそうだったから触りたかったんだよ」


 素直に謝罪したら納得したのか、大きく頷いて飛び跳ねるのをやめてくれた。


「そろそろ寝たいんだがいいか?」


 しばらく不思議な動きを眺めていたが、眠くなってきたから尋ねたらコテンと体を傾けた。

 言葉の意味が分からないのか? ベッドに横になって目を閉じる動作をすると通じたようで、枕元に移動し、そこで動かなくなった。そこで寝るらしい。え、帰らないの? しばらく見ていたがピクリとも動かない。

 俺はランプの灯りを消すと、ベッドに横になった。初めての街の外。初めての採取依頼。初めての魔物との戦闘。初めての女性との食事。初めて尽くしの一日だったが、一番疲れたのはモコモコした、たぶん生き物とのこの短いやりとりだった。


 明日起きたら、まだいるのかな……そんなことを思いながら眠りについた。

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