第2章ー⑥
一度宿に戻り、荷物を置いて教えてもらった宿に向かった。
街の中央に近いということもあって、今泊まっている宿とはその構えからして違う。外壁もしっかり色が塗られていて、清潔感を出している。
一階が食堂になっているようだけど、テーブルは整理されて並べられていて、隣同士の距離も十分取られている。混んでいても窮屈な思いをしないで飲食出来そうだ。
用件を伝えると個室に通された。
しばらく待っていると、着替えをしたルリカとクリスが来た。
「お待たせ。料理は適当に頼んでおいたけど、何か食べたいものってある? あとは食べられないものとか」
よく分からないから任せてみた。どんな料理があるか全然分からないから下手に口を出さないことにしたが、ただ虫系があったら無理だとだけ言っておいた。
どうしても口に合わなければ、その時はその時で考えるとしよう。どうせメニュー名を言われても分からないし。
「それじゃ今日はありがとう、ということで。乾杯」
ルリカの言葉で食事がはじまった。もちろん飲むのは果実水で、お酒じゃないですよ。
料理はどれも見たことがなく、一口含んだだけでその美味しさに驚いた。
どの料理もそれぞれ個性的な味があり、食事を楽しませることを念頭に作られていることがうかがえる。ギルドで食べた料理が野生的なのに対して、ここの料理は都会的といった感じか。
「美味い……」
思わず言葉が漏れる。
こちらの世界に来て、初めて向こうの世界にも負けず劣らずな味だと思えた。先日のオーク肉で感動したが、これはそれを上回る。
最初は
ふと笑い声が聞こえた。
顔を上げるとクリスが笑っていた。
今はツインテールをほどき髪をストレートに流していて、一見大人びて見えたが、笑っている姿を見るとやはり幼い印象を受ける。
視線に気付いたのか、アタフタして助けを求めるようにルリカを見た。
仕方ないなぁ、と言いたげにルリカが言う。
「喜んでくれているようで良かった。ここは王都の宿でも味が良いって評判でね、それで選んだのよ。もっともこの料理を食べるには追加料金を支払わないと駄目だけどね。今回はお礼ってことで奮発したのよ?」
料金分の価値はあるのかもしれない。いくらかは、聞くのが怖いが。そして普通の料理もちょっと食べたいと思った。
食事が一段落したらちょっとした雑談になった。
まずはハチミツ採取の依頼がペナルティーにならなかった話からはじまり、徐々にルリカたちの冒険者として活動してきた話になった。
冒険者がどんな活動をしているかを知りたかったからだ。
話の中で分かったのは、ルリカたちが他の国から来たということ。
ランクDに上がるまでは地元で冒険者として活動し、護衛依頼を受けながら国から国へ移動していたとのことだ。
「エルド共和国から来てね。いいとこだったけどね」
確かエルド共和国とは人間や亜人種が共同で生活している国だ。
ここでいう亜人とは、獣人やエルフ、ドワーフなどをさす言葉らしい。さすがはファンタジー、向こうでは空想の種族だったものが普通に存在する。
まだ会ったことがないんだよな。冒険者になら一人ぐらいいても良さそうなのに。
ルリカの話を聞いて思い出すのは、ギルドの資料室で学んだことや、屋台街でグレイをはじめとした店主たちに教えてもらったことだ。
◇◇◇
この世界には七つの大国が存在している。
人類至上主義を掲げ、他は悪と唱えるボースハイル帝国。
人類こそ優れているという思想のエレージア王国。
多種族が共存して生活しているエルド共和国。
獣人の王が支配するラス獣王国。
女神信仰を唱えるフリーレン聖王国。
魔導研究をする者たちが集って出来たエーファ魔導国家。
竜を崇める者の国ルフレ竜王国。
歴史を
しかし一〇年前。ボースハイル帝国がエルド共和国に対して宣戦布告をして戦争を始めた。
それは最初小さな火種だったが、やがて七大国全てを巻き込む戦いに発展した。
攻める国。守る国。不干渉を貫く国。
世界は疲弊し、先の見えない戦いが続いていた。
そんな中、三年前にフリーレン聖王国の聖女をはじめとした、主だった司祭が女神の啓示を受けた。
『魔王が復活しました。どうか全ての愛すべき者たちよ、力を合わせて戦いなさい』
最初その言葉を妄言と取り合わなかった時の支配者たちも、統制のとれた魔物たちの出現により、停戦を結び、それらを撃退した。
統制のとれた魔物たちは黒い森と呼ばれた魔の森より現れ、今も隣接する二つの国々を襲っている。
◇◇◇
「そういうソラはここの生まれなの? 初心者にしては装備もいいし、もしかして良いところの生まれだったりして」
「違うよ。ちょっと遠くから来てね、生活するために冒険者になった。装備が良いのはさっきも少し話したけど臨時収入があったからだよ。今はお金を貯めて、戦い方を学んで、最終的にはこの世界を歩いて見て回りたいと思ってる」
魔王のことは正直言って興味がない。実感も湧かないし、特にこれといって恨みらしい恨みはない。
あえてあげるなら、魔王のせいでこの世界に呼ばれたことぐらいか。特にあの王城の奴らには腹立たしさしかない。頭を下げられたってあんな奴らのために戦いたくない。
ただもしも、この世界で力を手に入れることが出来たらと思わないでもない。
力に
もしかしたらこの感情には、あいつらを見返してやりたいという思いもあるのかもしれない。そう考えると、沸々と湧き上がってくるものがある。
「世界を見て回るね〜。なんか面白い動機ね」
ルリカの言葉にハッとなった。
何を考えていたんだ……違う、何かおかしい?
「そうかな? 結構俺としては本気なんだけどな」
平静を装っていたが、内心は少し動揺していた。こんな攻撃的な思考、感情を突然抱いたことに。そしてそれが、綺麗さっぱり突然消えたことに。
「そっかそっか」
話を聞いたルリカが、ジッとこちらを見てきた。
その視線からは何か品定めをしているような、探られているという感じを覚える。
なんか落ち着かないな。
思わず視線を逸らしてその横を見ると、クリスもジッとこちらを見ているが、俺の視線に気付いて驚き、慌てて下を向いてしまった。
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