学園一の美少女、江戸家さんと秘密の同居!

金澤流都

猫は肉食、ねね子も……肉食!

 仔猫を拾ってしまった。僕が一人で暮らすアパートは、ペット禁止のルールがある。

 アパートの大家さんはおっかないお婆さんで、動物、特に猫が嫌いなのだと言って、アパートの周りに消毒薬を撒くようなひとだ。

 とてもじゃないが連れ帰ることはできない。僕は学校の自転車置き場で、仔猫3匹の入った段ボールを抱えて途方に暮れていた。

 警察に連れて行ったら確実に保健所に連れていかれてしまう。ええい、捨てたやつ出てこい。この仔猫たちが母猫と引き離されて寒い思いをしているのがわからないのか。

 すっかり陽も暮れてきた。制服の上に着ている薄いジャンパーだけでは寒い。とりあえず僕は段ボールを校舎の昇降口まで持ってきて、スマホで友達に助けを求めることにした。

 友達――野球部の幽霊部員で、とりあえず坊主頭にはしている、という春風竜也にメッセージを送ってみる。

「それなら江戸家に頼め。あいつツイッターのフォロワー十万人だぞ」

 春風は予想外のメッセージをよこしてきた。江戸家って、あの高嶺の花の江戸家ねね子さん? 僕なんかが相手にしてもらえるのだろうか。

 春風曰く、江戸家さんはいつも図書室で古典文学を読み漁っているという。僕は急ぎ足で、仔猫の入った段ボールを抱えたまま、図書室に向かった。

 ドアをそっと開けると、江戸家さんは相変わらずの可愛らしさで、枕草子を原文で読んでいた。やっぱり頭がいいのだ。

 段ボール箱の中で、仔猫がにゃーん、と鳴いた。それを聞いて、江戸家さんは顔を上げた。


「……それ、仔猫?」

「う、うん。自転車置き場に捨ててあったんだけど、僕のアパート、ペット禁止なんだ」

「……桂くんって、一人暮らしなの?」

「まあ……そうだね。僕の両親、僕を置いて出て行っちゃったから。どこにいるかも知らないや」

「わあーお。ナカーマ」


 江戸家さんはすっと立ち上がる。均整のとれた、美しいプロポーションをしている。どこか「野生美」といった印象だ。


「あたしもさ、親が転勤で遠くに行っちゃってるの。で、あたしのアパートはペット飼えるから、うちにいったんこない? いっかい落ち着いたところで写真撮って里親探したほうがいいでしょ」

「わ、わかった。江戸家さんってツイッターのフォロワー十万って本当? 春風が言ってた」

「まあ嘘じゃないけど、そのうちの何割かは死んでるアカウントだからね。正味七万ってとこじゃない?」

「なにをツイートすればそんなにフォロワー増えるの?」

「そりゃもう単純に猫しかないでしょ。去年拾ってきたコーゾーって名前の猫飼ってる」


 なるほど、猫はツイッターの最強コンテンツと聞いたことがある。というわけで、僕は自転車を押し、江戸家さんが段ボールをかかえて、江戸家さんのアパートに向かった。

 江戸家さんのアパートは、見るからに設備の整っていそうな、立派なアパートだった。その二階の角部屋が江戸家さんの部屋だ。


「コーゾーただいまー」

「お邪魔します」


 江戸家さんの部屋に入る。江戸家さんが明かりをつけると、大きな猫が、部屋の真ん中でデーンと寝っ転がっていた。そこをすかさず江戸家さんが写真に撮る。たしかにこの猫ならバズりそうだ、という面構えと態度の猫だ。

 顔に面白い模様があるその猫は、江戸家さんが帰ってきたのが嬉しかったのか、むくりと起きて江戸家さんに頭をすりすりした。かわいい。と思ったら僕にシャーっと牙を見せた。情緒の乱高下だ。


「はいはいコーゾーはねんねしててください。で、マジでツイッターで飼い主探すの?」

「それがいいかと思ったんだけど……」

「ネットで飼い主探すのの怖いことはね、いじめ殺す目的で仔猫を貰い受ける人がいることだよ。信頼できる人が見つかるまで、一緒にここで飼おうよ」


 一瞬意味が分からなくて、

「えっ、江戸家さん引き取ってくれるの?」と尋ねると、江戸家さんはにまあと猫のような笑顔になって、


「違うよ。桂くんもここで一緒に暮らすの」


 と、予想外のセリフを発した。僕が? 江戸家さんと一つ屋根の下で? えっそれなんてラノベ?


「桂くんって呼ぶのもつまんないから、えーと」

「美歌矢。ミカでいいよ」

「ミカくんかあ。かわいい名前。わたしはねね子って呼んでくれたらそれでいいから。お腹空かない? おやつ食べながらこの子たちの名前決めようよ」


 そう言うと、江戸家さん……ねね子さんは、テーブルの上にあったポッキーを口に咥えて、僕をじっと見ている。

 も、もしかしてポッキーゲームなる、リア充のカップルがやって遊ぶあれ?

 恥ずかしくなって思わずベランダのほうを見て、そこにねね子さんの下着が干してあるのが目に入ってしまった。うわ、校則通りの真っ白い下着だ。けっこう……でっかい。


 僕が挙動不審をやっているうちに、ねね子さんはポッキーを一箱平らげていた。なんてことだ。

 ねね子さんは妖しく微笑むと、


「ミカくん、かわいい」


 と、まるで猫にいうみたいにそう言って、僕をよしよししてきた。僕は真っ赤になりながら、よしよしされるに任せた。しかし我に返って、

「そ、それより猫の名前だよ!」

 と、不粋極まりないセリフを発してしまった。


「そっか、そうだね。じゃあ、ヤスハルとマスタツとのぶ代!」


 それはオーヤマブラザースということなんでしょうか。でも将棋の名人と空手の達人と猫型ロボットである、なかなか強い子に育ちそうだ。

 ねね子さんはぐいっと僕に迫ってきて、


「ミカくん、お夕飯なにがいい?」


 と、意外と普通のことを聞いてきた。どぎまぎして答えられないでいると、


「じゃあ、特製カレーをご馳走してあげよう」


 と、そう言って台所に立った。コーゾーはねね子さんのほうにのそのそと歩いていって、何を作っているのか気にしているようだった。


「コーゾーの食べられるものじゃありませーん」


 ねね子さんが適当にあしらうと、コーゾーはすごくふてぶてしい顔で僕の方にあるいてきて、僕の顔を一発猫パンチしてから、段ボールを覗いた。

 仔猫に大して興味も湧かなかったのか、コーゾーはそのままベッドにどすんと寝転がった。


 ……ベッド。


 生唾をごっくんする。


 パンチされたところがヒリヒリ痛むのを誤魔化しながら、僕はねね子さん特製カレーを食べた。ふだんのカップ麺生活からは思いもよらないご馳走だと思った。

 ねね子さんは仔猫たちにふやかしたキャットフードを食べさせて、それから僕を見て、


「お風呂先に入ってくるね」


 と、ものすごい「女」の顔で言った。

 あばばばばば……。


 ◇◇◇◇


 ねね子さんとオーヤマブラザースとコーゾーと暮らし始めて一週間ほど経った。

 ねね子さんは、清楚で優秀な高嶺の花などではなく、すっごい肉食だということが分かった。

 そして、オーヤマブラザーズの引き取り手も、熱心に探してくれた。ねね子さんはさすがフォロワー十万人である、三匹ぜんぶが新しい飼い主に引き取られたが、ねね子さんは新しい飼い主に定期的な連絡をお願いしていた。ちゃんとしている。


「猫は肉食動物なんだよ」


 と、ねね子さんはよく言うのだった。それは、僕をオモチャにする言い訳であり、僕はねね子さんのオモチャにされる生活を悪くないと思ってしまうのであった。そしてそれを、コーゾーはふてぶてしい顔で見ているのであった。

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