猫の手を借りた結果

温故知新

猫の手を借りた結果

「じゃあ、行ってくるね!」

「はい、お願いします……」



爽やかな笑顔を浮かべる少し歳上の同僚と職員さんが、破棄する機密文書が入ったダンボールが大量に積まれた大きなカゴ付き台車を支えながら持って行く背中に声をかけると、私は気づかれないように小さくため息をついた。





時は数十分前に遡る。

地元の役場で職員さんの事務を補助……所謂、雑務を主な仕事とする非正規職員として働いている私は、今日が月に1度の機密文書の回収日であることを同僚から聞かされた。

もちろん、事前に職員さんから聞いていたので、その事に関しては驚きはしなかったのだが、何でも今日に限って急ぎの仕事が大量にあるらしく、通常は2人で行う機密文書の回収を、今月は私1人でするように指示された。

まぁ、ダンボールに入った機密文書を指定場所に指定時間内に持って行くだけの仕事で、今月は何故かそのダンボールが大量にあるが、部署にある大きなカゴ付き台車に乗せれば問題無かったので、とりあえず了承の返事をした。



「ふぅ。まっ、こんなものかな」



職場の動線の妨げにならない場所まで持って来た台車の3分の1をダンボールが埋めつくしたところで、少しだけ体を伸ばした。

昨日のうちに破棄すべき機密文書はダンボールに詰め終えてるので、今日は機密文書が入ったダンボールを台車に乗せるだけの力のいる単純作業なんだけど。

ゆっくり深呼吸をして再び作業に取り掛かろうとした時、後ろから声がかかった。



「どう? 人手が要りそう?」



後ろを振り返ると、何故かキラキラ笑顔の同僚と、心配そうにこちらを見ている男性職員が横並びで立っていた。


人手が要るって……と言うか、あんたさっき『忙しいから出来ない』って言ってませんでした!?

言われた時に、あんたの机の上をチラ見しましたけど、薄高く積まれた書類の山で納得しましたけど!?


内心で口には絶対に出せないストレートなツッコミをすると、持っていたダンボールを降ろした。



「まぁ、要ると言えば入りますけど。とは言っても、全体の3分の1は積み終えている状態なので……」

「えっ!? まだ3分の1しか積み終わってないの!? 取り掛かるには遅くない!?」



ちなみに今は、指定時間の1時間半前。1人で作業しても十分間に合う時間であるとだけ言っておく。



「そうでしょうか? 十分間に合う時間だと思うんですけど……」

「いやいや、全然間に合ってないと私は思うんだけど! 本当、今から1人でやって間に合うって本気で思うの!?」



本気で思ったから、この時間から始めてるんですが。

というか、あんた本当に何しに来たんだ?



「ところで、仕事の方は?」

「あぁ、それなら心配しなくていいから。それよりダンボールもまだ大量にあるし、猫の手も借りたいくらい人手が欲しいんじゃない?」

「まぁ、借りれるなら借りたいですね」



何でそんな分かりきったことを言わせるんだ。昨日、あんた主導で職員さんと3人で箱詰め作業してたじゃないか。

……ん? 職員さん?


職員さんの方をチラッと見て、同僚の方に視線を戻すと、含みがあるような笑みを浮かべていた。


えっ、何? ちょっ、気持ち悪いんですけど。


同僚の笑顔に寒気を感じた瞬間、同僚が隣に立っている職員さんに声をかけた。



「と言うことなんですよ〜。ですので、今日もお手伝いお願い出来ますか?」

「……えっ?」



コイツ、マジで何言ってんの?

確かに、猫の手が借りれれば、作業効率が上がるし有難いんだけど……今から始めれば職員さんの手を借りなくても、私とあんただけで事足りるんですけど。



「良いですよ。いつも頼りにさせて頂いてますから、このくらいはお易い御用です」

「ありがとうございます♪」



笑顔で私の横を通り過ぎる2人を、唖然とした顔で見送った。


えっ!? ちょっ!? 本気で言ってる!? マジで!? 本当に!? そんなのありなの!?

私が『猫の手も借りたい』ってことに対して同意したから!? 嘘でしょ!?



「ほら、早くしよ!」



職員さんと一緒にダンボールを持っている同僚が、元気いっぱいに声をかけているが、私には『ほら、さっさとして! そして、私と職員さんの邪魔しないで!』という幻聴が聞こえた。



「はっ、はい!」



つきそうになったため息をグッと飲み込むと、足元に置いてあったダンボールを手に持った。


こうして、3人で仲良くダンボールを台車に乗せ終わると、同僚の提案で同僚と職員さんの2人で指定場所に持ち運ぶことになった。


本来は私1人で行くつもりだったけど、上機嫌の同僚が『あなたって、急ぎの仕事があったよね?』と言ったので、仕方なくといった体で2人に代わることになった。

もちろん、そんな仕事は作業を始める前には終わっているので、同僚がついた明らかな嘘だったんだけど、同僚からの『邪魔しないで!』オーラが凄かったので、申し訳ない体を装ってこちらが折れた。


2人で仲良く台車を押す姿を見送り自席に戻ると、隣の同僚の机の上に積まれた薄高い書類の山を見て、ポソッと愚痴を零した。



「こんな茶番に付き合うくらいなら、猫の手なんて借りなきゃ良かった」

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