僕のヒーロー
松竹梅
僕のヒーロー
僕にはヒーローがいる。
僕が困っているときにはいつも助けてくれる人。勉強でわからないところを質問すると、僕がわかるまで付き合ってくれる。もっと早く走るにはどうしたらいいかも手本を見せてくれるし、お腹が空いたらご飯も作って持ってきてくれる。
何もない僕の世界に、ぽんっと生まれた明るい部分。
ヒーローが来ると、その明るいところの温かさが伝わってきて、胸の奥のところがじんわりする。白くて重たい扉を開けて、元気いっぱいに入ってくるのだ。
「やっほー、雄貴!調子どうだい?」
「わわっ、だめだよ英太、大声出しちゃあ、また怒られちゃうよっ」
「いいのいいの、ちょっとくらい」
英太は少し前から病院に来ているお兄さんだ。僕よりもずっと年上で、スラっとした長い手足のモデルさんみたいな体型をしている。そんな彼が病院にいると不思議な感覚になる。
「それで今日はどうしたの?ここしばらく来てなかったけど」
「ちょっと勉強が忙しくてね、本当は毎日来たかったんだけど」
「勉強?」
「ふふふ、聞いて驚けよ」
英太はたっぷりと間を置いて、そして僕を見た。
「合格したんだ、医師国家試験。研修先も決まった。この病院だよ」
「え!ほんと!?合格したの!?」
「ほんとだよ!合格したんだよ!」
二人そろって喜び合うと、だんだんと実感が湧いて涙が出そうになった。
「そっか!やったね!」
「ああ、これでやっとお前を救うって夢に一歩前進したよ。まだまだこれから、伸び代絶やさないようにしないとな」
そう言って取り合った英太の手に少し力がこもる。
俺が英太を助ける。僕に初めて会いに来た時からずっとそう言い続けてくれた。父からの虐待で体が不自由になった僕は、運動機能に障害が出て、歩くことも満足にできない体になってしまった。大好きだったテニスも当然諦めるしかなく、生きる気力を失った僕は病院のベッドで無為に過ごすばかりだった。父は逮捕されてから縁を切った。母親は僕を産んだときに持病を悪化させてそのまま帰らぬ人に。祖父母はしばらく会っていないので、僕の現状を知らなかった。
誰も来ない、1人きりの病室。その白く重たい扉を開けたのが英太だった。
「やあ、君が英太だね。今までよく耐えたな。待たせて悪かった。安心して。ちゃんと勉強して、僕がお前を救ってやるから」
唖然として言うに任せていたけれど、会って話す回数を重ねていくたびに、英太の話を楽しみにしていることに気づいた。僕の知らないこと、体験できないこと、病室では見つけられない不思議な発見。いろんなことが僕の命を震わせた。
あのときの感動を、僕はずっと覚えている。
「英太」
「ん?」
ずっとためてきた気持ちを込めて、ヒーローの顔を見る。
「ずっと支えてくれてありがとう。英太が頑張ってるから、僕も生きようって思えたんだ。僕、これからも生きるよ。英太と一緒にいろんなこと、知っていきたい」
声が震えないように我慢してたけど、涙がこぼれて、最後は震えてしまった。
そんな僕を見つめるヒーローは、頼もしいほどの笑顔だった。
「当たり前だろ、俺は雄貴の兄ちゃんだからな!」
僕のヒーロー 松竹梅 @matu_take_ume_
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