第17話 悲しい笑顔
「心配ですね、聖剣の結界……」
「簡単には抜けないです。それに、それならそれで抜けた剣は俺の手元に戻ります。結界を貼り直せばいいだけの話です」
「そ、そうなんですか」
「……反対ではないんですか? 俺は結界を張ったことを、ドルディアルの人たちに不審に思われました」
「え? な、なんでですか」
結界を張ったのは、ドルディアルの人たちのためなのでは?
それを不審に?
な、なぜ?
「この国の人たちは自分たちが『入れ物』である自覚があるためです。コバルト王国側から見ても俺の行為は自然の摂理を捻じ曲げる、自己満足。どちらにとっても歓迎されるようなことではないんです」
「そ、そんな!」
じっと、ルイさんは私を見つめる。
真っ直ぐな、綺麗な深緑の眼だ。
彼は自己満足のために、この国の人がコバルト王国に狩られないよう結界を張った。
あの森と、あの川はコバルト王国とドルディアル共和国を分かつ国境。
そこに、コバルト王国側からの悪意を跳ね除ける結界を張る——それはそういうこと。
「私は、結界を張ったことを悪いことだなんて思いません。できることなら、コバルト王国にもドルディアル共和国を攻めてほしくありませんから。自己満足と言いますが、一方的な虐殺がよいことだとは私も思えないです」
「……」
「それが普通の感覚だと思います」
子を持つ親として以前に。
人として、誰かを傷つけるのはよくないと思う。
自分が傷つけられたらどれだけ悲しくて痛いのか……私は知っている。
だから他人を傷つけてもいいなんて、思えない。
「……ですよね」
その時の、ルイさんの表情の切なさといったら。
嬉しそうだけど悲しそうで。
仕方ないと割り切れない。
涙が出るほど……つらそうな笑顔。
「っ……」
この人が、この世界のその『真実』を知った時にどれほど悲しかったのだろう。
コバルト王国はこの『真実』を伏せて、召喚した人たちを最前線に送り込んでいるのか。
……そうね。
送り込まれた方は、冗談じゃないわよね。
まだ三日だけれど……この国の人たちに、私もリオハルトもとても親切にされた。
赤ちゃんはとても尊いもの。
この国の人たちのその言葉の意味が、今正しく理解できたと思う。
あまりにも、あまりにも、重い。
〜〜♪
「!」
「あれ」
聴こえてきたカノンの曲に振り返ると、コルトが興味深そうにオルゴールをいじっていた。
音が出たことに驚いたのか、すぐ手を離してカーテンの影に隠れる。
窓から入る、ほんの少しあたたかな風。
光も多く入るし、とても居心地がいい。
起きていたリオハルトも、心地よさにうとうとしている。
「オルゴールは、売ってるんですか?」
「あ、うん、まあ。はい」
「……売れてないんですか」
「売れないね……」
歯切れが悪いな、と思ったら。
この世界にオルゴールはない。
獣人さんは耳もいいので、音楽が苦手な人が多いという。
オルゴールは金属を弾くことで音を奏でるものだし、魔人族の人はその金属を弾く音がダメな人もいるらしい。
うーん、それは致命的。
「でも、オルゴールが作れるなんてすごいですね」
「小さな頃はピアノを習っていたこともあって、曲は覚えてるし……ものづくり体験でオルゴールを作って楽しかったから」
「そうなんですね」
元の世界の話だろう。
ピアノを習っているなんて、結構いいところのお坊ちゃんだったのかしら?
そういえばトイニェスティン侯爵家のお屋敷にもピアノがあったし、最低限弾けるように叩き込まれたけれど……ピアノ、私とても苦手だった。
何度教わっても音符の読み方がわからなくて、早々に別のことに授業がシフトしたのよね。
「でも、これだけスペースがあるのにもったいないですね」
ひとまず話を中断して、片付けに戻った。
それで気づいたのだが、この建物、見た目よりも広い。
特に湖畔に突き出た部分は、オープンテラスになっている上、天井にガラスがふんだんに使われていて光が燦々と入る。
とても気持ちいい。
「陽の光を浴びると元気になるからと、マチトさんとアーキさんが作ってくれたんです」
「そうなんですか。素敵ですね」
「ありがたい限りです。俺はあの人たちの仲間を、家族だった人たちを……たくさん手にかけたのに。……行く当てがなくなった俺を引き取って、実の息子のように可愛がってくれる」
「…………」
「恩返しはしたいんですけど、なにをしたらいいのかわからない。オルゴールもあんまり好まれないし。……とはいえ、俺は掃除も洗濯も苦手だし。料理もできないし」
「う、うーん……」
宿屋のお手伝いは、していたらしい。
けれど、どれも下手くそで逆に迷惑をかけてしまっていると感じたルイさんは、ここに家を建ててもらってオルゴールで生計を立てようとした。
ご覧の通り、上手くはいっていない。
なるほど。
「この国の人たちは日向ぼっこが好きなんですね」
「そう。陽光が『入れ物』を活性化させて安定させるらしい」
「へぇ……」
特に獣人は屋根の上でお昼寝していることが多いらしくて、オープンテラスから見渡す限り、町の屋根には獣人が丸くなって寝ている。
この国独特の光景なんだろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます