第16話 世界の仕組み 2


「前世の旦那さんが?」

「そうなんです。これは本当にびっくりしました。私が死んだ一ヶ月後の彼が、勇者として召喚されてきたんです」

「そんなことあるんですか!」

「あったんですよね、これが」


 そして、彼はそれが一番びっくりだったらしい。

 しばらくブツブツなにか呟きながら考え込んで、急に頭を抱えて息を吐き出す。


「……【略奪】とか……えぇ……? それでその子のスキルを奪って、からの追放? ええ……」


 どうやら一番のドン引きポイントは父の所業らしい。

 まあ、ですよね。


「その、だから私、行くところがないんです。コバルト王国内にいれば父に見つかって、今度こそ殺されるかもしれない。私は別に殺されてもいいけどリオハルトだけはもう死なせたくないの。この子には今度こそ大人になって幸せになってほしい……」

「…………」


 彼はなにも言わずリオハルトを見る。

 どんな気持ちなのかはわからないけど、私の事情と、それだけは理解してほしい。

 ただ、彼が言い淀んだのもわかる。

 ドルディアル共和国の事情を思うと、ここでリオハルトを育てるのはかなりしんどい。

 周りの人たちはいい人たちばかりだ。

 けれど、定期的に戦争という形の『狩り』が行われる。

 リオハルトにはもしかしたら、知り合いがところを見せることになってしまうかもしれない。

 私でさえ見たくないそれを、幼いうちから、定期的に、何度も……。

 それは、嫌だ。

 でも、コバルト王国には、帰れない。

 どこか人里離れたところに、と思うと……今度は魔物や邪霊獣に襲われる恐怖と危険を考えてしまう。

 まいった、八方塞がりだ。


「正直この国は子育てはできると思うけど……戦争に巻き込まれる危険が高い」

「は、はい」

「人間なら襲われない、という保障はないです。今の事情を聞く限り、尚更」

「そうですよね……」


 父にとってはもう私は死んでいる者。

 この国が死者の行く国というのなら、私はコバルト王国で既に死んだ者だ。

 戦争に巻き込まれれば同じように狩られる立場なのだろう。

 理不尽極まりない。


「勇者と聖女……まあ、それらしくないとは言っても……【召喚】されたのであれば近く『狩り』にはくると思う」

「…………」

「でもあまり……【超身体強化】と【略奪】と【召喚】であればまあ……やりようはありそう」

「?」


 指を顎にあてがい、なにやらまたブツブツ言う。

 結局彼は何者なのだろう。

 私は洗いざらい喋ったので、彼も教えてくれないだろうか。

 無理かな?

 やっぱり聞かない方がいいかしら?


「え、ええと……それで、あの……」

「あ、俺は前回【召喚】で召喚されてきた元勇者です。コバルト王国ではどう伝わってるか知りませんけど」

「え! ぜ、前回召喚された勇者!?」


 さらっと告げられた正体に驚いて、思わず大声を出して立ち上がった。

 私の大声に驚いたリオハルトが泣き出す。

 あああ、せっかく寝たところだったのに!


「どんなふうに伝わってるのか気になります」


 なぜワクワクした目で見られてるんだろうか。

 え、待って?

 前回召喚された勇者って、確か——。


「ち、父は『失敗』と言っていました。今回の……私の前の夫と、一緒に来た聖女も……変なスキルだったから」

「へー」


 自分で聞いておいてとても興味なさげなんですけど!?

 よ、よくわからない人だな。


「まあ、コバルト王国からすれば確かに俺も『失敗』なんだろうな」

「え、えーと」


 前回勇者。

 私も詳しくは知らない。

 断片的な情報しか……。

 前回召喚された勇者の『特異スキル』は優秀で、[経験値五倍]だったとか。

 私が捨てられた森にあるのも、前勇者の聖剣。

 ……前勇者の聖剣はとても強力で、森の守りになっている。

 でも、だからこそ強力な兵器となり得るものであり、ドルディアル共和国との戦争には非強不可欠。

 そう、言われていた。

 じゃあ……この人が、それほど強力な勇者、だった人?


「あの、私が捨てられた森には勇者の聖剣があると言われていたんですが」

「ああ、はい。コバルト王国が迂闊にドルディアルに攻め込めないよう結界を張って、聖剣はその核を担っています。この世界の人には抜けませんよ」

「!」


 え、待って?

 じゃあ……私がたとえ森で聖剣を見つけていても、抜けなかったということ?

 いやいや、そうじゃなくて!


「結界があったんですか?」

「悪意ある者は川に近づけないよう、森で迷うようになっています。あなたが川にたどり着いたのなら、あなたに悪意がなかったせいです」

「この世界の人には抜けない、ということは……」

「あなたがあの森に意図的に捨てられたのであれば、もしかしたら新たに召喚された勇者と聖女に俺の剣を抜かせようという魂胆かもしれませんね。あなたと今代の勇者が前世繋がりがあるというのであれば、それにも意図を感じます」

「っ……」


 そんな……。

 でも、あの人——郁夫は私のことなど助けに来ないだろう。

 聖剣が異世界の者にしか抜けないのなら、私をダシに使ったところで無意味だわ。

 腹がとてもムカムカするけど。

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