第18話 生き方を悩む


「で、ええと……」

「?」

「名前……」

「あ! ……えーと」


 そういえばまだ名乗っていなかった。

 けれど、やはり父の顔がチラつく。

 それをルイさんも理解してくれているのか「偽名でもいいです」と言ってくれた。

 偽名かぁ。


「前世の名前とか」

「前世の名前はこずえですけど、前世の夫がきてるから——」

「ああ、そうか。じゃあティータは? 梢って英語でティータっていうし」

「そうなんですか? じゃあ……ティータにします」

「うん、わかりました。ティータさん」


 これでこの国で生きていくための名前が決まった。

 リオハルトも、ハルトでは元夫にバレかねないからリオと呼ぶことにする。

 名前も偽って——いいえ、アンジェリカ・トイニェスティンという名前を捨てて、私は今日からティータ。

 ただのティータだ。

 ティータとして、リオの母として生きていく。

 さて、では問題は住む場所。

 そして、収入だ。


「あの、少し具体的な生活についてお伺いしたいんですけど」

「はい。俺に答えられることなら?」

「この国の人は、どのように生計を立てて生活しているんですか? 赤子一人抱えた女が一人で生活していけるものでしょうか?」

「えっ」


 ものすごくドン引きした顔!

 あ、これは無理なんだ!?

 正気か? みたいな顔された!


「……たとえば?」

「え?」

「たとえばどんな……? その、できること?」

「えっ」


 ぶわ、と汗が噴き出す。

 令嬢教育は一通り受けたけど、この国は王政ではない。

 共和国という、村や町、種族ごとの長が定期的に話し合いの場を設けて国の指針を決めるものだと学んだ。


「……え、ええと、れ、令嬢教育は、な、なにか役に立ったりとか……あ、町長の娘さんの教育、とか?」

「この町の町長さんは魔人族の一種、吸血鬼。娘さんは三百歳で、今は町にはいないはずだけど」

「ぉ、も、もう令嬢教育とかそういうのは終わっている感じですかね……」

「た、多分。俺も会ったことはないですが」


 そんな年上のお嬢様に人間の令嬢教育をお教えするのは心苦しい。

 それに、この国の人たちは『入れ物』の自覚があるため、あまり長寿の種はもっと西側にいるそうだ。

 最東端にコバルト王国があり、よく攻め込まれるのはこの国境沿い。

 長寿種は町と種族の代表として名を置くが、基本的に末端には無関心で主に『入れ物』が生産される『生命樹』の守護に徹底している。

 最西側に彼らは要塞を作り上げ、『入れ物』が生まれたら各自治める町に連れ帰り町の者に育てさせるのだと。

 みんなで赤ちゃんを育てる。

 町の人たちが「赤ちゃんは尊いもの」と語っていた理由も、お世話の順番を奪い合っていた理由もよくわかるわ。


「この国って魔物の出現率がコバルト王国よりも高いんですよね」

「そうなんですか!?」

「かなり大型のが週一出てます」

「週一!?」

「その分邪霊獣はほとんど出ないんですけど、ドラゴンとか大型ゴーレムとか、サラマンダーとか、とにかく強力なのが国中に出るんです。それらは全部この国の『入れ物』の食糧なんですよ」

「食糧!?」

「めちゃくちゃ食べるんです、この国の人。ティータさんが考えてる何十倍も」

「っ」


 多分、魂の維持と管理にエネルギーを大量に消費するためだろう、というのがルイさんの見解。

 けれど、そんなドルディアル共和国の人たちは、強い魔物が出てもすぐ倒して食糧にしてしまう。

 これもルイさんの見解だけれど、この国に出る魔物が大型で巨大なのはこの国の食糧とするため、世界が用意しているのではないか。

 この国——ドルディアル共和国は国民の五割が『討伐者』という職業。

 ほとんどの住民が毎日魔物を討伐に出かける。

 そうして食糧を確保したら、『解体者』という職業の人たちが解体して『運送者』が各自に配っていく。

『後方支援者』という職業の人たちがその他。

 マチトさんやアーキさんたち、宿屋や食堂、道具屋、防具屋、武器屋などなど。


「俺のオルゴールが売れないのはそういうのと関係ないから……」

「な、なるほど……」


 令嬢の教養も似たり寄ったりみたい。

 私にできること……それなら家事代行、とか?

 それならリオハルトを背負いながら働けそう。

 アーキさんの食堂で働かせてもらうのもあり、かな?


「……ルイさんは、その、『討伐者』の方が向いてそうですけど、そっちは……」

「まあ、そうなんだと思います。でも俺の場合、レベルが高すぎて跡形も残らない」

「え」

「知ってます? 俺の『特異スキル』」

「え、えっと、確か——」


 前勇者の『特異スキル』。

 父や兄が『当たり』と呼ぶほどの強力な[経験値五倍]。

 ん? つ、つまり?


「そ、そんなに強いんですか」

「ティータさんはご令嬢だからわからないと思うんですけど、戦うと『戦闘レベル』というものがステータスに表示されるようになるんです。ゲームみたいにその戦闘レベルを上げていくと、戦闘スキルも増えるし物理的、魔力的な強さが増します」

「は、はあ」


 そもそも私、ステータス表示が得られなかった。

 でも、そんなのあるんだ。

 そしてルイさんは、その戦闘レベルがえらいことになっている、と。


「戦う度にレベルが上がるから、これ以上はちょっと……。なんか人間やめちゃいそうで」

「それは、やめた方がいいですね」


 人間やめちゃいそうなのか。

 それじゃ『討伐者』はやめた方がいい。

 人間やめちゃいそうとかこわい。

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