第12話 拾われる私


「ん……」


 唐突に、意識が戻る。

 ふわふわと心地よく、しかし独特の匂いがした。

 記憶が曖昧だけれど、ゆっくり意識の浮上とともに遡れば思い出す。

 オーガに遭遇したこと。

 そこからさらに遡り、父に用済みだからと捨てられたこと。

 涙が流れる。

 お兄様に直接のお別れも、お礼も言えなかった。

 リオハルトを、守れなかった。

 私は、また……。


「キキー……」

「あなた……!」


 私の顔を覗き込んだのは、あの子猿。

 この子、無事だったのね。

 じゃあ、リオハルトも、もしかして!?


「うっ!」

「おや、起きたのかい? 急に起きない方がいいよ」

「!」


 声……?

 女性の声だ。

 誰かに助けられた……?

 部屋を見回すと、隣には明るい黄色の木製ベビーベッド。

 驚いて中を覗き込むと、リオハルトがすやすや眠っていた。

 全身から力が抜けるように息を吐く。


「リオハルト……リオハルト……リオハルト……」


 安堵から名前を呼ぶことしかできない。

 胸が上下して、ぴすーぴすーという寝息。

 生きてる……生きてる……!


「さっきミルクとオムツを替えたから、しばらくは大丈夫。アンタももう少しお眠りよ」

「あ、あの……助けてくださってありがとうございます……」


 部屋はとても整えられたものの少ない部屋。

 壁も天井も温かみのある木製で、白いカーテンが差し込む陽光を弱めてくれている。

 いったいどれほど眠っていたのだろう。

 部屋の入り口にも薄いレースのカーテンが引かれていて、奥の様子がうかがえた。

 どうやら民家のようだ。

 テーブルと椅子、すべて木製で、テーブルにはランチョンマットが三つ。

 三人暮らしみたい。

 ベビーベッドがあるということは、小さなお子さんがいるのだろうか。

 女性の姿は見えないが、掃除は行き届いているし家具や小物も可愛らしい。

 温かみと清潔感のあるお家。

 それに、とてもいい匂いが漂ってきた。

 料理しているのか、かちゃかちゃと食器の音。

 なんて心地いい音だろう。

 きっと素敵な人に違いない。


「いいんだよ。事情はわからないが、その子——猩猩しょうじょうの幼体がアンタを助けてくれとアタシの旦那に頼んできたくらいだ。猩猩は森の賢者。そんなのに乞われたら断われないさ」

「しょう、じょう……?」

「そうさ。それより嬢ちゃん、飯は食えるかい? リゾットを作ったんだけど」


 そう言いながら声と足音が近づいてくる。

 カーテンレースの向こう側から現れたのは——オーガ。


「え」

「食べれるかい? ああ、アタシはアーキってんだ。この宿屋で女将をしてる。アンタ、コバルト王国から来たんだろう? なにがあったか知らないが、あの国は相変わらずなんだね。まあ、行く当てがないならしばらくここにいて構わないよ。赤ちゃんもいることだし、アンタ体が弱そうだから無理するんじゃないよ。じゃあ、なんかあったら気兼ねなく声かけな。オムツはそこの籠に入ってるから自由に使っていいよ」

「え、あ……」


 オーガが指差したのは、細い蔦で編まれた籠だ。

 蓋を乗せるタイプの。

 その上ベッドの横のラックに、トレイに載ったリゾットをスプーンとコップに入ったお水と一緒に置いていってくれる。

 とても美味しそう。

 お腹が空いていたのを思い出し、腹が鳴った。

 え? オーガに……え? 助けられた? 私……え?


「えっ」


 リゾットはとても美味しかったです。



 ***



「んーーーーっ!」


 と、思い切り背伸びをする。

 本っっっっ当に、よっく寝た!

 こんなにぐっすりがっつり寝たのは何年ぶりだろう?

 トイニェスティン侯爵家にいた頃は、朝早くから夜遅くまで勉強三昧。

 リオハルトが生まれたら、そのお世話でほぼ熟睡した記憶はない。

 ここ——多種族国家ドルディアル共和国、『オーガのお宿』に来てから三日、毎晩爆睡である。

 食事も三食、バランスよく栄養価の高いものばかりいただいて快便快調……!

 気持ち、お肌の調子もいい気がする。


「キー!」

「おはよう、コルト」


 そんな私の肩に飛び乗ってくる猩猩の幼体——あの子猿を、コルトと名づけて呼ぶことにした。

 私をオーガ……アーキさんの旦那さんであるマチトさんに教えて、助けてもらえたのはこの子のおかげだから。

 ただ、猩猩の幼体は大人になるまで母親と過ごすものだという。

 それなのに一人でいたというところはとても気になる。

 私について来てしまって、本当によかったのだろうか?


「むぎゃう」

「おはよう、リオハルト。見て、いい朝ね」

「きゃーっ」


 隣のベビーベッドに寝かされていたリオハルトを抱っこする。

 リオハルトは夜、夜勤の従業員さんやお客さんが我先にとお世話してくれていた。

 我先に、というのは……この国の人たちにとって赤ちゃんがとても尊いものだから、らしい。

 初日夜はあまりにも不安で、私も起きていようとしたのだが……従業員もお客さんも構い倒そうとして逆にアーキさんに叱られる始末。

 オムツ交換やミルクなどジャンケンまでしていたし、昨日の夜など順番表を作ったの、と自慢された。

 曰く「人間の赤ちゃんって全種族で一番弱いから大切にしなきゃ」とのこと。

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