第13話 穏やかな生活
「おはよう、気分はどうだい?」
「あ、は、はい。今日もとてもよく眠れました。おかげで熱も下がったみたいですし……頭痛や寒気ももうありません」
「そりゃよかった。……まったく、野生の猩猩にお乳を与えたなんて聞いた時はこの子頭がおかしいのかと思ったよ……」
「あ、あはは……。……返す言葉もありません……」
入ってきたアーキさんがラックの上に朝食と、紅茶を置いてくれる。
頭を抱えられるのも無理はない。
あの時の私は、本当に判断能力がだだ下がりしていたのだ。
野生動物にお乳を与えるなんて正気の沙汰ではない。
おっしゃる通りです……本当に……。
ま、まあ、それが原因で熱を出してしばらく起き上がるのもつらかったとか、そういうことではないし、そのおかげでコルトに懐かれて助けられたようなものだし!
……と、言い訳を並べてみたがやはり野生動物にお乳をやるのは自殺行為。
本当にバカでした。
「ところで、これからのことは少しは考えられたかい?」
「あ……は、はい……けど、やっぱりもう少しこの国について、教わりたいな、と思いまして」
「ふむ、そうだねぇ」
今後のこと。
今私がいるのはコバルト王国の川を挟んだ隣国——多種族国家ドルディアル共和国。
それは教わった。
コバルト王国に戻ることも考えたが、平民として生きていく伝手がまったくない。
他にも生きていることがバレれば父の手の者が差し向けられるのではないか、という不安もある。
前勇者の聖剣に関しては、間違いなく期待されていない。
あれは私を捨てる建前だもの。
お兄様もそれをわかって、探してくれているかもしれないけれど……お兄様にこれ以上負担をかけるのは心苦しい。
私はとにかく、リオハルトを安全に育てられればそれでいいのだ。
まだこの国に来て三日だが、この国の人は赤ちゃん大好き。
それはひしひし伝わってくる。
魔物であるオーガがこんなに理性的だと思わなかったし、そもそもドルディアル共和国に魔物が住んでるなんて思わなかった。
ドルディアル共和国は亜人や魔人が住む、恐ろしい国。
そうとしか学んでいなかった。
それ以上の知識を、私は持っていない。
令嬢教育を受けていた頃は学ぶことが山のようにあったから、次から次へと課題を用意されてそれをこなすのでいっぱいいっぱいだったもの。
リオハルトを育てる候補地として、この国についてもっと知りたい。
「とはいえ、アタシはこれから洗濯しないといけないし……」
「す、すみません」
「いいんだよ。ああ、それならちょっとコレ、持ってってくれないかい?」
「?」
そう言って、アーキさんが持ってきたのはサンドイッチ。
パンにレタスやハムが挟まった、バターの香り薫る美味しそうなお弁当だ。
バスケットの中には、それ以外に塩や胡椒、唐辛子に砂糖などの調味料?
「アンタと同じ人間族が、隣の建物に住んでるんだ。まあ、隣って言っても湖畔のとこでちと歩くんだけど……。そいつにこれを届けて、詳しく聞いてみるといい」
「え! に、人間がいるんですか!? この国にも!?」
「アンタと同じくワケアリさね。この国の戸籍上、アタシとマチトの息子ってことになってる。けど、種族は人間。ずっとうちにいていいよ、って言ってたんだけど、自立したいからって気を遣ってあっちに小屋を建ててそっちに住んでるんだ。ルイっていうんだよ。年は十八! アンタとそう変わらないと思うんだけど」
「っ」
人間が、いる。
この国にも……。
人間、ということは、コバルト王国の出身、よね?
ワケアリ……、と言われると私もワケアリだし。
十八歳っていうことは、私——アンジェリカより三歳も年上。
お兄様より一つ年下ね。
男の人かぁ……。
「ちゃんとご飯食べてるか、部屋は散らかってないか、お風呂にはちゃんと入ってるかも確認してきておくれ!」
「わ、わかりました」
なるほど〜。
一人暮らしの息子がちゃんと生活できているのか心配なんですね!
息子を持つ身なのでとてもわかりみが深い。
リオハルトを背中に背負い、コルトを肩に乗せてお宿を出る。
意識が戻ってから初めての、宿からの外出だ。
「立派な宿屋……!」
表へ出て振り返ると、そこは木製のとても立派な宿だった。
大きな木の板にこの国の言語で『オーガの宿』と書いてある。
そういえば私、昔からなぜか文字はすべて読めるのよね。
書くのは練習が必要なんだけど……これだけは不思議。
転生者だから?
「いち、にい、さん……三階建てだったんだ」
私が借りていた部屋は厨房の真横の従業員用仮眠室。
仮眠室を借りていたなんて、ちょっと申し訳ない。
でも、赤ちゃんがいたから賑やかな方がいいだろうと、私の容態がなかなかにわかりづらかったから、すぐ様子を見られる場所ということで仮眠室に寝かされてたそうだ。
色々配慮してもらっていて、怯えてしまったのが申し訳ない……。
そんな宿を右に向かって進むと、手摺りの向こうに大きな窓ガラス。
窓ガラスの奥は食堂。
色んな種族が朝食を食べていた。
お宿に泊まっている冒険者さんたちだろう。
お宿の厨房は私を助けてくれたアーキさんの旦那さん、マチトさんが担当している。
初めてマチトさんを見た私は、怯えて気絶してしまった。
マチトさんはそれを気にして、私がきてから一度も会いにきてくれていない。
直接お礼も言いたいし、今日帰ったら私から会いに行こうと思う。
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