第54話

「僕は……なんてことをしてしまったんだ」


 俺の腕の中で、兄貴は自らの行いを悔いた。

 どうやら、自分に課した『めい』で暴走こそしたが、完全に記憶がなくなるわけではないようだ。


「なんで俺なんかに必死になってんだよ、馬鹿」


 いつも通り、助ける時だけ力を貸してくれれば良かったのにさ。 

 大体、『間』を操るなら、俺に合わせて『時間』で戦わければ良かったんだ。

 同じ土俵で俺を倒すことにこだわらなければ……。


「僕はただ、生里と戦う力が欲しくて……。【魔能力】を求めたんだ。そこで、吹楚のことを知り……。お前を憎んでしまったんだ」


「……」


 気にするな。

 その一言が俺は出てこなかった。感情の暴走とはいえ、『山』を動かし人々を巻き込んだ。そのことは兄貴が一番分かっているはずだ。

 俺は兄貴を離し、自らの足で立つように促す。

 どれだけ、慰めの言葉を掛けようと、受け取る本人に余裕がなければ届かない。だから、今、俺に出来ることは、生里を拘束することだ。


 兄貴にそっと視線を送り、俺は生里へ向き合う。

 膝を付いた姿で固まる生里。拘束することは簡単だろう。 

 俺は生里に一歩、踏み出そうとした。

 だが、唐突に心臓を握る苦しみが俺を襲う。


「ぐあっ、はぁ、はぁ」


 何が起きてるのかと、苦しみの中、視線を隅に移す。ここでようやく、俺は自分の貯蓄時間がマイナスになっていることに気が付いた。

 時間の停止はどれだけ時間が貯蓄してあっても足りなかったのか。

 俺の苦しみと同調するように、生里を抑えていた力が解除された。


「はーはっは!! やっぱり、最後に勝つのは俺だなぁ!!」


 生里の手足を掴んでいたアカネが、「きゃあっ!」と悲鳴を上げる。

 蛾に変貌した生里に付き飛ばされ、糸で手足を拘束する。瞬く間に立場が逆転していた。


「お前達は、ここで殺しておいた方がいいみたいだな」


 また、苦戦を強いられるのは御免だと、生里がアカネの首元へ噛みつこうとする。遊ぶ余裕もないのか、即座に殺す選択をしたようだ。

 苦しむ俺じゃ、生里は倒せない。


「……生里!!」


 アカネの首に牙の先端が届いた時、生里は唐突に自分の首を絞め始めた。


「な、なにが起きてるんだよ……!!」


 両手で首を押え暴れる。

 だが、どれだけ動こうとも自分の手が首から外れない。自分の手で首を絞め続けた生里は、やがて、その姿が透明になって消えていく。


「はぁ……。なにが……。起きたんだ?」


 理解の追い付かぬ俺に、兄貴が感情を殺して呟いた。


「僕は『間』を操る。だから、生里を――『人間』を操って『空間』ごと移動させたんだ。生里を殺すために……」


「殺した……って」


 なんで、罪に罪を重ねるようなことをするんだ。

 兄貴は暴走で人々を傷つけたことを悔やんでいたじゃないか!! 


「最初からこうするつもりだった。過程がどうあろうと――ここだけは譲れないんだ」


 俺の視線に、兄貴は壊れた玩具のように笑った。ギギギギと、無理やり動かした表情。

 兄貴は『めい』によって暴走する前から――壊れていたんだ。


「嘘だろ……兄貴」


 なんで、俺に一線を越えるなって言った兄貴が、易々と人を殺せるんだ。

 俺は兄貴の暴走を止めるために戦ったんだぞ?


「これが俺のしたいことだったんだ。この50年で僕もまた変わってしまったんだよ。だから、銅次――お前は俺みたいになるな。今なら吹楚がお前を選んだ意味が分かるよ」


 兄貴は最後の力を使い果たしたのだろうか。玉手箱を開けたかのように、一気に年を重ねていく。皺だらけの皮膚が覆うのは骨だけ。

 細く不気味にやせ細った兄貴は、地面に倒れた


「お父さん!!」「兄貴!!」


 俺とアカネが同時に駆け出すが――既に銀壱の心臓は止まっていた。





「お父さんもまた、時代に変えられていたんだ」


 俺とアカネは、兄貴を埋葬した墓地に手を合わせる。

 小高い丘に建てられた墓の数は少ない。きっと、死を偲ぶ行為すらこの時代には普及していないのだろう。


「だって、お父さんは私に約束してくれたんだ。「生里は僕が殺す」って。その言葉を私は聞いてたのに……」


 アカネが俺の説得に応じたのは、兄貴との約束があったから。

 そんなことすら、俺は知らなかった。

 兄貴は俺と同じ考えだと勝手に決めつけていた。


「私がお父さんに任せないで、自分で生里を殺していたら――」


 兄貴は命を犠牲に【魔能力】を手にしていなかったとアカネは涙を流す。


「違う、逆だよ。兄貴は、アカネに誰かを殺して欲しくない。だから、自分で殺したんだ」


 自分の命を捨ててまで。

 人の命は対等ではない。それでも、兄貴は命と命を天秤に乗せた。そうすることで、自分の「殺し」を正当化させたんだ。

 だから、兄貴の死は誰の責任でもない。

 兄貴の責任だ。


「ただ、それでも誰かのせいにするなら、俺だよ」


 兄貴は俺に「一線を越えるな」と言っていた。それは「自分は既に超えている」と言う意味だったんだ。

 俺は空を見上げる。

 雨でも晴れでもない曇り空。絡みつくような湿気が俺の心と身体に深く染み込んでは全てを鈍くする。


「でも……」


 それでも、自分が生里を殺していたらと悔やむアカネ。彼女が兄貴の思いを受け取れるようになることも託された一つなのだろう。

 一度に多くのことを託した兄貴。俺は立ち上がりそんな兄貴が眠る場を見た。


「お前は俺みたいになるな。か……」


 兄貴の最後の言葉は、俺への警告だ。

 言葉通りに誰かを殺せる人間になるなという意味。そして、目の前で犠牲者を出すのはこれで最後にしてくれという願い。

 兄貴の思いはしっかりと、俺に届いていた。


 アカネはどれだけ憎くても人を殺さないこと。

 俺は人を守ること。


「そのために、俺は全ての色を管轄しようと思う」


 そして、最後には魔族を――。

 俺は新たな目標を背に歩き始めた。

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