第45話

 洋画に出てくる悪役のように口を大きく歪めて笑う女性――阿散あばらさん。

 撫でていた素子もとこさんの頭をボールのように掴むと、力任せに歩かせる。その姿は散歩を嫌がるペットにも見える。

 しかし、素子もとこさんはペットではない。【魔能力】を持つ人間だ。何故、発動させないのか?

 俺は歩き始めた二人の前に回る。


「ちょ、ちょっと待ってください。あなたが素子さんを傷だらけにしたんですか?」


 俺の問いに足を止めて睨む。

 素子もとこさんと同じ、「殺す」か「殺さないか」で人を値踏みするような視線。数秒程俺を見つめた後に、小さなため息と共に素子さんに注意した。


「素子。男はもっとちゃんと選んだ方がいいぞ。こいつ、絶対、馬鹿じゃん」


「……否定はしないの」


「……」


 俺は助けようとした相手に馬鹿だと認められてしまった。

 いや、人に誇れるほど頭が良くないのは自分でも分かってるから、心に傷を負うことはないのだけど、なんだか、悲しくなってくる。

 阿散あばらさんはそんな俺を無視して、口角を釣り上げる。


「で、お前はこんなヤツのために私を裏切ろうとした訳だ」


「……裏切る?」


 俺よりも先に、素子もとこさんには仲間がいたのか。


「そう。私たちは【ご褒美】を求めて公式戦に出てたんだよ。なのに、こいつは私とは公式戦に出たくないってさ。私は素子もとこの【魔能力】を買ってたんだぜ?」


 掴んでいた頭を持ち上げ、素子さんの顔を覗き込む。

 今にも手が出そうな危うい雰囲気。

 なんとか、穏便に済まそうと説得を試みる。


「一回、落ち着いてくださいって。阿散あばらさんも同じ群衆クラスタでしょ?」


 ゴテゴテと制服にカラフルな装飾こそしているが、色自体は銀であることに違いはない。

 互いに戦ったところで無駄なだけではないか。

 俺の説得に、「それもそうじゃん」と手を放した阿散あばらさん。すると、次の瞬間には素子もとこさんの顔に向けて拳を振るった。

 ゴツリと鈍い音と共に素子もとこさんが倒れた。


 その顔を踏みつけ、俺を睨む。


「うるせーな。お前、ここで素子を助けて王子気取りか……? 私はさ、お前みたいな奴が一番嫌いなんだよ」


 怒りに支配された表情。それだけではまだ足りないと自分の手で顔を握る。悪魔のような形相を浮かべ、踏みつけていた素子もとこさんを蹴り飛ばした。


「あんたも、殺してやるじゃん」


 怒りに満ちたまま、今度は俺に向かってくる。

 やはり、この時代で力を持った人間。そう簡単に話を聞いてはくれなさそうだ。


「なら、仕方ないか……、常に時間貯蓄していてよかった」


 俺は意識を視界の隅へ向ける。四六時中浮かぶ数字には、もう慣れた

 今、浮かんでいる数字は、


 15:43:34。


 公式戦を終えてから15時間の貯蓄をしていた。

 これだけの時間があれば、加速が15分間は使える。

 阿散あばらさん一人を相手するには、お釣りがくる時間だ。


「取り敢えず、少しダメージを与えておこうか」


 動きを遅くした阿散あばらさんの腹部に前蹴りを放つ。足の裏に人の肉を弾いた感触が伝わる。

 これで、戦意を失ってくれればいいんだけど。

 俺は加速させていた時間を解除した。


「……なっ!!」


 俺が能力を解除すれば、阿散あばらさんは吹き飛ぶはずだった。だが、彼女は俺の攻撃など受けていないと言うように、俺を殴った。

 彼女の拳が頬を撃つ。

 完全に油断していた俺は、地面を水切るが如く跳ねた。


「なにが……起きたんだ?」


 俺は確かに打撃を加えたはずだ。

 これまでにも、俺の【魔能力】が通じないことはあった。絵本えもとは、常に盾を展開して。素子もとこさんは能力の無効化を用いて。

 だが、阿散あばらさんは違う。

 確かに俺の打撃を受けた。能力もしっかり発動していた。

 それなのに――。


 吹き飛んだ俺を追って阿散あばらさんがゆっくりと歩み寄る。


「おい、どうした? 逃げる時間を作ってやってるんだぞ?」


 ……【魔能力】が通じない相手なのだから、逃げた方が正しい選択なのは分かる。

 でも、彼女の腕の中には素子もとこさんがいる。

 また、傷だらけにされるかも知れないのに、見捨てられない。


 立ち上がる俺に素子もとこさんが叫んだ。


「私のことは、いいの! 阿散あばらは無敵だから、早く逃げるの!」


「……無敵?」


 だから、素子もとこさんは戦うことも、逃げることもせずに従っているのか。

 無敵と言われたことに気をよくした阿散あばらさんが胸を張る。

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