第42話

 『愛日』に作られたものがある理由は酷く簡単だった。

 人々は届いた物資を頼りに生活しているらしい。


「でも、畑とか耕したりしてる人はいたじゃないか!」


「それは、物資が全員に届かないからよ。当然、届いた物資も【貴族】が選ぶ。銀の群衆クラスタがまともなのは、食に興味がない人間が多いことと、この店・・・があるお陰よ」


 アカネが言い切ると同時に、メイドさんが両手に盆を乗せて料理を運んできた。

 俺が頼んだのは唐揚げ。

 分厚い唐揚げが山のように積まれた皿がテーブルに置かれた。


「さ、話はこれくらいにして、食べましょう。ゴチャゴチャ考えたって今すぐに何かが変わるわけじゃないんだから」


「……ですよね」


 俺の思考を止めるかのように、唐揚げから湯気が立ち昇る。揚げたてなのだろうか、衣から油が気泡を立てて弾ける。醤油と生姜、それにニンニクが踊るように香る。


 俺は頂きますと箸を手にすると、迷わず頂きに居座る唐揚げを摘まみ、齧りついた。俺が思い切り口を開けても、一口では食べきれないボリューム。

 肉の油と染み込んだ醤油達が、崩壊したダムのように口のなかになだれ込んでくる。


「う、美味い……」


 俺の時代でもこんな美味い唐揚げは食べたことなかったぞ?

 あまりのうまさに唐揚げを指差し、


「はふ、はふはふはふふ」


 と、アカネに示した。


「なに言ってるか分からないわよ」


「……ごくん」


 俺は唐揚げを飲み込むと改めてアカネに意思を届けた。


「これ、美味いからアカネも食べてみたらどうだ?」


「あのねぇ……。銅次よりも私の方がこの店に詳しいんだから、食べたことあるに決まってるでしょ? でも、一個もーらい!」


 愛想のない顔で、俺の興奮を弾いたかと思うと、瞬時に表情を変えて弾ける笑顔で箸を伸ばした。


「あ――」


 その笑顔はやっぱり、吹楚先輩に似ていた。

 俺は、吹楚先輩と初めて会った時のことを思い出す。俺が中学生に上がったばかりのころ。部活動にも入らず、『愛日』の暖かな日差しを受けて微睡んでいた放課後。

 河原で鞄を枕に眠っていた俺に、


「ここで眠るの気持ちいいよね! 川の音がいい感じ!!」


 満面の笑みで顔を覗き込んだ吹楚先輩。

 初対面なのに数年来の友人に向けるような、人を信頼し、疑いも遠慮もない笑顔。表現するならば、『愛日』の日差しそのものだった。

 吹楚先輩の笑顔が、目の前で唐揚げを頬張るアカネと重なる。


「……ちょっと、何見てるのよ」


 兄貴は吹楚先輩のことをアカネには話してないようだ。

 だから、俺も余計なことは言うまい。兄貴の思いを侮辱することになるから……。


「あんた、失礼なこと考えてるでしょ?」


 複雑な心情が顔に出てたのか。

 アカネが目を細めて睨む。俺はその目に逃げることなく――アカネを誘った本当の理由を切り出した。


「そんなことないよ……。それよりさ、生里のことなんだけど」


 俺がアカネと二人きりになりたかったのは、生里について話したかったからだ。

 生里を殺そうとしたアカネを説得したい。


 公式戦に向けて『特訓』している間、結局は兄貴に任せっきりになってしまっていた。自分の思いは自分で伝えないと届かない。

 そのことを学んだ俺は、アカネにも思いをぶつけようとした。

 いざ、大きく振りかぶり全力で投球しようとしだが――、


「ああ、その件ね。お父さんからこっぴどく怒られたわ。だから、私はもう、誰も殺そうとはしない。倒しはするけどね」


 あっけからんと。

 コップに入った水を飲み干すアカネさん。カランカランと中に入っていた氷が音を立てる。

 殺しはしないけど倒す。

 それは、兄貴が俺を説得した時と同じだった。


「銅次の好きにすればいい」


 兄貴の優しい声は、俺の耳にしっかりと残響している。

 そうか……。

 兄貴がもう、アカネを説得してくれていたのか……。振りかぶったボールを投げる場所を見失った俺は、誤魔化すように唐揚げに箸を伸ばした。


「あ、来た来た! 私の頼んだ餃子!!」


 アカネが頼んだのは餃子30個。

 大きな皿に焦げ目の渦模様。

 これもまた――なんと、美味しそうなことか。俺は再び箸を持ち、餃子に手を伸ばすが、


「なにしてるの!」


 アカネに手を叩かれた。

 へ?


「食べたかったら自分で頼めばいいじゃない。ここは【貴族】は無料なんだからさ」


 アカネはそう言って銀の制服を見せる。

 ……。

 いや、でも、あなた俺の唐揚げ食べましたよね?


「それは、あんたがくれたんでしょ? それが私が上げる理由にはならないじゃない」


 彼女は言いながら、箸で餃子を二つ掴むと、一気に口に入れる。

 ……。


「ま、この時代では多少は欲深くないとね」


 俺は自分の前にある唐揚げを見つめていた。

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