第41話
公式戦を経験してからしばらく経ったある日のこと。
俺はアカネを連れて外に出向いていた。見慣れてきた中世ファンタジー風な街並み。
俺の一歩後ろを文句を言いながらアカネが歩く。
「なんで私が……」
俺は何度も繰り返されるアカネの不満に、仕方ないと足を止めて向き合った。
「まあ、そう言わないでよ。俺が知ってる中でアカネが一番まともなんだからさ」
俺が外に出た理由。
それは、この時代のことを改めて知ろうと思ってのことだった。
俺はこの時代のことを、魔族に支配され、【魔能力】を持つ人間が【貴族】として優遇されていることしか知らない。
人々の生活をしっかりと見てこなかった。『訓練』と称して家と銀の
それだけじゃ、この世界は俺にとって「中世ファンタジー風な世界」のままだ。
「はぁ……。
何故、こんな時ばかり自分を選ぶのだと、大きなため息を吐くアカネ。
「……」
アカネの憂いに満ちた顔を見ると俺は思ってしまう。俺は吹楚先輩のそんな表情すらみたことがなかったなと。俺が知る吹楚先輩はいつでも自信に満ちていて、太陽の笑顔を持っていた。
「なによ?」
「あ、いや……別に」
見つめる俺に顔を近づけて睨む。
こういう表情になると生里が顔を出すんだよな……。俺はアカネから生里を追い出すべく話題を切り替えた。
「その、今の『愛日』に工場とかってあったりするのかな?」
俺はこの時代を探索するにあたり、いくつかの疑問を抽出していた。
例えば、当たり前のように兄貴が俺に出してくれた紅茶やココア。自然な動き過ぎて見逃していたが、考えれば中世ファンタジーに似付かわしくない包装だった。
しかも、その箱には俺の時代にも存在していた会社名がしっかりと記載されていた。
もしかしたら、古いものが残されてるのではとパッケージに記載されている賞味期限を確認したが、何年も先の日付だった。
昨今、保存技術が進化しているとは言っても、50年は流石に持ち過ぎだ。つまりは、この時代で作られた物になる。
「工場? そんなものはこの街にはないわ」
アカネは当たり前でしょと言わんばかりに、鼻を鳴らすと歩き出した。
今度は俺がその背を追う。
「でも、だったらなんで今の時代に作られた食料や、綺麗な衣類があるのさ!」
食料だけじゃない。
俺達、
「もう、分かったわよ。教えればいいんでしょ!?」
堪忍袋の緒が切れたのか、背を向けたまま声を挙げた。拳を握り背中を揺らすアカネの起こり方は、子供のようで可愛らしかった。
教えると言ったアカネは、大きな歩幅で歩きだすと脇にある建物の中に消えていった。
建物の外観は立ち並ぶ他の建築物と変わりはないが、扉の真上、窓と窓に挟まれた場所に巨大な看板が掲げられていた。
書かれている文字は『食事処』。
「この時代にも、ご飯屋さんがあるんだ……」
欲しいものは力で手に入れる時代で、食事屋なんてやっていけるのだろうか?
そんな心配を抱えながら俺は中に入る。
内装はさほど広いわけではなく、地元にある定食屋のようだ。値段も安く量も多いフレンドリーな定食屋。この時代にも残っているのかな?
俺は50年前の味を思い出しながら、アカネの前に腰を下ろした。
「銀の管轄は食事屋が経営できるほど安定してたんだ」
「まあね。ここのオーナーが【魔能力】を持っているからね」
この店は【魔能力】を持つ【貴族】が経営しており、利益よりも人に美味しい物を食べて欲しいと願う人間が立ち上げたのだとアカネ。
この店のウェイトレスだろうか。
黒い制服――というより、メイド服に身を包んだ少女が俺達に注文を取りに来た。アカネは慣れた口調でメニューを注文する。
どうやら、壁に並べられた木札に描いてあるのがメニューらしい。俺の知らない料理名も多くあったが、『唐揚げ』の札を見つけた俺は、迷わず食いついた。
俺は唐揚げが好物なのだ。
注文を終え、メイドさんが奥へ消えていく。
料理が来るのを待つ間、俺は改めて疑問をアカネに投げかけた。この時代に、なぜ加工された食料などがあるのかと。
「考えれば分かるでしょ? 外から持ち込んでるからに決まってるじゃない」
「外から――?」
俺は初めてこの時代に来た時。
アカネと共に『愛日』の境界へ向かった。言われてみれば、その時みえた隣接する街は俺の時代と変わっていない。
普通の世界だった。
非常事態なのはこの街――『愛日』だけで、他の地域は時相応に暮らしているのだとアカネは言った。
「でも、じゃあ――なんで国はこの街を助けないんだ?」
「なんでって、【魔能力】を与える魔族と戦争したところで、結果は見えてるからよ」
「そんな……」
「まあ、街一つで他が平和になるなら、そうした方がいいに決まってるわよ。その代わり外から物資が毎週届いて私たちが生きていける。それでいいのよ」
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