第37話
俺を敵と認識した
対峙することで分かる『個』を認識しない人間の恐怖。誰であろうと殺すという意思が彼女にはあった。
「……」
ビビるな、相手の動きを注視しろ。
あの時――
だが、一撃で人を粉々にしたことは事実。
それだけは間違いない。
ならば、力でゴリ押しする【魔能力】だろうと俺は予想する。
「なら!」
先手必勝と時を加速させる。
どれだけ一撃が重くとも、この状態になれば当たらない。それこそ、『PK戦』のように動きを制限されない限りは――。
「なっ!?」
加速した状態で
だが、俺のシュミレーションは意味をなさなかった。なぜなら、
地面を滑るように攻撃を回避すると――優雅に、高貴に、美しく宙を舞う。
それはまるで――フィギアスケートのようだ。
地面との摩擦を感じさせない移動方法。
彼女の足元を見るとエッジの付いた光る靴を履いていた。
これが、素子さんの【魔能力】。
「でも、なんで!?」
何故、加速した時の中で動けるのか。俺は視界の隅に浮かぶ貯蓄時間に目を見やる。カウントは減っている。つまり、俺の【魔能力】は確実に発動している証である。
ならば、何故――?
考える俺の前を一枚の葉が舞った。風に揺られ右に左に空を漕ぐ。流れに身を任せ、自由に動いていた。
「俺の加速が発動してない?」
いや、違う。
カウントダウンをしているということは、能力自体は発動している。ただ、効果が影響を及ぼしていないのだ。
その場で足を止めた俺に対し、
ブレることのない美しい跳躍。
美しさに動きさえも奪われた俺の前で、
ツー、と。足場の悪い森の中を滑走し、動きを止める。
「……ここで攻撃をしてこないということは、銅次は周囲に影響を及ぼす【魔能力】なの」
動きを止めた
「周囲に影響を及ぼす……」
時間加速は俺自身の時間を加速させて高速での移動を可能にする能力。言うなれば周囲と時間のズレを引き起こす力。決して、俺自身の身体能力が向上している訳ではない。
時間を操った結果が、『高速』なのだ。
「だとしたら、銅次に勝ち目はないの。私が
「……そんなことが」
つまり、素子さんが滑っている間は、俺の時間貯蓄は発動しない。
まさか、身内に俺の天敵に近い能力を持つ人が居たとは。
俺の【魔能力】を警戒してだろう。
「でも、だったら――その滑走を止めればいい!」
俺は地面を滑走して動き回る
「今だ!!」
俺は俺が勢いよく地面を蹴ると、一直線に素子さんを目指す。少しでも妨害すれば【魔能力】は発動できるはず。
だが、俺の手は空を切った。
俺を飛び越えるようにして跳躍をしてみせたのだ。
「それじゃ、捕まらないの」
素子さんが地面に舞い降りる。一拍遅れてスカートがふわりと落ちた。
駄目か――。
滑走のスピードは俺よりも僅かに速いだけ。移動の軌道も読めなくはない。だが、その僅かな速度の差によって、彼女は攻撃を躱せるのだ。
【魔能力】がなければ――
それを
「銅次じゃ、私には勝てないの」
両手をゆっくりと合わせ、蕾が花開くように手を開いた。それはどことなく太極拳の動きに似ているが、まさか、『気』を飛ばそうとしているのか?
彼女の手から放たれるであろう『何か』を警戒するが――。
「……がッ!」
俺は油断はしていなかった。
それなのに――。
俺は左手を見る。小指が身体の外に向けて直角に近い角度で曲がっていた。骨が折れている。
「銅次の指を一本折ったの。もし、まだ戦うなら容赦はしないの」
左手から鈍い痛みが走る。だが、指の一本だけだからか、耐えられない痛みではない。俺は耐えながらも
「眼には見えない、『何か』を飛ばしたんだろうな」
つまり、
・滑走中の能力無効化
・見えない攻撃の放出
だろう。
全く、別の効果を持っている
「有り得るも何も、実際に起こってるんだろうが!」
俺は現実を受け入れぬ俺自身を叱る。
今考えるべきはどうやって、その力を攻略するかだ。
……こんな人が味方にいてくれたら心強いんだろうなぁ。改めてそう実感するが、今は味方でも敵でもない。
俺が止めたい人だ。
その人は滑走を続けながら俺に降参を進める。
「次は本気でやるの……。ポイントを集めてくれるなら、今なら許してあげるの」
「悪いけど、指の一本で止まる気はないですよ」
「そう……なの」
再び地面を蹴って
俺は兄貴みたいに賢くない。
トライ&エラーを繰り返して解決の糸口を見つけるしか出来ないんだ。
俺の二度目の特攻を
この技はスポーツに疎い俺でも知っている有名な技術だった。
「優れた技は50年後にも残ってるってことかよ!」
俺の腕を技で躱した
俺は攻撃を防ぐべく、背を向けて近くにあった木の裏へ隠れる。その幹は俺が両手で抱えきれないほど太い。盾になってくれるだろう。
しかし、俺が盾になると期待した樹木は一切の役に立たなかった。
ボキリと。
簡単な音と共に、今度は左手の人差し指が折れた。
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