第35話
「……お前、何者だ」
「はい?」
俺の質問にわざとらしく首を前に出す男。俺は怒りを鎮めるように一度呼吸を整える。ゆっくりと、確実に聞こえる音量で再び問いをぶつけた。
「なんで、お前は銀の
「あー、そうだな。そりゃ、疑問に思って当然か」
木々に状態を縛られているにも関わらずに、余裕を持って笑う。狐が人を化かして喜んでいるかの印象を抱く。全てが嘘くさい。
そんな男は、やはり演技がかった声で自らを紹介する。
「俺の正体を教えてやるよ。俺の名前は、
「スパイ……だと?」
「そ、もっと分かりやすく言えば、俺はイムさんから【魔能力】を貰ってんだ。だから、ほら、拘束解いてくれないかな。俺、ポイントを集める気ないからさ」
つまり、目の前にいる男――
「……そんな話、信じられない」
一から十まで信じられない内容だった。
疑いの色を強くした俺の瞳に気付いたのだろう。
「ま、信じろって方が無理だわな」
悠々と笑って見せる。
この余裕もまた不気味だった。疑わしきは罰しろではないが、この男はこのまま拘束しておいた方がいいだろう。
「俺を信じさせたかったら、この試合の間ずっとそうしててくれ」
「あー、やっぱり、そうなっちゃう? じゃ、あんまり使いたくないんだけど、自分で解放するとしますか」
なら、もう一度――!
俺は時間を加速させて鸞にダメージを再び与えようとする。あれで動けるならもっと、瀕死に近いダメージを!!
「……なっ!!」
だが、俺は鸞を殴ることができなかった。時間の流れが違うはずの鸞が、俺と同じ速度で動き出したのだ。
「馬鹿な!! なんで動けるんだ!?」
俺の能力は正常に発動している。その証拠に視界の隅で動く数字はどんどん減っていく。能力を解除し、驚きの視線を鸞に向ける。
「あ、あんた、やっぱり加速の能力持ってたんだ。でも、残念だったなぁ~。俺も似たようなこと出来んだよ。払う代償はデカいけどな」
「……」
「なんで俺は好きにさせて貰うぜ。ここでした話は秘密で頼むよ。銀の
ひらひらと手を振り去ろうとする。
駄目だ。
行かせちゃ、駄目なんだ。
「うわああ!」
加速して鸞の背に飛び掛かる。
背に抱き着くようにして、鸞を止める。ここで行かせたらこの男が人を殺すかもしれないんだ。俺が止めなきゃ――。
「自分、男に抱き着かれてもなんとも思わないんで」
右手を背に回すと、片手で俺を引きはがす。俺も力を込めて対応するが、圧倒的な腕力の差がそこにはあった。
鸞は加速が能力ではないのか?
俺の首を掴んだ鸞は、手を放すと俺の腹部に蹴りを入れた。
筋肉が凹み内臓が圧迫され、肺に含まれた空気が逃げ場を求めて口へ昇る。
「がはっ」
俺の意に反して漏れる呼吸。
倒れた俺に視線を合わせるように鸞はしゃがんだ。その仕草はかつての生里を見ているようだ。自分の力を信じてやまないチンピラだ。
俺は苦しみに悶えながらもにらむ。
ここで行かせたらこいつは人を――。
「人は殺させない」
俺の言葉に男は驚きの表情を浮かべると、
「たく、素直に行かせてくれりゃいいのによ」
鸞はヘラヘラ笑った。
俺に近付くと、ポンと頭に手を置く。
すると、苦しみと痛みが癒えていく。
「な、なにをした?」
「さーな。ま、精々頑張んなよ。俺は俺で好きにやらして貰うからさ。あ、でも今回だけは人は殺さないから安心してよ」
身体を独特なリズムで揺らしながら歩く。
俺はその背に声を掛ける。
「お前は、お前は一体、何が目的なんだ!」
「『女神』の復活」
俺の問いに首を捻り笑う。鸞の表情は本音も嘘も全てが笑顔で隠されているのか。
「女神の……復活? どういうことだ、それは!」
「……じゃーなー」
鸞は背中越しに手を振ると森の中に消えていった。
背中越しでも胡散臭さの分かる人間に――俺は初めて会った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます