第34話

 それと同時に闘技場に立っていた筈の俺は、気付けば森の中にいた。瞬く間に違う場所へ移動させられたのか。


「……」


 木々が鬱蒼と生い茂る。

 こんな場所では絵本えもと素子もとこさんと合流するのは難しいか。


絵本えもとの持つ絵本の中に、人を探知する内容があればいいんだけど……」


 時間を貯蓄して利用する俺とは違って、絵本えもとの能力は幅広い。世の中にはそんな絵本えほんを描いている人もいるだろうと信じて、森の中を歩いていく。

 思えば、この時代に来て自然と触れ合うのは始めてか。


「……『ハント戦』とかしないで、皆でピクニックとかにすればいいのに」


 そんなことを呟いていると、ガサリと正面で草木が揺れた。


「……」


 俺は足を止めて俺の身体よりも太い幹を持つ木の裏に隠れた。

 音の正体は可能性としては4つか。

 銀の群衆クラスタである絵本えもと、もしくは素子さん。

 敵である赤の群衆クラスタ

 標的である人々。

 そして――。


「森に住む獣か」


 最後の獣が一番、迷惑だな。


「かと言って、敵である赤に会うのも御免なんだけど」


 仲間であると非常に嬉しいのだが、俺の人生はそう上手くいかないらしい。

 正面の足音が近付いてくる。

 俺は様子を見るべく身を屈め、草木の中に隠れた。

 俺が隠れてから、すぐに足音の主が姿を見せた。現れたのは赤い制服の下から覗く花柄のシャツが特徴的な男。

 身長は高めで狐のような細い目が特徴的だ。

 胡散臭い。

 それが男を見た第一印象だ。


「さて、どうすればいい?」


 俺は身を隠しながら次に取るべき行動を思考する。

 このまま隠れてやり過ごすべきか、それとも姿を見せて戦うべきか。


「……いや、答えは決まってる」


 俺は意を決して男に向けて姿を見せた。

 もし、ここで俺がこの男を見逃せば、ポイントのために人が犠牲になるかもしれない。

 だから、このゲームで俺がすべき行為は敵を行動不能にしていくこと。


 話で解決できればそれが一番だが――そんなには甘くないだろうな。

 味方ですら無理なんだから。


「おっと、早速敵さんのお出ましか。自分、ツイてるねぇ」


 細い目を湾曲させて、おれと出会えたことを喜ぶ。

 ……喜んでいるところ悪いけど、一瞬で終わらせてもらう。


 俺は加速を発動する。

 この一週間で俺が貯蓄した時間は十七時間。過去最高の貯蓄時間残だ。これだけあれば、赤の群衆クラスタ、五人と戦えるはず。

 俺以外の動きが遅くなる。

 正確には俺の時間だけが早くなっているのだが。


「悪いけど、ちょっとだけ耐えてくれ」


 俺は動きが止まった男の腹部を蹴り飛ばす。腹部の肉が僅かに沈み、俺の足の形へ変化する。防御に特化していない限り、【魔能力】を持つ者同士、打撃は有効だ。


 動きを抑制するためにダメージを与えた俺は、近くにあったツタで男の身体に巻き付ける。

 俺が与えたダメージと蔦による拘束。これで身動き取れないといいんだけど……。


 俺は加速した時間を解除する。


「……っが!! な、なんだ、これは……!!」


 一瞬のうちに身体を痛みが襲い、拘束されたことに驚く男。


「悪いけど、公式戦が終わるまでそうしてて」


 敵を捕えた俺は、その場を後にしようとする。

 だが、次に男が発した言葉に思わず動きを止めてしまう。


「あー、あんたが生里を倒した男なんだ。……あいつの能力、自分知ってるんで、教えてやってもいいぜ?」


「なっ!」


 男は動きを止めた俺にニヤリと笑った。


「あんたも知ってんだろ? 生里は一度、負けた相手には二度と負けない。あいつはよ、自分を倒した人間を、そりゃ、酷い目に合わせて殺すんだ。そうならないためにも、今のうちに能力知っといた方がいいんじゃないのか?」


「……俺は別に構わないさ」


「あんたはな。でも、一緒に倒した女の子はどうだ?」


「……っ!!」


 そうだ。

 生里を倒したのは俺一人の力ではない。アカネも一緒に倒したのだ。だから、生里の復讐の相手には当然、アカネも含まれる。

 今、俺がこうしている間にもアカネに危険があるかもしれない。

 俺の焦りを感じ取ったのか、


「あ、でも、安心しなよ。今は生里も怪我して動けないからさ。本当は今回もあいつ出ようとしたんだけど、無理だって判断されたんだよ」

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