第28話

「ここで、攻守交代だぁ!」


 天から声が響くと、俺を閉じ込めていた結界が解除された。ゴールの外に出て振り返る。よく俺はこんな狭い場所で、あれだけデカい槌から生き延びられたモノだ。

 自分を自分で褒めてやりたい。

 そんな浮かれた俺と対照的に、先行を選んだ碓氷さんはその場で「……そんな」と、崩れ落ちていた。


「嫌だ! 私は入りたいたくない!」


 彼女は仲間たちに助けを求めるように、顔を向ける。そんな彼女を仲間たちは手を叩いて笑う。

 誰も自分を助けない。

 そのことを理解した碓氷さんは、唐突に立ち上がり闘技場から逃げようとする。だが、


「逃げるのはルール違反だぜぇ!!」


 この状況を見張っているのか。

 天の声が叫ぶと同時に、碓氷さんが壊れたロボットのような不自然さでゴールへ歩き始める。

 自分の足で歩いているのに彼女の目には涙が浮かぶ。

 どうやら、身体を操られているようだ。


「嫌だ……。私の槌を壊す男の攻撃なんて……受けたくない」


 涙を啜る声と共に、碓氷さんがゴールの中に入る。

 その表情は氷よりも白く血の気が引いていた。寒いわけじゃないだろうが――ガタガタと身体を震わせる。


 一度でも中に入ったら外には出られない。俺と同じく結界がラインから伸びる。攻撃を受けるまで出られぬゴールの中。

 碓氷さんは頭から項垂れる。


 絶望に満ちた彼女を見て、黒の群衆クラスタから発せられる笑い声が大きくなる。仲の良い部活動のようだと俺は思ったけど間違っていた。彼らは仲間意識なんてない。

 楽しければそれでいいんだ。


 その光景を見て俺は天に向かって「タイム」と声を張り上げた。


「……ねえ。ちょっと仲間と相談したいんだけど時間貰ってもいいかな?」


「構わないが時間は三分間だ。きっちり、殺すための策を練ってくれよな!」


 天の声の承諾を受けて俺はゴール前から移動した。絵本えもと素子もとこさんが相手からの攻撃を凌いだ俺を歓迎する。


「やっぱり、君の【魔能力】ならば、凌げると思っていたよ。私の目に狂いは無かった」


「うん。最初から馬鹿だとは思ってたけど、まさか……自分から、先行を相手に譲るとは思ってなかったの。でも、自信があったんだ……。ちょっとだけ、見直したの」


「……」


 いや、あんたたちはルールを知った上で俺を売ったんでしょう。そして、素子もとこさんは一目見た時から俺を馬鹿だと思っていたのか……。

 不満が次々に頭に浮かび上がるが、今はそんなことはどうでもいい。

 不自然に俺の株を上げる二人に俺はルールの確認をする。


「なあ、『PK戦』ってのは、ボールを蹴り合う競技じゃないんだよな?」


「えっと。うん、そうなの。『PK戦』は、プレイヤーキルの略。回避するスペースもない場所で、互いの一撃必殺を受け合う競技なの」


『PK戦』は俺が思い描いた球技ではなく――殺伐とした命の奪い合いだった。

 既に分かってはいたけど、改めて知ると気分が悪くなる。

 回避不能な領域で、交互に攻撃を繰り返す。先行が有利なのは間違いない。だから、碓氷さんは先行であることをあんなにも喜んでいたのか。


「うん……。先攻後攻で揉め合うこともあるの。それを見て、魔族かれらは楽しんだりしているんだ」


「……」


 競技前の揉め事すらも自分たちを楽しませるための余興。だから、公平差を無視したこんな勝負にもならないゲームを思い付くのか。

 だから、きっと、俺が思ってるほど甘くないよな……。

 俺は分かり切ってる答えを素子もとこさんに聞く。


「……因みにだけど、もし、ここで俺が碓氷さんを倒せなかったらどうなる?」


「もう一度、攻守交替するの。『PK戦』は、どっちかが動けなくなるまで繰り返される……基本は一撃で決まるからそんな状況にはならないんだけど」


「だよね」


 なら……仕方ないか。

 俺はルールを教えてくれた素子もとこさんに頭を下げると、勝負の場に戻ろうとする。わざとらしく大きく伸びをした俺を絵本えもとが呼び止めた。


「まさか――負けようだなんて思ってないよね?」


「……」


 絵本えもとは、ズバリと俺の考えていたことを口にした。考えを言い当てられた俺は上手な言い訳を思い付かず、ただ、黙ることしかできなかった。

 俺は自分の攻撃を放棄しようとしていたのだから。

 無言の俺に絵本えもとが詰め寄る。


「確かに勝敗は私たちにはどうでもいいことだ。しかし、負けると云うことがどういうことか――君でも分かるだろ?」


 どちらかが動けなくなるまで続く勝負。

 つまり、俺はもう一度、あの氷で出来た槌を受けなければならないということだ。

 逃げ場のないあのゴールの中で。

 例え防御したところで一撃必殺の巨大な槌を受けたらただでは済まない。下手したら生き残ることさえ難しいだろう。

 でも、俺が負けることでしか勝敗が付かないのであれば仕方がない。


「大丈夫……。なんとか生き残ってみせるさ」


「根拠のない自信だけで、私を説得しようだなんて不可能だよ」


 ぐっと足を踏み出すが俺の身体が動かない。

 どうやら、透明な触手を使って俺を抑えているようだ。


絵本えもと、退いてくれないか? これは俺の勝負だ。譲ってくれたのはお前達だろ?」


「……違う。これは銀の群衆クラスタと黒の群衆クラスタの勝負だ。だから、途中でメンバーを変えることも認められている。ですよね、鍛炭かすみさん」


 絵本えもとは途中でのメンバーチェンジが可能だと素子もとこさんに確認する。


「……うん、それは問題ないの。でも、一番、気持ちのいい攻撃で変わる人間は――見たことがないの」


 動けぬ相手を全力で踏みつぶす機会は中々ない。そのチャンスを手放す人間はこの時代、どの群衆クラスタにもいなかったようだ。


「だから、君は下がっていてくれ。ここは私がやる」


「……駄目だ」


「なんでだ? 君には対戦相手を戦闘不能には出来ないだろう?」


 絵本えもとは俺が人を殺せぬことを知っている。

 そして、甘さが残ればこの勝負で死ぬのは俺。


「分かってるけど、俺がそうしたいんだよ」


「君は甘い……。そんな甘さじゃこの時代じゃ生き残れないよ!」


 見えない触手に込められた力が強くなる。俺のことを心配してくれているのは嬉しいが、俺が怪我する方がマシなんだよ。

 大丈夫。

 俺は死なない。

 自分の身は自分で守るから。

 絵本に、そう告げようとした時。


 パン


 背後から可愛らしい音が響いた。

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