第27話
俺は自身が守るべきゴールの中に入った。
大きさは俺が知るサッカーゴールと同じ位だ。
普通の身体能力では広く感じるであろうゴールも、今の俺には狭く感じる。そりゃそうか。今の俺は、二階建ての家くらいなら、易々飛び越える脚力を持っているのだから。
「強化された身体能力と時間貯蓄があれば大丈夫だ」
ボールが俺の背にあるネットを揺らすことはないだろう。
ゴールラインの内側に俺が立つと、「ブゥン」と足元の白線に沿うように透明な壁が現れた。それは、『愛日』と隣接する町を分断する結界によく似ていた。
「え……?」
なんで結界が張られているのだろう。
試しに指先で触れると焼けるような痛みが皮膚を襲う。これもまた――結界と同じだった。どうやら、俺はゴールの中から外に出られないらしい。
「でも、一体、何のために……?」
疑問に思っている俺に、碓氷さんが一定の距離を取り手を上げて宣言した。
「じゃあ、行くよ~!!」
準備できたようだが、彼女の足元にボールはない。
そのことを碓氷さんに教えて上げた。
「ふん? 何言ってるの? 『PK戦』はボールなんて使わないよ。使うのは――【魔能力】」
彼女はそう言うと、氷で巨大な槌を創り上げる。サッカーゴールよりも大きな槌を軽々と持ち上げた碓氷さん。
ホームランバッターが如く足を前に踏み出し、腰を捻る。
躊躇いなく振られた巨大な槌はすさまじい風切り音と共に俺に迫る。
「は……、え、ちょっと!!」
何をしているんだ!
ボールを使わないって、そんな馬鹿なことがあってたまるか!
「と、とにかく一度、時間を加速させよう!」
考えるにしても時間は必要だ。俺が時間加速の能力を使うと槌の動きがスローになる。これで考える時間が稼げるはず……。
混乱する俺の視界に仲間たちの姿が移った。
「くそ! こんなことなら、ちゃんとルール聞けば良かった!」
俺はゲームの説明書は読まない派だったんだけど、今度からは絶対読んでからプレイすることを誓った。
「結界さえなければ、攻撃を躱すことなんて簡単なのに!!」
そこでようやく結界の意味を理解した。
キーパーは、この定められた範囲で相手の攻撃を防がなければいけないのだ。そして、ルールをちゃんと把握していた碓氷さんの槌はゴールよりも巨大だ。
「つまり、不可避ってことだ」
俺が生き残るためにはこの槌を破壊するしかない。
腕に力を込めて思い切り氷を殴るが――、
「か、固ぇ……!」
ビクともしなかった。逆に俺の拳が痛いくらいだ。
氷の密度を余程高めているのだろう。
「どうすればいい……考えろ!」
俺を急かすように視界の隅に浮かぶ数字は動き続ける。
残された貯蓄時間は約九時間。
時間加速は一時間で約一分間。
「タイムリミットまで後九分ってことか」
九分以内に氷の槌を破壊することが出来なければ――俺の負けが確定する。
「落ち着け。こういう時こそ自分に何が可能なのか整理するんだ」
時間貯蓄で出来ることは大きく分けて三つ。
一つ。
時間を貯蓄すること。
現在の時刻は三時。ここから、一時間の貯蓄をすると瞬く間に時計は四時を指す。簡単に言えば俺の意識は一時間後に飛ぶのだ。もっとも、時間を飛ぶのは意識だけ。
身体はそのまま残るため、俺はその間、意識を失うことになる。
「こんな状況で意識を手放したら、俺はもう二度と目覚められないな」
もとより、時間貯蓄は後述する二つの能力を扱うためにある。基本的には戦闘で使えないことは
だから、貯蓄は却下。
となると――。
「時間加速か時間戻しか」
時間加速は今、俺がしているように自分の時間を加速させて、周囲と流れの違う時を過ごす。
「もうすでに使ってるから意味はない……。となると、使えるのは時間戻しか」
時間戻しはその名の通り、時間を戻すこと。
だが、今のところ戻せるのは時間だけ。
人の動きまでは戻せたことがなかった。だからこそ、時間戻しでやれることは二度寝くらいのものだ。
「……使えねぇ」
全ての可能性を考慮したところ、この状況から脱出できる方法を導き出せなかった。
「くそ。特訓の意味、ないじゃんかよ!」
あんなに地獄を味わったのに、なんの役にも立たないなんて……。
確かに冷静になって考えれば、漫画を読んで、イムさんの感想を聞いてただけ。強くなれる訳がない。
「何が能力の意外な使い方だよ……」
こんなことなら、普通に自分に出来ることを広げた方が良かった。あの胡散臭い仮面を付けたイムさんの話をもう二度と聞いてたまるか。
俺がイムさんの話で覚えてるのなんて、最初に読んだ漫画の感想だけだ。後半は心を殺して聞き流してたから、何一つ覚えてないよ。
「……うん?」
そう言えば、俺が読んでいた漫画に似たような展開がなかっただろうか?
身動きの取れぬヒロインに巨大な岩石が落ちる。
腕力のない主人公では岩石を止められない。
だから、手数で破壊したシーンが――あった気がする。
「まさか……」
こうなることをイムさんは予見して、最初に語ったのか?
分からないが試してみる価値はある。
「一か八かやってやろうじゃんかよ!」
俺はひたすら槌を殴り続ける。
強化されたはずの身体能力でも、やはり、氷は冷たく固い。心が折れそうになるが、手を止めずに殴り続ける。
「うおおおおお!!」
最初はビクともしなかった氷がミシミシと音を立ててヒビが走る。
その亀裂は俺にとっては希望の光明に見えた。
自然と振るう拳に力が入る。
もう少し、もう少しで――。
バリィン。
念願の音が耳の奥に心地よく響いた。
氷の結晶が宙へ舞い、祝福するかのように光を反射する。遅くなった時間の中で散る氷は美しかった。貯蓄していた時間が切れると同時に、一気に重力に従って落ちる。
「なっ!!」
突如として軽くなった槌。
勢いあまって碓氷さんが倒れた。
地面に顔から転んだ碓氷さんは、勢いよく立ち上がり無傷の俺を信じられないモノを見ているかのように、目を丸くして震える。
「馬鹿な……。私の氷を砕いたの!?」
「まあね。凄く大変だったけど」
もう二度とやりたくない。
沢山動いたからか、身体が凄い熱を帯びている。
「……こんな時は冷たい物が欲しいよね」
俺は地面に落ちた氷を広い、頬に付ける。
氷はひんやりとして気持ちが良かった。
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