第14話

「……赤の群衆クラスタ?」


 いや、ただ立っているわけじゃない。彼らの手には地面に座り込む女性たちが握られていた。拒絶する女性を引きずるようにして歩く二人。年齢は俺と同じ位で中学生か高校生くらいか。


「……人攫いね」


 アカネも一階へ降りてきたのか。俺と同じように本屋の中から外を覗くと、「ボソリ」と呟いた。


「人攫い?」


「そ。好みの相手を力付くで攫って、煮るなり焼くなり好きにするのよ」


「そんなこと――」


 犯罪ではないか。

 しかし、この場でそう感じているのは俺だけだった。アカネも絵本えもとさんも、それは当然だと言わんばかりに話を続ける。


「どんな方法だろうと、子を作ることは魔族によって推奨されてるからね。強い人間は管轄を無視して人を物色するのよ」


 尚も聞こえる悲鳴から逃げるようにアカネは奥に消えていった。自分もそうやって生まれたのだから、見たくないのだろう。


「俺は……!」


 女性たちの悲鳴は拒絶の叫びだ。恐怖で死んだ方がマシだと泣いている。そんな人を無視できるほど、俺はまだこの時代になじんでいなかった。

 俺は女性たちを助けるべく、外に出ようとするが――、


「何をする気だい?」


 ガシっと、力強く絵本えもとさんに腕を掴まれた。

 力を込めて抵抗するが、絵本えもとさんの意思もまた――強かった。


「何って、あの人達を助けるんですよ!」


 大きなため息と共に、絵本えもとさんは俺に顔を近付けた。睫毛の先が触れそうになる。


「君は彼女の話を聞いていなかったのかい? この世界では普通のことだよ。むしろ彼らの邪魔をして、赤の群衆クラスタに目を付けられる方が危険だ」


「目の前で困ってる人がいるのに、自分に降りかかるかも知れない可能性の方が大事なんですか!?」


 俺の言葉に絵本えもとさんは一切の躊躇いも迷いもなく答えた。


「当たり前だ」


「……」


「大体、君に助ける義務はないだろう? それとも彼女たちは知り合いなのかい?」


 この時代に来たばかりの俺にとって、知り合いは兄である銀壱くらいだ。赤の群衆クラスタに絡まれている女性たちとは、道端ですれ違ったこともない。

 けど――。


「あの人達は知らないけど、俺でも知ってることがある」


 挑むことをやめて、負けた未来がどうなるのか。この時代で良く分かった。兄貴の彼女だった吹楚先輩は――もうこの世にはいないんだから。


「だから、困ってる人がいたら助けたい」


 絵本えもとさんの腕を振りほどき、真っ直ぐに目を向ける。


「ま、兄貴や吹楚先輩だったら、助けるのに理由なんていらないっていうんだろうけどさ」


 俺はそこまで崇高な人間にはなれないんだけど。

 そう言って笑う俺の顔を絵本えもとさんが挟む。俺の顔を片手で掴めるほど手は大きい。


「……助けるのに理由がいらないと言うのなら、加虐するのに理由を持たない人間もいるんだよ!!」


 善だけが特別ではないのだと――絵本えもとさんは言った。





 綺麗な顔からは想像もできない憎悪が俺に向けられていた。まるで、人間の本質は性悪説だと決めているような表情だった。


「お前がどうしても助けに行くっていうなら、私は本気でお前を止める」


 絵本えもとさんから感じる圧。

 でも、ここで戦っていたら彼女たちを助けられない。


「あー、もう! だったら、バレないように助ければいいんだろうが!」


 俺は叫ぶと同時に【魔能力】を発動する。

 貯蓄された時間は一時間。

 数字が物凄い勢いでカウントダウンされていく。時間を戻すときに倍の時間が必要になるのと同じように、加速させる時もまた、何倍もの時間が必要になるようだった。


 数字の減り具合から見ると、一時間で加速できる時間はおよそ一分間。


「なんて燃費の悪い能力だよ!」


 それでも一分あれば充分だ。

 俺は動きが遅くなった絵本えもとさんの腕を払いのけ、ビルの外へ駆ける。そして、女性たちを抱えた赤の群衆クラスタの腹部を全力で殴る。

 吹き飛んだ男達から、女性を奪うように抱える。


「よし!」


 後はビルへ戻ればいい。俺は全力でビルへ戻り女性たちの口を手で押さえた。本に囲まれた店内へ戻ると同時に視界のカウントがゼロになる。


「んー!」「んー!」


 女性たちのくぐもった声が店内に響く。

 大丈夫。

 きっと外には聞こえていない筈だ。


「落ち着いて。俺はあなた達を助けたいんです!」


 何が起きたのか理解できなかったのか、きょとんとした表情で俺を見る。害がないことが伝わったのか静かにしてくれた。


「あ、ありがとうございます!!」


 女性たちは目を潤ませながら、何度も、何度も俺に頭を下げた。「まさか、助けてくれる人がいるなんて」と、膝を折って震える。


「礼には及びませんよ。一先ず、上の階で隠れててください」


 ……まさか、自分が生きている中で「礼には及ばない」なんて、実際に口にすることがあるとは。次は「名乗るほどの者ではない」と言える日も近いかな。


 信じられないというていで俺を見ていた絵本えもとさんに俺は笑った。


「ほら、こうすれば赤の群衆クラスタにもバレずに助け出せるでしょ?」


「君は……どこまで馬鹿なんだ」


 俺の笑顔に絵本えもとさんは頭を抱えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る