第9話
「アカネちゃんが、ここに来るのは珍しいじゃない。なんて、他のメンバーも来ること自体が珍しいんだけどね」
飄々と笑う男は魔族には見えなかった。魔と着くだけあり、俺は悪魔のような恐ろしい形相を予想していたのだけど、なんだか拍子抜けだ。
俺が場違いにもそんなことを考えていると――。
「バン!」
イムが俺を目掛けて指でピストルを作った。
その動作に合わせるように俺の身体が吹き飛んだ。衝撃で階段を転がり落ちる俺。だが、いつの間に移動したのか、落下した先にイムがいた。
俺の頭を掴み、俺と身体を入れ替えるようにして捻った。
ドンッ。
壁が背に打ち付けられる。
「なんか君、失礼なこと考えてなかった? 魔族を前に舐めた態度を取ったらどうなるのか――知らないのかい?」
仮面の奥の瞳が剣呑に光る。
首を抑えた手に力が込められる。
「全く。アカネちゃんが連れてきた人間じゃなかったら、容赦なく殺してるところだよ」
手を放したイムが階段を気だるげに昇る。
階段を昇りきったイムは、振り向き笑う。
「なんて、結局殺すんだけどね」
指をピストルに見立てたイムが、再び「バン」と引き金を口にした。
俺を殺すための弾丸。
嫌だ、俺は死にたくない。
この世界を変えるためにここに来たんだ。
そう決意した瞬間――空間が歪んだ。
否。
全ての動きが遅くなった。まるで映像を低速再生しているようだ。
「……あれ? 動きが遅い?」
イムが放ったであろう弾丸がゆっくりと空中に浮く。
どうやらイムは弾を実際に作り放っていたらしい。
これもまた――魔族の力なのか?
「また、数字が減っている」
視界に浮かぶ数字が物凄い速さで減っていく。
「どうなってるか分からないけど、数が『0』になる前に逃げないと」
理屈が分からないが動きが遅くなっている。ならば、この隙に逃げないと――。
イムに背を向けた俺は、ふと、足を止めた。
50年前。
生里から逃げて未来はどうなった?
兄貴は傷付き、吹楚先輩は死んだ。
もしも、俺があそこで反抗してたら――未来は変わったんじゃないか?
俺は全てが遅くなった世界で、「うわああああ!」と雄たけびを上げる。
階段を駆けあがり、イムの頬に向けて拳を振るった。
拳がイムに当たると同時に、数字のカウントも停止して、世界が動き出した。
「……っ!」
拳を受けたイムが数歩、後ろによろけた。
殴られた頬を抑えて笑う。
「へぇ。僕の一撃を躱すだけじゃなくて、攻撃までするなんて――。覚悟は出来てるんだよねぇ?」
仮面で隠し切れない笑み。
イムの姿が消えると、俺の背後で声が聞こえた。一瞬で背を取られたのか。俺が振り向くよりも先に、頭に手が置かれ――。
「ようこそ、銀の
ポンポン。
俺は頭を撫でられた。
一瞬、死を覚悟した俺はポカンと口を開ける。
そんな俺にアカネが嬉しそうに駆け寄り、手を取った。
「あんた、凄いじゃないの! 初対面で
掴んだ手を上下に振り感激に悶えるアカネ。
「因みにだけど、最初の一撃は僕の力を君に与えたんだよ。でも、まさか、こんな短時間で【魔能力】を発動させられるなんて――本当、凄い才能だよ。ほら、これに触ってみなよ」
未だに理解できない当事者の俺に、イムが一枚の紙を投げ渡した。紙というか巻物のようだ。俺が恐る恐る手を触れて開くと、文字が浮かび上がってきた。
「【時間貯蓄】……? 貯蓄した時間を加速、減速、停止させる力を持つ?」
読み上げた俺にイムが手を叩いて喜ぶ。
「へぇ。時間系の能力なんだ。珍しいじゃん。それが君の能力だよ。はっはっは。それなら僕の一撃を躱したのも納得だ」
イムとアカネの嬉しそうな笑みがフロアに響く。
「【時間貯蓄】……」
俺は自分に目覚めた力をそっと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます