第10話

 ジェンガのような建物の一室。

 ロッカーの並べられた部屋は部室のようだ。なんでも、群衆クラスタに所属した場合は、そのことが分かるように制服を着なければならないらしい。

 プレイヤーの差別化だ。


 俺はアカネに指示された部屋で着替えながら呟いた。


「この力で――生里を倒す」


 吹楚先輩と兄貴を傷付けた生里を許せない。

 そのためにこの【魔能力】を手に入れたのだから。


「はっはっは~。銀の群衆クラスタにしては、珍しくやる気がある人間が来てくれて嬉しいよ。でも、いきなり生里くんを狙うのは厳しいんじゃないかな?」


「うわっ!」


 いつの間に現れたのだろうか。

 俺の背後に針金細工のような仮面を付けた男が現れた。銀の群衆クラスタを管理するボス――イムさんだ。


「どこから現れたんですか」


「どこからって、そりゃ、普通に床からだけど?」


「……普通は床からは人は出てこれないんですけどね」


 しかし、相手は魔族。

 こちらの常識で考えない方がいいのだろう。

 俺は深く考えることをやめて、「この人は部屋に入るときは、床から現れるんだ」と、諦めることにした。


「それで、なんで生里を狙うのは厳しいんですか?」


「そりゃ、生里くんは赤の群衆クラスタのトッププレイヤーとして何十年も降臨する要注意人物なんだから」


「なっ!」


 生里がトッププレイヤーとして降臨している……だと?

 驚く俺を無視してイムさんは続ける。


「【魔能力】を手にした人間は基本、長生きしないんだけど、極稀にああいう人間が現れるんだよね~。あ、ウチにもそういう人間は何人かいるよ!」


「……どうすれば、生里を倒せますか?」


「あのさ、僕の話を聞いてた? 【魔能力】を手にしたばかりの君が、生里くんに勝てるとは到底思えないよ。兎が獅子に挑むこと自体が無謀なのさ」


「……そんなこと、やってみなきゃ分からないじゃないですか!」


 イムさんの話を受け入れることなく俺は吠える。

 一刻も早く生里を倒したい。兄貴を……吹楚先輩を苦しめ、自分の娘を捨てる生里を俺は許せないんだ。


「はぁ。何を言っても無駄みたいだね。かと言って、折角、仲間になった有望な人間をむざむざ手放すのも僕としては不本意だ」


 イムさんは無数に並んだロッカーの一つを叩いた。


「君と同じく銀の群衆クラスタの期待の新人、絵本えもと 乙女おとめくんを倒すことが出来たら、生里くんに挑んでもいいよ」


 生里に挑みたければ、イムさんの出す条件をクリアしろってことか。

 でも……。


「……俺がその条件に従う理由はないですよね?」


「それはどうかな?」


 グっとイムさんが何かを握る動作をする。


「がッ……。あ、ガハっ」


 その動きに合わせるようにして俺の呼吸が苦しくなる。まるで心臓を握りつぶされているかのようで――。


「これが【魔能力】を手にするってことだよ。力を与えた魔族には逆らえない。こうしないと、反逆しようとする馬鹿が後を立たないからね」


 逆らうことが出来ないと、俺に痛みを持って教えたイムさん。

 手を開くと俺は苦しみから解放された。


「じゃ、君の望みが叶うことを、僕は高みの見物をしながら楽しんでるよ」


 イムさんは現れた時と同じようにして、床に吸い込まれるように消えていった。


「こんな状況で――吹楚先輩は歯向かったのか」


 俺の時代の生徒会長は――どこまでも正義感が強かったと改めて知った。

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