第2章

2-1 一学期最終日

 翌朝。

 学校に到着した麻奈美は、いつも通り教室へ向かった。

 昨日まで漂っていた試験への緊迫感はどこにもない。試験結果が返却されることになっているけれど、生徒たちの目の前にあるのは終業式と『夏休み』のみ。

 大学入試や就職を考えている三年生は別にして、一・二年生の大半が既に夏休み気分だった。家族旅行、友達と海、遊園地、お盆の帰省。麻奈美も友人たちとそんな話をしようと思いながら教室のドアを開けた。

「おはよう」

 友人以外のクラスメイト達からも挨拶を返してもらいながら、麻奈美は席へ向かう。荷物を置いて一息ついていると、

「ちょっと麻奈美ちゃん!」

 先に登校していた芳恵が駆け寄ってきた。横には千秋もいる。

 二人で麻奈美の机を、左右から挟んだ。

「どうしたの、いきなり……」

 昨日は二人と一緒に昼ごはんを食べた。そして大夢へ行った。

 何か悪いことをしただろうか……

「なんで言ってくれなかったの?」

「えっ? 何を?」

「昨日、誕生日だったんでしょ? 言ってくれてればお祝いしたのに!」

「あぁ──ごめん、自分でも忘れてたから」

 友人たちと別れて大夢に行って、平太郎たちに祝われるまで、本当に忘れていた。朝は光恵も父も何も言わなかったし、友人たちにもまだ誕生日を教えていなかった。修二がどこかで思い出して、二人に教えたのだろう。

 大夢で充分祝ってもらい、帰宅後には家での夕食もパーティー風だった。

 すっかり誕生日を楽しんだつもりでいたので、友人たちにも祝ってもらった気がしていた。

「それで、今日は急だから何も出来ないから、今度、時間のあるときに私たちと一緒に遊ぶこと! 全部おごってあげるから!」

 というのが、芳恵と千秋からの誕生日プレゼントだった。

 いつも麻奈美は学校が終わるとすぐ大夢に行ってしまうので、ゆっくり遊んだことがない。時間を調整して遊びに行くことを約束したところで、本鈴が鳴った。

 終業式は講堂に集合して、の予定が、機材の調子が悪いとかで教室で放送によって行われた。校長や生徒指導等の話が短く流れていた。

 期末試験の答案返却も一応終わり、担任の話を聞いてから、生徒たちは一斉に教室を出る。クラブ活動のある友人たちはクラブ活動へ、帰宅部の麻奈美は、もちろん帰宅。

 大夢にも行くけれど、今日はその前に家庭教師の浅岡が来ることになっていた。

 昼食時、光恵が期末試験のことを聞いてきた。

「結果どうだったの? 家庭教師の成果はあった?」

「うん、あったよ。思ってたより良かった」

「あら良かったじゃない。先生にも報告しないとね」

「先生どんな顔するかな?」

「そりゃ、嬉しいに決まってるでしょ」

 二人での楽しい昼食はあっという間だった。前日に豪華なものを食べているので、今日は幾らか質素な食事だ。しかし、期末試験の結果が良かったので、普段よりも美味しく感じられた。

 食後の片づけをして浅岡を待っているとき、

「ねぇ、麻奈美、片平君は元気?」

「え? 修二? 相変わらずだよ。どうかしたの?」

「中学からずっと一緒なんでしょ? 仲良くないの?」

 光恵の言う『仲が良い』というのは、おそらく『彼氏として』だろう。

 麻奈美が修二に興味はないと言うと、光恵は少しがっかりしていた。

「じゃ、ほかに誰かいるの?」

 という質問にも、麻奈美は「いないよ」と答えた。

 けれど本当は、いた。

 いつも大夢で会う芝原のことが気になって仕方がなかった。麻奈美が通う星城高校の卒業生で、三年の時の担任は平太郎。今は大学に通っている。

 かっこ良くて頭が良くて、頼れるような大人。

 今のところ麻奈美の理想通りで、性格もきっと優しいだろう。

 けれどまだ好きになってはいなかったし、言ったところで彼に迷惑がかかっても悪い。第一、彼がどう思っているのかも、麻奈美にはわからない。

(理想通りだけど、謎が多いからなぁ……)

 そんなうちに浅岡がやってきて、まず麻奈美は期末試験の結果を見せた。

「うわぁ! やったね!」

 なぜなら麻奈美は、苦手な数学が平均点を大きく上回っていたからだ。

 生徒のほぼ全員が頭のいい星城学園で、その上位にランクインしていた。得意な英語で高成績だったのも嬉しいけれど、苦手な数学でのこの結果は大きな自信になった。もちろん、友人たちの中では一番成績が良かった。

「ありがとうございます、先生!」

「ううん、麻奈美ちゃんが頑張ったからよ。ほんとびっくり」

「先生がいなかったら、数学でこんな点数取れてないです」

 麻奈美は成績を見ながら、何度も「嬉しい」と繰り返した。

 これまでの復習をしようとか、これからの予習をしようとか、どんな単元もきっと乗り越えてやるとか、そんなことを考えながら。

「ところで麻奈美ちゃん、あれから芝原のこと何か聞いた?」

 浅岡がそう言うまでは。

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