婚約者はカエルだけど、捨てたもんじゃない。

ムツキ

◆ ヒーローはどっち? ◆


 風の強い朝。

 空は曇天で、いつ雨が降っても可笑しくない。



 あぁ、まるで私の気分よ。



 メイドに飾り立てられた私は行儀悪く、天蓋付きベッドに転がっている。メイドが呼びにくるまではこの姿勢のまま世をはかなむ予定だ。

 なぜなら、今日はと、デートをしなければならない日だからだ。


 ヨーク侯爵家の令嬢シャーロット・グレイスこと私と、この国の王子で王位継承権1位のプリンス・オブ・コンクエストこと呪われし王子アレクサンダーことアレックスとのデートだ。勿論、二人っきりで「さぁ、行ってらっしゃい」にはならない。

 周囲には護衛の騎士やらお付きの者がぞろぞろついて回る。彼らとて心得たもので置物のように存在しているだけだが――。



 どう思われてるやら……。



 王子とは1カ月前に顔合わせをしたばかりだ。

 見た目の異様さにおののき、池に突き落としたという散々な初対面だった。結果、大騒ぎになり家と王家で色々あり、再度の顔合わせとばかりに今日というデート日がもうけられてしまった。

 いわゆる謝罪と仲直りの機会というわけだ。



 だって仕方ないじゃない……王子がカエルだなんて聞いてなかったし! 化け物だと思ったし! 気持ち悪かったし!



 王子の見た目は完全なカエル。カエルが服を着てしゃべって動いているのだ。誰だってソレが婚約者とは思わないだろう。そう、いくら良い服を着ていようともだ。


「お嬢様、時間です」



◆◇◆



 隣を歩く王子とは、先ほどまでブランチタイムを共にしていた。

 ブランチとはいうが、皿は芸術品の品評会さながらの気合の入りようで、どれもが美しかった。味も別の機会なら褒めてやっても良かったと思う。

 カエルといえど完璧な所作で食事をする姿を見れば、一応人間で、一応王子なのだと分かった。

 私も教え込まれた令嬢らしさを全開にして対応したものの、現在に至るまで挨拶以上の会話はない。


 現在、庭の散策タイムだ。

 父からも母からも謝罪をするよう厳命されている。

 それはもう凄い勢いで、反発など抑え込まれたし、仕方なく私が納得するレベルの強硬姿勢だった。

 だが周囲には予想通り、はべっている人々。



 この中で、謝れと??



 カエルは前回の被害者だ。彼一人になら謝るくらいしてもいいと思っている。だが恥の瞬間を皆に見られて、それが広まるのは避けたい。まるで私がカエルに負けたように思われそうだ。



 でも、お父様はその方が良いっていってたし。



「シャーロット・グレイス・ヨーク」


 カエルがしゃべった。

 やはりカエルがしゃべっている。なぜフルネームと問うより彼の方が一歩早い。


「実は、あなたの事をなんと呼ぼうかと悩んでいました。それで……前回はシャーロット嬢と」

「あ、そうなのね」


 口を閉ざす王子。

 話をぶち切ってしまったのは、この王子が自分と同じ事を命令されてきたのだと分かったからだ。

 すなわちミッション、愛称呼びだ。


「アレクサンダー王子、今日から愛称のアレックスと呼びます。そちらもどうぞ、チャーリーとお呼びください。理由は分かります」

「……ありがとう。実はそうなんだ」


 カエルは頬を掻く。


「ところで、チャーリーは。こういうとき何を話題にすればいいか分かる?」

「は?」


 唐突なカエル王子の言葉に被っていた令嬢の皮がはがれる。慌てて言葉を改める。


「なんとおっしゃいました? そのような事は全て、あなたのなさりたいようになさって良いと思いますよ。あなたさまは王子なのですから」



 こっちは従うだけじゃない? 言いたい事いって、したい事すればいいじゃない。



 言外の皮肉さえも伝わったのか、カエルは瞬きをする。


「そういわれた? 気にしないで、君の思うようにしてほしいんだ。前回が前回だし……今更かしこまられると、他人みたいで……正直対応に困るというか」



 まだ他人だが? 確かに将来はコレと結婚しなきゃで家族になるわけだけど。



 確かに前回は罵詈雑言からの化け物呼ばわりで、池に叩き落としたのだ。いきなり淑女を全面に出されても困るだろう。納得の意見かもしれないと頷く。


「好きにしていいの?」

「うん、その方がボクはいいかな。君とは結婚するわけだし……こればかりは確定してしまっているわけで、せめて君に何かメリットはないだろうかって思って考えてみたんだ」


 言う王子の言葉を自分の中でかみ砕く。

 この王子は婚約者たる自分がカエルであることに、引け目はもっているらしい。



 とてもいいことね! その通りだもの。メリットの一つもないと、こんなのと結婚なんて絶対イヤ。



「メリット……それなら、権力ね。王子なんだもの、お父様より上でしょ? これから私のすることは全部、後押しして私を守るのよ、それが条件」


 カエルは黙り込んでいたが、やがて頷いた。


「ボクの良心に恥じない限りは」


 カエルの言い分はよくわからないが、協力する気らしい事は分かった。それなら早速とカエルの手を取る。


「まずは脱走よ!」

「え?」

「私、町に降りて見たかったのよ!」


 カエルはまた頷いた。


「確かにボクもまだあんまり降りた事がないんだ」

「じゃ、決まりね! みんなの目を盗んでいくわよ。大丈夫! いつか使おうと思って用意していた抜け道があるのよっ」


 それは整えられた木々が作る囲いの庭園の一角。

 地面スレスレを、毎日のように枝葉を折って開けた子供が一人通れるくらいの穴。



 あとは、二人きりで謝りたいからって言って、周りには距離を取ってもらおう。なんだ、ちょっと楽しいじゃない?



◆◇◆



 楽しかったのも街道への道に出るまでだった。

 そもそも飾り立てられた二人組の子供が歩いているのだから、目を付けられない方がどうかしている。

 まして片方は珍獣枠。

 その事に気づいたのは突き飛ばされてからだ。

 街道から脇道に落っこちた私が怒鳴ろうと顔を上げた先で、王子が網にかけれている。

 王子の方からは言葉もない。哀れにもそのまま担ぎ上げられた王子を見て、私は呆けていた。

 同時に一瞬、悪い考えも頭をよぎる。



 このままカエルが連れていかれれば、新しい婚約者が。……あれよりはマシな婚約者が。待って、なんで私、ここに落ちたの? あの人たちが私を落としたの?

 違う……多分カエルだっ。

 どうしよう、今出て行ったら……どうなる? あのまま彼がいなくなれば、いやいや『王子』より上の婚約者とかいる?!



 私は飛び出た。

 珍獣ハンターならぬ悪い犯人たちの前で宣言する。


「お待ちなさい! そのカエル、お父様が高く買ってくれるわよ! あ、私の事も捕まえようなんて思わない事ね、私はシャーロット・グレイス・ヨーク! ヨーク侯爵令嬢でプリンス・オブ・コンクエストの婚約者。そのカエル、是非ペットにしたいのよね」


 男たちは顔を見合わせる。カエルも何だか驚いている雰囲気を感じた。

 私の宣言をどうとったのか、男たちは『ヨーク』となぜか怯えたように繰り返し、首を縦に振った。


 最悪の事態は避けられたと言える。

 珍獣扱いのカエル連れで返ってきた娘の姿に父は怒鳴りはせず、男たちに言い値を払い、口を閉ざすように脅してもいた。

 私は良いことをした気分でいっぱいだったが、その日から一週間謹慎させられた。



 なんでよ。



◆◇◆



 散々な二回の顔合わせだったにも関わらず、カエル王子とは3回4回とデートを重ねている。

 あれ以来、私の方も遠慮はなくなっている。


「王子の癖にお父様に買われたんだから、私のペットね!」


 カエルをからかうも、彼はいつも笑っている。


「あんな経験は初めてだったし、良い社会勉強ではあったよ。今後は起きて欲しくないけどね。本当に驚いたし」

「呑気ね。分かってるの? 私の命令は絶対よ! だって私、あなたのご主人様になったんだから! 逆らったら王子の癖に買われたって言いふらしちゃうんだからっ」



 私の命令を聞いて一緒に町に降りたから、面倒ごとに巻き込まれたって忘れてるの?

 馬鹿じゃないの?



 カエルはまたも笑う。あれ以来、私の我儘を聞き続けている男の度量は計り知れない。


「分かってるよ。助かったのは本当だし、ありがとう」


 という。

 笑う王子を見て、ふと気づく。



 カエルなのに、私、笑ってるとか困ってるとか分かるようになってる。案外、見慣れてくると人間より分かりやすいかも?



 それに本当は分かっているのだ。

 あの時、私を突き飛ばして助けようとしたのは彼の方だと――。父から言い渡された無期限気味の謹慎も彼がとりなしてくれた事も、だ。


「じゃあ、ボクの勇者チャーリー、今日は何をする?」



 本当は……彼の方が私を守ったんだって、ちゃんと分かってる。


「そうね、護衛をたっぷり連れて町にいきましょ」


「懲りないね」と苦笑いする彼に私も応じた。


「懲りたから、護衛たっぷりなのよ」



(了)

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