第8話

「…っはっ…はぁ…はぁ…!」


 なんだ、俺は今まで何をしていた?


 アニラさんと握手を交わして…それから


「うぉぉぉ!!!」


「ひいぃ?!」


 なんだ、周りが騒がしい!?


 よく見ると奴隷達が全員走って、見覚えのない巨大な穴の空いた壁へ向かっているらしい


「何が起きて…あの穴は…?」


 俺たち奴隷が囚われて過酷な労働をさせられている、この場所…強制労働施設は金属の檻のような構造になっている


 広さはかなりのものだが、中身はクソ溜めのような場所だった


 檻の中は作業場が半分、残りは粗末な寝床が引き詰められているだけの家畜場でもまだマシな所だ


 入口は1箇所のみ、その1箇所もゴウダンの手下で厳重に警備されていた


 壁は金属で出来てるらしく、どんな衝撃を与えてもビクともしないはず…だったのだが


「俺がさっきまで見てた時はあんな穴なかったはずだけど…どうなってんだ本当」


「おいオレシ!次はどうするんだ!」


 驚きのあまり棒立ちしていると、イッチさんが俺の肩を揺すりながら聞いてくる


「え、え?」


「他の奴隷達は殆どあの穴に向かってる!だが時間が足りない!ゴウダンの野郎と手下共がすぐそこまで迫ってきてるんだ!」


「な、何言って…ゴウダンは後1週間以上来ないんじゃ…」


「何こんな時に冗談言ってんだ、ゴウダンならさっきお前の隣に居た奴を買いに来た客と一緒に来たじゃないか!」


 隣に居た…っアニラさん…!


「アニラさんは何処に!」


「お、おお…だからそいつは客とゴウダンにあっちの入口の方へ連れてかれたんだ」


「…っ!」


 …行かなきゃ…!アニラさんが危ない!


「お、おい!どこ行くんだよ!」


「アニラさんを助けに行きます!」


 早く、手遅れになる前に…!


「お、俺たちはどうすりゃいい!」


「え?あぁええと…そ、そこの穴から外に出れるなら逃げてください!手下は出来るだけ俺が引き付けます!」


「わ、分かった!無茶はするなよ!オレシ!」


「はい!」


 何がどうなってるのか分からないが…とにかく今はゴウダンの手下達を引き付けながらアニラさんの元へ行かなきゃ


「うおおお!他の奴隷達には手を出させないぞ!」


「な、なんだアイツ…!」


「奴隷だ!捕まえろ!」


「ひぃ…!くっ…怯えるな俺…今は怯えてる場合じゃない!」


 かなりの数がいるゴウダンの手下から何とか逃げながら、俺は目的の場所へと向かった…


 …


 …


「コイツがウチの1番の商品です」


 大きな広場のような部屋に私は居た、こんな広場…一体何をする所なんだろうか。きっと考えるもおぞましい事をしているのは間違い無いのだろう


「っ…」


「ほう…確かに美しいなぁ…少し痩せているが、かなりの上物では無いか」


 豪華な装飾品を付けた太った男が私を舐め回すように見つめてくる


「はっはっは…やや素直すぎるのは面白味がないが…これはいい、金貨60枚でどうだ」


「ふむ、私としてはもう一声欲しい所ですね…80でどうでしょう」


「80…少し欲を張りすぎではないかね?」


 自分に値段を付けられると言うのはここまで気分が悪くなるんだなと、何処か他人事のように思っていた


 金貨80…小さな家が買えるぐらいの値段だ、それが安いと思えるか高いと思えるかなど…今の私にはどうでも良いこと


 もう逃げる事も生きる事も諦めた私には…些細な事だった


「初物でこれだけいい商品なんです、これでも安いと思いますがね」


「…ふん、まぁ良い。分かった80でよい」


「ありがとうございます」


「これからは私がご主人様だ、手取り足取り私好みに染めてやるからな…はっはっは!!」


 きっと私はこいつに一生好き勝手に扱われ死んでいくのだろう…




 それで…本当に良いのだろうか?




「…」


 ふと、私を助けようとしてくれた青年を思いだす


 ただの棒切れに相棒と名付け、同じ牢で眠る時には枕にも話しかけていた変人。独り言もしょっちゅう…頭のネジが外れていると最初は思っていた


 だが、彼は異常な程に優しかった…失敗ばかりの私を助けようとしてくれた。見ず知らずの奴隷達を救おうとしていた


 ああそうか、そんな彼に…私はいつの間にか希望を見いだしていたのかもしれない


 そうでなければ…諦めていたはずの運命を、このどうにも出来ない運命に少しだけ…反抗したいと思わないはずだから


「…っ!」


 ほぼ反射的に私は太った男を蹴っていた


「なにっ!」


「ひぎっ?!」


 私の蹴りが太った男の顔面にめり込む


「私は…っ!失敗ばかりだけど…せめて!最後くらいは彼のように!足掻いて散りたいっ」


 彼と過ごすうちに…やはり私は彼に感化されていたみたいだ


 変人で馬鹿で、それなのに他人の為に自分の全てを犠牲にして


 でも…彼はここの誰よりも英雄だった!


「…君の勇気、少しだけ借りさせてください」


 例えこの場で死のうとも、これだけは言える…私は最後に正しいことをしたのだと…これは失敗なんかじゃない


 彼がそう思わせてくれる


「このアマァ!」


 ここのボスが怒り心頭と言った様子で私に襲いかかる


「はぁ…!」


 腕は拘束され、動かせない。足技だけでどうにか…逃げなければ


 最近少し様子のおかしかった彼が脱出用の穴を作っているはずだ


 そこまで…何とか逃げれば、勝機はある!


「舐めてんじゃねぇぞ!」


「ぐっ…!」


 こいつ、森で戦った時もそうだけど…魔力の扱いが上手い!


「俺は魔力操作には自信があるんだぜ?お前ごときの魔力操作じゃあ俺の基本強化に手も足も出ねぇだろ!」


 基本強化、身体能力を魔力で飛躍的上昇させる魔法だ


「かはっ…」


 横腹を蹴られ、体が吹き飛ぶ


「この世界は魔力操作を極めて初めて1人前、それを極めた俺にお前は逃げる事すらできねぇよ」


「ふぅ…ふぅ…おい!お前の所の教育はどうなってるのだ!」


 太った男がやっと起きやがり、ここのボスに詰め寄る


「すみませんね、どうやら…まだ反抗心が残ってたみたいで」


「私の顔に傷を付けたのだ!ただじゃ済まさんぞ!」


「文句ならアイツにどうぞ…もう俺は貴方に売り渡したんだ。大人しくさせますが…後は貴方の責任だ」


「な、なんだとっ!」


「それで…文句はねぇよな」


「うひっ…!?」


 殺気を浴びた男は、尻もちをついて首を縦に振る


「さて、この俺ゴウダン様の手を煩わせたんだ…覚悟しろよ」


「くっ…」


 やはり足だけじゃコイツには勝てない…どうにか手の拘束を解ければいいのだけど


「その目、まだ諦めてねぇのか?おいおいもしかして腕の拘束が無ければ勝てるとでも思ってるのか?」


 歪んだ笑みで私を見下す


「私は必ず…ここから逃げ出してみせるっ!」


 ある程度コイツと戦えるだけでいい、逃げる事さえ出来れば私の勝ちだ


「…ならやってみろ、おいそこのデブ。言う事聞かねぇ奴隷を大人しくさせるんだ、多少傷ついても文句言うなよ」


「で、貴様!なんと無礼な事を!」


「返事は?」


「ひっ、わ、分かった…!それでいい!」


 先程とは完全に立場が逆になっている男達を横目に、私はゴウダンの懐へ走り出す


「…ふっ、甘えな」


「はぁっ!」


 攻撃を塞がれるのは予想している!


「そこだっ」


「なっ…」


 狙いは、ゴウダンの懐…その腰にぶら下げている鍵の束だ


「しまった…お前っ!」


 私だって基本強化は使えるのだ、ワザと強化を弱くして油断を誘い…一瞬の隙をついた


「貴方は格下だからと言って油断しすぎではないですか?」


 …よし、腕の拘束は鍵で解除出来た


「…ちっ、だが今更腕が使えるようになったからなんだ。俺に素手でかなうわけないだろう」


「素手?武器ならありますよ」


 あまり人には見せたくは無かったのだけども、仕方ない…使わなければコイツにやられる


「雷よ…!」


 全身の魔力を1つに纏め、変換し…形を作る


「…!お前、属性持ちか!」


「…これでもまだ余裕を保っていられますか?」





 私は剣の形をした雷をゴウダンへと向けた

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