第5話

「うぷっ…はぁ…酔った…」


 風に乗って崖の上に移動したのはいいけど、空中でもみくちゃになったから凄い酔った


「こんなアトラクションあったらクレーム待った無しだよネルギアンさん…」


「水よ…っと、アトラクションでは無いから安心しろ」


「あびゃびゃ?!」


 俺に滝のような激しさの水をぶっかけながら優雅に地面へと降り立つネルギアンさん


 血の汚れを洗ってくれたのは助かるけど、やり方乱暴すぎませんか…?危うく死にそうでしたけども


「さ、まだやる事は沢山あるぞ」


 俺の着てる服の首元を咥えると、そのまま自分の背中へと器用に俺を投げた


「うおっ…」


 社会人男性である俺を乗せても平気そうなネルギアンさん


 やはり、改めてその巨大さを実感する


「それで、次は何をするんでしたっけ?」


「魔力を使えるようになったんだ、次はその使い方を教えてやる」


「使い方…」


 魔法は俺の知能が猿並みで使えないと言ってたし…身体能力を強化できるとかいう奴かな?


「…魔力の使い方にも修行が必要でな。いくら魔力が大量にあろうと、素人が無理に使えばムラができ不安定で効率も悪い」


「なるほど…」


「修行を積めば、無駄なくスムーズに…魔力の節約の方法等も自ずと分かってくる」


「ほえ〜、修行は必要不可欠なんですね」


「そういうことだ」


 正直、修行なんてめんどくさいし?やりたくなんて無いけども…恩人のネルギアンさんが必要と言うのだ


 出来れば恩を仇で返すなんて事はしたくない


「修行…よろしくお願いします、ネルギアンさん」


「ああ、家族の命に関わるんだ…仕方ないから教えてやる」


 そう言いながらもネルギアンさんは優しい、なんやかんやで俺の事を第1に考えてくれているのだ


 まだ家族になって少ししか経ってないが、俺は既にネルギアンさんの事を本当の家族のように思っていた


「いやぁぁぁぁ!!!!!」



 そんな時だった、女性の悲鳴が聞こえてきたのは…



「…なんだ!?」


「…」


 あ、明らかに悲鳴だったよな!それも人間の女性だ!


「い、行きましょう!ネルギアンさん!何か大変な事が起きたんじゃ…」


「…いや、放っておけ」


「…え?」


 ネルギアンさんは再び目的地の洞穴へと歩き出す


「ちょ、ちょっと!絶対やばい事が起こったんじゃ」


「だからどうした」


「…え?どうしたって…それなら助けないと…」


「私達には関係ないだろう?」


「関係…ない…?」


 なんで、なんでネルギアンさんは…さっきまで優しい表情だったではないか


 見ず知らずの男を慰め、家族にまでなってくれたあのネルギアンさんが


 俺のために修行を付けてくれると、仕方ないと言いながらも…それが照れ隠しだと分かるぐらいお人好しだと思ってたのに


 なんで…そんな冷たい表情ができるのだ


「…関係なくても、困ってるんです。あの時の!理不尽な追放をされた時の俺みたいに…!」


「…」


「あなたは…自分と何も関係ない俺を助けてくれたじゃないですか…なのにどうして…」


「…お前を助けたのは…気まぐれだ」


「…そんな」


「それに私は魔物だぞ?人間を助ける道理なんてないぞ」


 ネルギアンさんは冷たく、表情を変えず…そう言い放った


「…あなたは…優しい方だと思ってました」


「…勘違いも甚だしいな、私は優しくなんてないよ…決して」


 ああ、ネルギアンさんも…あの銀髪女のように…他人を何とも思ってないんだ


 例え困っていたとしても…見て見ぬふりをするのか


 …そっか、それなら…


「…俺、助けに行きます」


 ネルギアンさんの背中から降りると、悲鳴の方へ走り出す


「おいバカ!行ってお前に何が出来るんだ!」


「何も出来なくても!見殺しにするよりマシだ!」


 俺は…俺のように困ってる奴を、見殺しになんかしてたまるか


「…っ、戻ってこい!オレシ!家族の言うことを聞け!」


「うるさい!ネルギアンさんなんか大嫌いだ!」


「なっ…くそっ…なら勝手にしろ!お前なんか…家族でもなんでもない…!」


 後ろの方で、ネルギアンさんが吠えるのが聞こえた


 …


 …


「いやぁぁ!離して!」


「へっ…やっと捕まえだぞ!こんな所まで逃げやがってよぉ…!」


 冒険者風の女性がいかにもな山賊風の大男に捕まれ、苦しんでいた


「誰か…!誰か助けて!!!」


「誰も助けに来ねぇよ!この森に逃げたのが運の尽きだな…!」


「…いゃぁ…」


「ボス、早くこいつを連れて行きましょう。この森にはあまり長居しない方がいい」


「ああ、そうだな」


 大男の名は、ゴウダン…膨大な金額の賞金をかけられた名の知れた人攫いである


 この日は部下数名と共に前から目をつけていた冒険者の女性を攫うために襲っていた


「おい、こいつを縄で縛っとけ」


「了解です、ボス」


「んん!んんー!!!」


「それにしても、お前も仲間は選んだ方がいいぜ?俺たちを見るや否や一目散にお前を見捨てて逃げるなんてな」


「うっ…ぐす…むぐ…」


 女性は信頼していた仲間達に裏切られていた


 女性が狙われていると知ると我が身の為に逃げ出したのだ


 …


 …


「おら、大人しくしろ!」


「…うぐっ…うぅ…」


 人の居るはずのないこの森に逃げてしまったのが…全て運の尽きなのだろう


「…ぐすっ…」


 私は、思えば失敗ばかりだった


 あんなパーティーの仲間になったのも、冒険者になったのも…産まれてきた事すらも全部、全部…


 失敗だった


「…」


「やっと大人しくなったか、ずらかるぞ」


 私はこれから起きるであろう最悪の未来に恐怖し、絶望する


 この状況を誰も…助けてはくれないのだから


「ま、ま、まて!」


「あぁ?」


 そう思っていた、1人の青年が現れるまでは…


 …


 …


「なんだお前は」


「お、俺は…」


 や、やべぇ…めちゃくちゃ強面なイカつい大男さんが睨んでらっしゃる…!


 い、いや…ネルギアンさんにあんだけ言ったんだしビビってる場合じゃない!


 それに俺にはエクスカリバーがあるんだ!


「…なんだその萎れた棒きれ」


 エクスカリバーさぁん?!なんで萎れてるの?!もしかしてエクスカリバーさんもビビってるんですか?!


 もっとシャキッとしてくださいよ!


 …いやシャキッとしてもただの棒きれなんだけども


「…俺何やってんだ」


 急に冷静になった俺氏


「こんな所に人がいると思ったら、ただの変人か」


「こいつ頭おかしいんじゃねぇの」


「お、おかしくなんかないわ!」


 失礼な!エクスカリバーは強いんだぞ!


「そ、その人をどうするつもりだ!」


「あぁ?お前には関係ないだろ」


「あ、ある!」


「…へぇ」


「も、もしよからぬ事をしようとしてるなら…俺が許さない!」


「なんだ…お前俺らとやるってのか」


 大男はニヤニヤと嫌な笑み浮かべながら、こちらへ近づいてくる


「べ、別によからぬ事をしようとしてないなら何もしませんけどね!」


 仲良く平和にピースフルーと解決したいと心底思う


 主に俺の身が危ないから


「俺は人攫いでなぁ…こいつは大事な商品なんだ」


 あ、平和への道が崩れる音がする


「…な、なら俺がそれを許さない!」


 足が震えまくってる、いや全身バイブレーションと化している


「そんな棒きれで戦うのか?くっはっはっは!!おもしれぇ奴だなぁ…お前」


「は、はは…そうですかね」


 大笑いしながら俺の目の前まで来ると…


「…だが正義のヒーローぶるのは癇に障るんだよ」


「ごふっ…?!」


 いつの間にか俺は宙を舞っていた


 …デジャブだなぁ


「なんだ弱ぇな…そんなんでよく俺たちの前に出てこれたもんだ」


「こいつ血吐いてますよ、あひゃひゃ…!」


「ごほっ…ごほ…」


 い、ってぇ…!殴ったのが見えなかった…


「おい、立てよ…正義のヒーロー君よぉ」


「ぐっ…」


 髪の毛を捕まれ、無理やり立ち上がされた


「おらっ!どうしたっ!そんなんじゃ!俺たちを倒すなんて無理だぞ!あぁ?!」


「ぐっ…あがっ…ぎっ…!」


 その後は殴られ…蹴られ、俺は攻撃をする暇もなく…


 しばらくすると徐々に意識が朦朧としてきた


「おうおう、もう終わりか?」


「…がは…はぁ…はぁ…」


「ボスー、もうそんな奴放って行きましょうよー」


「そうですよ〜、俺この場所に居るだけで鳥肌たってきますし」


「ふん、しゃあねぇ…遊びは終わりだ」


「…う…ぐっ…」


「んー!んん!」


 女性が俺を見て叫ぶ、縄で口を縛られ…なんと言っているか分からないが…多分逃げろと言ってるのだろう


「…くっ…」


 俺は…ここまでなのか?


 こんな惨めに、人を人と思ってないような奴らに一方的にやられて終わりか?


「あばよ正義のヒーロー君、来世では人助け出来るといいなぁ?」


 大男が腰につけていた剣を抜き、俺に向けて振りかざすのが見えた


「んんー!んむー!」


「…」


 いや違う…


 俺は…ここでは


 死ねない


 ガガ…


 その思いに…再び支配されたんだ


 …ガガ…ガ


 カチッ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る