第4話

「…い…おい…」


「…ん…?」


「おい、起きろ寝坊助」


「…ネルギアンさん…?」


「生きてたようだな、オレシ」


 ぺちぺちとモフモフの前足で俺の頬を叩くネルギアンさん


「…ぐす…」


 そんなネルギアンさんの姿を見ると、緊張が解けたのか涙がこぼれ落ちる


「…?オレシ?」


「ネルギアンさん〜!!」


「なっ…!抱きつくな変態!」


「俺…めちゃくちゃ辛くで…死ぬかと思っで!」


「…はぁ、分かったから離れろ…馬鹿者」


 やれやれ、とため息をつく


「…ぐす…はい…」


「どうだったか?この2日は」


「死ぬがど思っだ!」


「そ、そうか…いやしかし…」


 ネルギアンさんは焚き火の跡をみると、首を傾げる


「火は起こせてるじゃないか、水も食料もあるからそんなに苦労はしなかったのではないか?」


「いやいやいや!水はあっても食料なんてよく分からないキノコしかないじゃないですか!」


「何を言ってる?ここにあるじゃないか」


 壁の一部分を削ると、ネルギアンさんはそのまま口に放り込み…食べた


「…もぐもぐ、ここの土や岩はタンパク質が取れて健康にもいいし美味しいぞ」


「…」


 …俺はいつから某グルメ漫画の世界に迷い込んだのだろう


「どうしたオレシ、そんな間抜けな顔をして」


「…それ最初に教えてくださいよぉ…」


 ネルギアンさんは些か説明不足になりがちな節がある…もうヤダ…


「…はぁ…変なキノコ食って腹壊した俺がバカみたい」


「…お前そのキノコ食ったのか…」


 ドン引きした表情で俺を見る


 誰のせいだと、誰の


「…土や岩が食えるなんて思いませんよ普通」


「そうか?それは悪かったな…てっきりお前の世界でも土と岩は食えるものだと」


「…まぁいいですよ…それより!昨日はこの前の化け物イノシシに襲われたんです!」


 昨日の事をネルギアンさんに話す、正直思い出すだけでズボンの股付近が濡れそうになるが我慢する


「…いや、そんなはずは…」


 またもやネルギアンさんは首を傾げる


「あの魔物はここまで来る事はできないはずだ、いや…そもそも他の魔物も例外じゃない」


「…この崖下に元々住んでいたんじゃ?」


「それは無い。私がお前を落とす前に確かめた」


 それならどこかに隠れていた…という線も無さそう。見る限りあんな巨体が隠れる事が出来そうな場所がないのだ


「…なら何故…」


「…そのキノコだろ」


 ネルギアンさんはキノコをちぎり、クンクンと匂いを嗅ぐ


「…毒キノコだぞ、これ」


「…という事は…?」


「大方幻覚作用のある毒キノコで…お前は幻覚を見てたんだ。あの魔物というのも…お前が1番恐れているものが出てきたんだろう」


「…」


 嘘やん…あれ幻覚だったん?


「で、でも辺りに血の跡が…」


「…ああ、それは私が上の魔物達を血祭りにあげたからだ。一応の一応…ないと思うが万が一お前の元へ魔物が行かないようにする為にな」


「いやガチの血の雨やったんかいっ!!!」


 確かに傷もいつの間にか治っていたし、傷もないのに血がついてるのはおかしいと思ったわ!


「はぁ…なんだ…死にそうになったのは夢みたいなもんだったのか」


 あーなんだか余計に疲れた気がする


「…その、すまなかったな」


「…え?」


「もう少し詳しく説明をしとくべきだった…久しぶりに人と話すから…自分の尺度で話してしまっていた」


 しょぼんと耳が垂れるネルギアンさん、なんだかいつもより小さく見える


「…いいですよ、別に」


 項垂れた頭を優しく撫でてみる


「…だが」


「そもそもこうなったのも、俺を鍛えてくれるためなんですから。それに…俺が魔物に襲われないようにずっと…見守ってくれてたんでしょう?」


「…そ、それは…そうだが…」


 ちょっと顔が赤くなっている、本当表情豊かだなぁ。油断すると人間にすら見えてくる


「…ありがとう、ネルギアンさん」


「…!お前は…優しいな」


 優しいのはネルギアンさんの方だと思うけど…


「家族ですからね」


「…そう…だったな…うん、家族だ」


 よし、いつものネルギアンさんに戻ったな


「では、これでこことはおさらば出来るんですよね」


「ああ…どうやら成功してるらしいからな」


「成功…?そもそもここで2日過ごした理由は…?」


「ん?ああ言ってなかったな、ここは…」


 ネルギアンさんが前足を前に出すと、最早馴染み深い濃ゆい霧が集まってきた


「…この霧は魔力の塊だ」


「ま、魔力の塊…?」


「この場所は、森の中に存在するあらゆる生物や空気に含まれる魔力を少しづつ吸い取り…森の養分に変換している場所なんだ」


「そ、そんなすごい場所だったんですか、ここ…」


 言うなれば森の心臓部と言ったところかな…?


「この広い森を補うぐらいの魔力が…ここに全て集まっていると言ってもいい」


「ほうほう…」


「そして…お前含めて生物というのは…森と同じように空気中にある魔力を吸収する機能が備わっているんだ」


「な、なんだってー?!」


 そんなハイテク機能が俺に備わっていたのか!


「じゃないと自然に魔力は回復しないからな」


「…なるほどたしかに」


 RPGの寝たら回復するシステムってそんな感じなのかな…主人公の周りの空気、魔力カスカスになってそう


「…そこでだ…この濃密な魔力の空気の中で生物が過ごしたら、一体どれだけの魔力を吸収するんだろうな?」


「…!」


「…もう分かっただろう、今のお前は魔力を吸収し自分のものにしているんだ」


 それも…うんと濃く、濃厚濃密な魔力を…2日も


「…俺、魔力があるんですか!」


「ああ、この密度の魔力に2日晒された結果…お前の体はほぼ魔改造と言っていいほど作り直された」


 悲報、俺氏の体、知らぬ間に魔改造される


「くっくっく…ほぼ別人になっているぞ…?オレシよ 」


 ネルギアンさんがマッドサイエンティストに見えてきたぞ


「…喜んでいいのか、前の体を惜しんだらいいのか複雑な感情ですけども…魔法が使えるならそれで…」


「いや、魔法は使えないぞ」


「えええぇぇぇ?!じゃあ何のために!鬼畜な魔改造をされたんですか俺!」


 魔法が使えるからプラマイゼロと思ってたらマイナスしか残らなかった


 とんだ詐欺だよこれ


「まぁまぁ、魔力で身体能力は強化できるのだ。落ち着け」


「ぐぬぬ…」


 しょぼい…!実際はしょぼくは無いんだろうけど!魔法が使えると期待してからそれはしょぼく感じる!


「さて、洞穴に帰るぞ…今から魔力の使い方を教えてやるからな」


「ええー俺も魔法使いたい使いたい〜」


「駄々をこねるな、馬鹿者。お前は知能が足りないから魔法という高等技術が出来ないのだ」


「…」


 俺の知能の問題だったのかよ、1番辛いじゃないか


「…うう、俺の馬鹿…」


 落ち込んでいたら、親友のエクスカリバーが俺を慰めてくれる


「ああ…ありがとう…エクスカリバー」


 ただの棒きれに話しかける程馬鹿だから魔法を使えないと気づけない馬鹿であった


「風よ」


「うおっ…!」


 か、風で体が浮いて…


「先に上に送ってやる、いくぞ」


「ちょ、まっ…心の準備がぁぁぁぁぁ!!!!」


 オレシは鼻水と涙を噴出しながら上へと登っていく


「さて…私も行くか…私達魔物にとってここは毒の霧が漂う地獄のような場所だからな…」


 この魔力の質は…魔物の体質と合わないらしく、私でも数分居るだけで目眩がしてくる


「…ん…?」


 ふと、辺りの魔力に違和感を感じた


「…いつもはもっと霧が濃ゆいんだがな」


 あまりにも魔力が少なすぎる…いやまさか…そんな訳


「…だが、私の考えている事が本当だとすると…」


 本来人間が魔力を吸収するのには、限界がある

 それは才能に左右されるものであり、努力では覆らないものだ


 凡人であれば、ここの魔力など手のひらサイズを吸収するのがやっとだろう。天才でも自分の身長並が関の山だ


「お前は…この場所全体の魔力を全て吸収したのか」


 ここは迷ってしまう程広い訳では無い、だが…かと言って端と端を見れるほど狭くもない場所なのだ


「こんな事…御伽噺に出てくる英雄でも無理だぞ…」


 再度言うが、この場所は森全体の魔力を補っている


 それを…たった1人の人間が全て吸収したんだ


「…いや、そもそも単純に森が魔力不足だったのかもしれない」


 そう考えるのが自然か


「…あのオレシだしな」


 今の考えは馬鹿らしい妄想の類だ


「…ふぅ、風よ」


 しかしまぁ…魔力がある事は確認できたが、その量までは確認できないのが不便なところだな…と、自傷にも似た事を思いながらオレシを追いかけた





 この時、ネルギアンは忘れていた…丁度オレシが過ごした2日間が1番森の魔力が満ちている時だと


 ネルギアンは忘れていた…イノシシの化け物は変異種のみ、この場所で生き残れる事を


 そして…変異種は魔力が無く、見つけることが困難であり…並の魔物の数十倍の強さを誇ることを…

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