第3話

「家族になったのだ、まずはこの森で生きていけるように鍛えてやる」


「き、鍛えるんですか…?」


「家族になってそうそう死なれては…まぁ、後味が悪いのでな」


「…ぐぬぬ」


 ええ〜俺別に強くならなくても〜この洞穴で〜一生ネルギアンさんに養ってもらえれば〜


「…養ってもらおうなどと甘い考えを持ってるのなら今すぐお前の首を噛みちぎ…」


「はい!誠心誠意頑張らせて頂きます!」


 やべぇよ、俺の家族やべぇよ…家族の首噛みちぎろうとしてるよ…


「ならいい、お前はこの森を舐めすぎだ。オレシのような馬鹿で能天気な奴なら数分で魔物の胃袋の中だぞ?」


 家族になった途端辛辣すぎない?この虎


 前まで慰めてくれてたじゃん…


「馬鹿と能天気は後で抗議するとして…具体的にどう俺を鍛えてくれんですか?」


「見たところ…魔力も無い、力も他の人間より貧弱…知能は猿以下…どうしようもないな。あと変態だし」


「酷くない?!さっきの優しいネルギアンさんは何処へ?!」


「そのままの事実を言っただけだが」


 あ、本当に事実を言ったみたいな顔してる


「貧弱でも変態でもない!」


「知能は猿以下は認めるんだな…」


「…でも、そんなんで俺生きていけるんですかね…?鍛えても無駄なんじゃ…」


「…しかし、1つ方法がある…この森でも1人で生きていけるようになる、取っておきの方法が」


「…そ、それは…」


 緊張が走る…一体どんな方法なんだ


「…それは…」


 …


 …


「あびゃーー!?!!」


 俺が今どんな状況か気になります?


 崖から突き落とされて風を全身で感じてます


「ああああぁぁ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!!」


 突然森のど真ん中にある崖に連れてこられたと思ったらこれだよ!


 俺はこの世界に来て何回死にそうになれば気が済むんだ!命が幾つあってもたりねぇ!


「ああ…地面がもうあんな近くに…」


 さよなら…俺の第2の人生…


「…風よ」


 ネルギアンさんの声が聞こえた…ような気がする


 瞬間、急降下していた俺の体はふわりと浮くように減速し…死ぬことなく崖下に着地出来た


「うぎっ…って…い、今のは…」


「大丈夫かー?」


 真上からネルギアンさんの声が響く


「ちょっと尻に尖った岩が突き刺さりましたけど、無事です!」


「それは無事なのか…?まぁ…無事ならいいんだ」


「そ、それで…!俺は何故崖から落とされたんですか!」


「…その場所は少々特殊でな…説明は省くが、とにかくお前はそこで2日程過ごせ」


 1番大事な説明省いちゃったよこの虎


「てか2日…え?」


 辺りを見渡す


 あるのは岩と明らかに毒が含まれてそうなキノコだけ


「…冗談ですよね?」


「じゃ、2日後に迎えに来る」


「い、いやいやいや!俺森で生きていけるように鍛えて貰ってるんですよね!これ死にますって!元も子もないです!無理無理無理!」


「頑張れよー」


「ネルギアンさんーー?!」


 …その後何度も呼びかけても反応が返ってくることは無かった


「ネルギアンさんの鬼ー!!!」


 家族にはとことん厳しいネルギアンさんだった…


 …


 …


「…とりあえず食料探そう」


 崖を登って戻ろうとしたが、掴んだ場所が崩れ再び尻に致命的なダメージを与えただけだった


 もうこうなれば諦めるしかない…ネルギアンさんを信じて何としてでも2日生き残るんだ


「…と言っても、食べれそうなのはキノコだけ」


 …焼いたら食えるかな


「はぁ…お前だけが心の支えだよ…エクスカリバー」


 ずっと腰に差している棒きれ…それが心の支えになろうとは誰が思うだろうか


「お前とは一生共にいるからな…」


 俺はそっとエクスカリバーを撫でた


 傍から見れば狂人のそれである


「…とりあえずキノコかき集めて火を起こすか」


 夜になる前に終わらせよう


 …


 …


「…火を起こすのに苦戦してたら夜になってしまった」


 いざサバイバルをしてみると、本当火のありがたみが身に染みる…


「…本当は魔法が使えれば楽なんだけどな」


 あの時のネルギアンさんの言葉…あれは呪文みたいなものなんだろうか


「さっき…俺が浮くように減速した時、確かに風よって言ってたよな」


 もしかすると、家族になった事により魔法の呪文も日本語に翻訳されるようになったのかも?


「…だとしたら後は魔力だよなぁ」


 ネルギアンさんが言うには俺の魔力はゼロらしい


 希望の一欠片もなくて逆に笑えてくる


「はぁ…せめて1でもあれば…」


 希望があったのに…と思ったけど、結局1あっても意味なさそうだから一緒だな


「…ん…?」


 さっきから霧が濃ゆくなってきたな…?


「ただでさえ暗くて何も見え無いってのに…」


 ネルギアンさんは鬼畜とかいうレベルじゃねぇなこれ


「…寝よ」


 今食べたキノコに毒が入って無いことを祈りながら俺は隅の方で横になった…


 …


 …


 次の日


「オ゛エ゛エ゛エ゛…」


 もろに当たりました、クリーンヒットです


「じぬ…毒でしぬ…」


 最近毎日のように死を感じてるような気がする…


「オエエェェ…」


 その日は1日中胃の中の物をぶちまけていた


 …


 そして、夜


「…あぁ…やっと少しだけ楽になった」


 しかし、もう辺りは真っ暗で霧も濃ゆい


 数メートル先が灰色で支配されている


「…今日はこのまま寝るか…」


 この夜さえ乗り切れば、ネルギアンさんが迎えに来てくれるんだ…あと少し…あと少しでこの地獄から抜け出せる


「…おやすみ」


 俺は目を閉じ、夢の世界へ…


「ブオオオオ!!!!」


 空気切り裂くような大きな鳴き声が響いた


「…っ!」


「ブオオオオ!」


 俺はこの鳴き声を知っている、この前の…あの化け物イノシシと同じ鳴き声だ


「…嘘だろ、こんな時に…!」


 姿は見えない


 なんせ周りは霧で覆われているのだ、もしかするとすぐ近くにいるのかもしれない


 俺を食おうと、既に臨戦態勢へと移っている可能性も…!


「ひっ…あ…」


 怖い…!怖い怖い怖い怖い…!


 いつ来るのか分からない恐怖、この前味わった絶望


 ありとあらゆる感情が頭を巡る


「助けて…ネルギアン…さん」


 何よりも怖かったのは…ネルギアンさんがこの場に居なかった事だ


 俺一人で…何とかするしかない


「…無理…無理だ」


 無理無理無理…!あんな化け物…!俺なんかじゃ…!


「ブオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」


 今までの鳴き声と違い、その声は…やけに近くで聞こえた


「ぎっ…?!」


 …そう思った瞬間、俺は宙を舞っていたんだ


「がはっ…!」


 横腹…が…痛い…!


「ブオオオ!」


「ぐっ…が…ぁぁあ!!!」


 吹き飛ばされた衝撃で地面を転がり、壁に勢いよくぶつかった


「…あ…ぁ…」


 血が流れ、地面を赤で染めていく…


「…だす…け…」


 痛い…痛い…腕が曲がってはいけない方向に…


 足の感覚も既になかった


「…ブオオオ」


 化け物イノシシはゆっくりと俺へと近づく


 既に勝利を確信していると言わんばかりに


「…ぐ…う…うぅ…」


 なんで…俺がこんな目に…遭わなければ…ならないんだ?


「…く…そ…くそ…くそっ…!」


 涙が頬を伝う


 ネルギアンさんと初めて会った時も泣いて、みっともなく叫んだ


「…俺…は…!」


 しかし


 …


 今回は


 …


 何かが


 …


 …違った


「俺はここでは、死ねない」



 その思いに、全てを支配された




 ガガ…ガ…


 …


 …ガガガ…


 カチッ


 ガガガ…ガ


 …


 カチッ


 …


「…んあ…?」


 あれ、俺何してたんだっけ?


「そうだ!化け物イノシシ!…は何処へ?」


 え…消えた…?


「今…そこで俺を食べようと…迫ってたのに」


 いや、待て…それより


「傷が…治ってる」


 腕はいつも通りに動き、足の感覚はバッチリある


「…どういうこっちゃ?」


 訳が分からず、無意識的に頬を掻く


「…うわ…ヌチャってしたと思ったら血だ」


 よく見れば全身に血がついていた、というか辺り一面に血がついてる…血の雨でも降ったのかよ


「…ばっちぃ…これ全部俺の血だよな…うげぇ」


 替えの服ないのに…


「でも、血がついてるってことは夢じゃないって事だよな」


 じゃあイノシシは本当にどこ行ったんだ?


「うーん…まぁいいか」


 居ないなら俺の不味さに気づいて帰ったのだろう


「あー…疲れた」




 もうこんな事は勘弁して欲しい。そう思いながら、今度こそ眠りへとついた俺氏であった

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