第178話

 俺の名前はアギト。



 誰だ?って思うだろうが、一応武闘大会の予選でソフィア様と最後に戦った男と言えば分かるだろうか。



 これで分からないなら一生分からないだろう。



 まぁ俺みたいな影の薄い男なら仕方のないことだ。



 だが、今この空間にいる奴らは俺なんかと比べ物にならないくらいキャラが濃い。



 いやマジで。



 まずはネイト。



 馬車に乗る前から具合が悪そうだったが、今は本気で死にかけている様子だ。



 確か何かの病気か何かで、本来なら少ない魔力しか持てないはずの体に三代貴族並みの魔力を持ったせいで体調が悪いみたいなのだったな。



 だから普段は学園というより保健室に通ってるってイメージの奴だ。



 顔はイケメンで病弱ってもんだから女子ウケがいい。



 一個下だが、それでもこれくらいには分かるくらい有名人といえよう。



 そして次にサース。



 ネイトと一緒にユーリ様と戦った男だ。



 この人に関してそこまで詳しくないが、話してみると真面目だが良い人そうだった。



 犯罪さえしなければ、多少悪いことをしてもため息と注意一つで見逃してくれるタイプだ。



 口癖かのように騎士になると言っているから、何故そこまで目指すのかと聞けば



『人々の為に戦う騎士に憧れてしまった。それだけだ』



 なんて言うもんだから惚れそうになったな。



 ありゃモテるわ。



 てか俺が女なら好きになってる。



 今までモテるモテる行って来たが、次は間違いなくモテる男。



 名前は確かシウスさんだったか?



 年は20代後半……いや30代?



 よく分からんが、めちゃくちゃイケメンであることに変わりない。



 しかも服で隠れているが、あの人相当鍛えている。



 武闘大会のエキシビジョンマッチ、みんなはシウスさんを場違いかなのようにみていたが、俺は全く違う感想を抱いた。



 間違いなくシウスさんは強い。



 そんで絶対女にモテる。



 俺はそう思ったんだ。



 とまぁ、俺としての男グループの感想はこんな感じかな?



「……(チラッ)」



 あ、うん、終わりにしようそうし



「おい」

「は、はい!!」

「今、俺様を見ただろ」

「いえ!!滅相もありません!!」

「文句があるなら言え。骨だけは残してやる」

「(あ、死んだ)」



 忘れたわけじゃない。



 というか忘れるはずがない。



 アクトグレイスを忘れられる人間などいない。



 あの世紀の大悪人、ザンサグレイスの息子でありながら自身もまた国中で知れ渡った悪童。



 全ての人間が恐れ、そして憎悪していた……はずだった。



 しかし蓋を開けるとなんだ。



 三大魔獣を倒しただの邪神教を倒しただの噂が流れる。



 デマに違いないと信じた者達は皆、武闘大会にてその心を打ち破られる。



 以前と変わらず我が道を貫いているにも関わらず、自然と惹きつけられる何かを放つ男。



 それが現在のアクトグレイスへの一般的な印象だ。



 そして、この帝国への使者としての任務。



 俺はこれをもって、アクトグレイスの本当の人間性を知りたいと思っている。



 この男がただのクズか



「ふん、まぁいい。二度と俺様の許可なく勝手をするなよ」

「は、はい!!」



 それとも



 ◇◆◇◆



 なんかアギトとかいう男がずっと俺のことを見てくる。



 正直キモい。



 相手がヒロインならハッピーで仕方ないことだが、ヒロインじゃないし、それどころか男に見られても良い気分にはなれん。



 でもまぁ、俺と一緒の空間にいて気にならない方が難しいというものだ。



 むしろ具合悪そうな奴や、今も剣の手入れをしているアイツらの方が変なのだ。



 と言っても一番変でキモい奴は



「お前なんだがな」

「どうした。話し相手でもして欲しいのか?」



 ニヤリと相変わらず裏のある顔をするシウス。



 一発ぶん殴りたいが、なんか暴力に頼ったら負けな気がする。



 どうせシウスにそんなものが通用するとも思っていないしな。



「で、何故アイツを連れて来た」

「心当たりが多すぎて分からんなぁ」

「チッ」



 本当に嫌な奴だ。



「アイリーンのことだ。お前はあたかも自分が何でも知っている気でいるようだが、自分が何をしているのか理解しているのか?」

「おお、なんか初めてお前に褒められた気がするぜクソガキ」

「あぁ?」

「今ので気分がいいから答えてやろう。確かに俺は知らないことだらけだ。特にお前のことはな」



 シウスは珍しく真面目な顔でそう言った。



「だが、そう言うお前の方こそ何でも知ってるわけじゃないだろ。それとも、まさか先の未来が分かるなんて言わないよな?」

「……」



 相変わらず痛いところを突いてくるクソ野郎だ。



「前にも言ったが、お前の計画は完璧なようで必ず未完成だ。だからいつも俺が一歩先を行ってるような気がするんだろ」

「一度もお前に出し抜かれた記憶はない」



 と言ってるが、出し抜かれた記憶しかない。



「ま、だが確かに俺も全ての計画が上手くいった試しがない。特に桃井桜に関しては本当にな」

「お前如きが操れる奴じゃないってことだ」

「おーおー妬けるなぁ。これが夫の余裕ってやつか?」

「殺すぞ」

「冗談はさておき、アクト」



 初めてちゃんと呼ばれた気がした。



「おそらくだが、俺とお前がいれば帝国どころか邪神教にすら遅れは取らないだろう」

「……ふん」

「だが、逆に言えば争えば全てを危険に晒す。それはお互い望んでいないだろう?」

「……何が言いたい。さっさと結論を言え」

「ならお言葉に甘えて」



 シウスは提案する。



「帝国では俺の指揮下に入ってもらう」

「誰がテメェの下なんかに」

「頼む」

「……」



 それはゲームでも一度も見たことがなかった



「頼む」



 シウスが人に頭を下げる瞬間であった。



「代わりに部隊の安全は保証しよう。仮に死人が出るとしたら、最初は間違いなく俺と誓う」

「……」

「今後俺の力が必要なら手を貸してやってもいい。だから」

「チッ、それ以上喋るな。お前が頭を下げるなんて反吐が出る」



 何が目的かは知らないし、興味がない。



 もしかしたらこの行為も俺を動かす為の策なのかもしれない。



 だからこそ、俺達の間に必要なことは人情でも絆でもない。



「これは取引だ。俺様を裏切るような素振りを見せたら、即刻殺す」

「ああ」

「安全も保証してもらう」

「必ず」

「ならばいいだろう。特別に俺様を手足のように使わせてやる。ただし」



 ニヤリと笑い



「俺様を上手く扱えるかな?」

「肝に銘じておくぜ、ジャジャ馬の餓鬼が」



 そして、最強最悪のコンビが結束されたのだった。



 ◇◆◇◆



 そんな暗躍と互いの様子見が続く男共とは別の馬車。



 アクトがいれば呼吸しただけで失神してしまうそこで、一堂は会していた。



「ノアは帝国出身なんだよね?帝国ってどんなところなの?」



 桜はハルを抱っこしながら質問をする。



「……」



 ハルに抵抗の意志はない、というか抵抗虚しかったという表現が適切だろう。



「えっとですね、帝国はとりあえず戦いって感じの場所です。右を見たら喧嘩、左を見たら決闘が起きてるみたいな」

「怖」

「へぇ〜、じゃあノアもやっぱり強いの?」

「いえいえ!!ノアは全然、これっぽっちも強くないですから!!」



 ブンブンともの凄い速度で首を振る。



「んー、でもどうだろう。アクトレーダーに引っ掛かる相手ってみんな強いんだよね」

「私強いかな?武闘大会で少し格差を見せられた気がするんだけど……」

「リーファは強いよ!!でも実際、私も含め少し見劣りするのは確かだよね」



 真っ先に頭に浮かんだのは小さな亜人、カーラ。



 あの強さは本気で戦えば手も足も出ないことを桜は察していた。



「でも話の流れ的にそろそろ私達のパワーアップがくるはずなんだよ。だからそれまで我慢だね」

「桜のことはさて置き、サムさんはどれくらい戦えるんです?」

「…………あ!!私!?」



 突然話を振られたアイリーン。



 自分がサムの代役として来たことを完全に忘れていたのだ。



「私は全然強くないから。本当に。武闘大会でもダメダメだったしで」

「え?サムさんって居たんです?」

「…………あ!?」



 喋れば喋るほどボロの出る王女である。



「桜、サムさんっていた?」

「ううん、私は分かんにゃいかな〜。でも選ばれたってことは、私達にも分からない隠れた才能みたいなのがあるのかもね」



 違うんです、ただの権力なんですなんて言えないアイリーン。



 若干目に涙を浮かべた頃に、助け舟が現れる。



「どちらにせよ、桜さんとリーファさん、それにアクト様がいれば帝国なんて余裕ですよ!!私なんか旅行気分で来ちゃいましたから!!」



 話に入ってきた人物はキナコ。



 相変わらず声が大きいが、特に不快になるような程でもない。



 むしろ不思議とずっと聞いていたいと思う程である。



「あ、キナコちゃん。お帰りー」

「桜さんただいまです」



 そう言って、桜の中にいたハルを受け取る。



 ハルはやっと解放されたとばかりに直ぐにキナコの方へと移った。



「その点で言えばキナコちゃんも中々だよね。アクトってポンコツだけど、頭脳戦で負けたことは殆どないはずなのに」

「いえいえ、私は勝ってなんていませんよ。それに、あの時は油断だとか手加減だとか、様々な要因が重なった結果ですし」

「それに、キナコさんは他の人達とも協力出来てた。その点だけでも、私は凄いと思う」

「もー、桜さんもリーファさんも褒めすぎですよー」



 あははと笑うキナコ。



 だが、その目が真の意味で笑うことはなかった。



「そういえば桜。強さで思い出したんだけど、アルスは今どこにいるの?」

「ん?アルスなら今は」


 桜が口を開いた瞬間


「「アルス!!」」


 二つの雄叫びが馬車の中に響いた。


「ビ、ビックリしたー。どうしたの二人とも」



 突然大きな声を上げるアイリーンとノア。



「す、すみません……ちょ、ちょっとトラウマでして……」

「門が……難攻不落の門が一瞬で……」



 震える二人に反し



 へくち



『……誰かが私の噂をした気がした。もしくはアクトに愛を囁かれた気がする』

『多分後者だと僕は思うよ』

『ん、私も』



 当の本人はかわいらしいくしゃみを漏らした。



「話に花が咲いてきたところで水を差させてもらいますが、どうやらそろそろのようですよ」



 キナコの言葉と共に、皆が外に顔を覗かされる。



「わぁ!!」



 真っ先に顔ごと外に出した桜は、その光景に目を輝かせる。



 そこにあるのは



「綺麗〜」



 希望か



「メア、元気でしょうか」



 愛か



「お姉ちゃん」



 絆か



「……」



 それとも



「フシュー」



 絶望か

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