第173話

「分かった?」

「アルス。言っておくが、回想シーンはあくまで回想であって、誰かと共有することは人間には出来ない。あれは時間軸のバグったフィクションだから可能になってるだけだ」

「じゃあさっきの時間はなんだったの?」

「知るか!!」



 何故か数秒黙ったかと思えば、突然『納得したでしょ?』みたいな雰囲気を醸し出すアルス。



 果たして彼女が何を思い出していたのかは、神とアルス本人のみぞ知るところである。



「そもそも、こんなゲリラ参戦なんて認められるはずーー」

「そこのところどうでしょう?エリカ様」

「面白いのでOKです」



 おい!!



 権力を振りかざすな!!



「というのは冗談でして、元よりアルスさんの出場は決まっていました。色々と手違いがありましたが、今の状態は間違いなく正式なマッチアップとなっています」



 ……嘘だな。



 絶対面白がってる。



 俺には笑う聖女とゲス教主とめんどくさがってる学園長の姿が手に取るように分かるぜ。



「アクト」



 そんな俺の思考を打ち破る。



「細かいことはいいわ。それより」



 アルスは笑顔で



りましょう」



 とてつもないオーラを放つ。



「ア、アクトまずいぞ」

「そうっぽいな……」



 ただでさえクタクタの俺達。

 


 既に体力も魔力も空っぽの中、いきなりラスボスよりも強い相手とかやってらんねぇだろ。



「だが、ここで負けることだけは絶対にダメなんだ」



 限りなく低い確率だが、俺が負ければ準決勝進出の道が閉ざされる。



 それだけはあってはならない。



「どうにか逃げ延びるぞ」



 幸い制限時間は近付いてきている。



 上手く会話で引き伸ばせばいけるはず。



「なぁアーー」

「何?」



 アルスが軽く蹴った小石が舞台の結界を破壊した。



「け、結界の修復した方がいいんじゃないか(震え声)」

「いえ、アルスさんの場合はもうどうしようもないので、このまま続行して下さい」



 すかさず悪魔エリカのフォローが入る。



 いや普通に危ないだろ。



 怪我人出てもいいの?



「大丈夫。そこは調整してるから」



 すかさず元凶アルスのフォローが入る。



 いや普通に勘弁して下さい。



「何か言いたいことがあるなら、戦いながら……ね?」

「いや『ね?』じゃないがぁあああああ!!!!」



 俺は目に見えない速度のパンチを避ける。



 アルスは必ず最初に正面からの顔面パンチしか打ってこない為、初撃の攻撃は運良く避けれたが次はない。



(まっず)



 最早風圧だけでやられる相手だ。



 どうにか策を練らねば数秒を待たずに死ぬ。



「待てアルス!!」

「ん、待つ」



 アルスは待った。



「お、俺様は今魔力も体力もない。今お前の求めるような戦いは出来ないぞ!!」

問題ないモーマンタイ。じゃあ続けよ」



 ポキポキと指を鳴らすアルス。



 完全に狂戦士バーサーカーと化している。



 だっておかしいから。



 口から白い息吐きながら目が真っ赤に光ってる奴は完全にヤバいから。



「てかおかしくないか?原作のアルスはもっとこう……武士道ってわけじゃないが、相手が弱ってる時に嬉々として戦う程じゃなかったはずだが」



 まぁ最早ゲームの頃と同じ感覚になってる方がおかしな話だが、そこまで人格変える程俺が影響与えたとも思えないしな(自覚なし)。



 そんな俺の疑念を抱く時間すら



「じゃあ行くから」



 彼女は与えてくれない。



「……こうなったら」

「こうなったら?」

「観客攻撃して試合中止にするか」

「クソ外道だぞ。そんなこと我が許さないからな」



 俺はまるで死刑囚のように、いつ来るかも分からない攻撃を待つだけとなった。



「勘で避けてみるか?アッハッハ、何の冗談だよ。アルス相手に勘なんて一番分の悪い賭けだろ」

「アクトが壊れちゃったぞ」

「じゃあどうすればいいんだ?アルスに勝つなんて無理に決まってるだろ」

「……なんだかアクト、昔に比べて変わったぞ」

「どこがだよ」



 俺としては変わった覚えはない。



「いや、我としては良い変化だと思うぞ」

「だから何だよそれ」

「……自分でも、もう気付いているんじゃないか?」

「はぁ?」



 なんだよルシフェル。



 お前はミステリアス系のキャラじゃないだろ。



 そもそも昔と変わったって、俺のどこが変わったんだ?



 一つは……まぁ強さだな。



 最初とは比べものにならないくらい強くなった。



 あの時は弱いながらも色々と工夫してたな。



 最近は力でゴリ押しばっかだし。



 あとは……知識が通じなくなった点とかか?



 その場その場でのアドリブ力が試され始めている気がする。



 まぁそれも全部パワーで解決してるが。



 帝国に行ったら、もっと融通が効くんだろうな。



 それと……メンタルが安定して気がする。



 始めは必死なことばかりだったが、近頃は考えることが少なくなった。



 死にたいばかりだった俺が、今じゃ……今じゃ……



「何を……考えているんだ……」



 落ち着け。



 考え直せ。



 俺はいらない存在だ。



 俺はこの世界にそぐわない人間だ。



 何を勝手に生きようとしている。



 誰が生きていいと決めた。



 そうだ、俺は



「ルシフェル」

「む、少し嫌いなアクトになっちゃったぞ」

「そう言うな」



 思考が澄み渡る。



 やはり便利だな



「自分の命を駒として考えるやり方は」

「まだ、目を逸らすのね」



 突然現れたアルスの攻撃を



「確かに俺様じゃ間に合わないが、ルシフェルなら対処可能だぜ?」



 まるであの日のように、黒いモヤモヤがアルスの攻撃を止める。



「魔力はないと聞いたはずだけど」

「戦いで敵の言葉を信じてんじゃねーよ」



 俺は剣を振る。



 当然アルスには当たらない。



「ルシフェルの魔力の源は負の感情だ」



 つまりは



「俺様の気分が滅入れば、魔力は回復する!!」

「ちょっとだけだぞ」



 そう、あくまで時間稼ぎ程度のものでしかない。



 だが今は



「その時間稼ぎこそが満点」



 アルスの乱打が始まる。



 それらを全てルシフェルは捌く。



「おいおいどうしたアルスさんよ!!俺様に指一本も触れられてねぇぜ!!」

「……」



 勿論アルスは手加減している。



 あまりにも速く動き過ぎてしまえば、そのスピードだけで周囲を半壊させてしまう為である。



 この武闘大会のフィールドは、ある意味でアルスの枷となっている。



 その上、彼女はインパクトの瞬間攻撃の威力を弱めなければいけない。



 でないと俺が死ぬから。



 そんな様々な要因が重なることで、俺はアルスの攻撃を紙一重で凌いでいるわけだが



「……うざったい」



 アルスが動きを止める。



「はい、分かりました」



 すると何かを理解したエリカが結界を張り直す。



「ギア……上げるから」

「そりゃやばいな」



 加速する。



 今まで一発だった攻撃が二発、三発と増えていく。



「そろそろまずいぞ」

「分かってる」



 魔力も切れかけ、今は無理矢理俺の中の魔力を吸い上げているがあと数秒でおそらく俺は気絶する。



 だからこそ見逃さない。



 逃げるのではなく



「勝ちへの一手を」



 そして決着は訪れる。



 だがその決着はあまりにも意外な結果だった。



「アクト」

「なんだ」

「なんか……ごめん」

「なんだ急に?」



 突然謝るアルス。



 一体どうしたのだろうか。



 次のアルスの攻撃が来た瞬間こそが勝負の瀬戸際だと判断していた俺にとって、アルスの行動はあまりに不可解であった。



「じゃあ……うん、終わらせる」



 なんだか歯切れの悪いアルス。



 そしてまたもや超スピードで姿を消す。



 俺には見えないが、ルシフェルにならその姿が



「あ」



 そしてルシフェルは驚いた後すぐに



「アクト」



 軽く笑い



「負けたぞ」

「どうした急に」



 さっきから二人は何を言って



「この剣」



 そして目の前に現れるアルス。



「使用者の魔力を吸いつつ、魔法を打ち消す効果がある。だから実用性は無いって話だけど」

「……」



 アルスの手に握られていたのは



「魔力はあって魔法の使えない私からしたら……デメリット無し?」



 そう、例の銅像が持っていた魔法を斬る剣そのものであった。



「ずるくね?」

「うん……だからごめん」



 そしてアルスは驚く程ゆっくりと剣を振り



「……」

「……」



 俺の結界は破壊された。



「本気を出さないのも……違うかなって」

「まぁ……そうだな」

「多分、何か作戦があったんでしょ?」

「一応……な」

「そっか」

「そうだな」

「……」

「……」

「なんかごめん」



 こうして俺はあまりにも呆気ない黒星を飾ったのだった。



 いや……うん、何も言わないでおこう。



 なんだかそっちの方がいい気がする。



「そ、それよりも結果だ!!」



 だ、大丈夫だ。



 俺の上に行くには桜とリーファはあの二人、カーラとリアに勝たねばならない。



 そして万が一にもその結果は訪れない。



 そうだ、万が一にも……億が一にも……



「なんで……だよ……」



 ユーリ 2P

 カーラ 2P

 リア 0P

 桜 0P

 リーファ 0P

 ソフィア -1P

 俺 -1P

 銅像(アルス) -2P



 そして、俺は見事に準決勝へと進めなかったのであった。

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