第172話
<sideアルス>
「アルスさん……で大丈夫でしょうか?」
「ん。そちらは聖女様で大丈夫?」
「エリカでいいですよ」
「そう。じゃあエリカ」
「はい」
花のように笑う聖女様。
普通無礼だと言われてもおかしくないはずだけど、そんなことは気にしていない様子。
むしろどこか嬉しそう。
「聖女様がこんな場所歩いてていいの?」
「まぁ少し野暮用でして。それに、英雄アルスさんこそこんな場所に居ていいのですか?」
「……少し野暮用があるから」
「ふふ、そうですか。一緒ですね」
なんだか手玉に取られている気分だった。
まずい、このままではかの何でもお見通しアルスちゃんの名を汚してしまう。
まぁそんな称号聞いたこともないし、どうでもいいけれど。
それよりも気になることがある。
(あの心優しい聖女様にしては、なんだか意外ね)
悪意はないけれど、まるで遊ぶように相手を揶揄う仕草は私のイメージする聖女像とは離れている。
頭の成長と心の成長が追い付いていないような、そんな感覚。
彼女の態度は多分
「何か思い残すことでもある?」
「!!!!」
「……勝った」
ドヤった。
別に何も分かっていないけれど、それっぽいことを言ったら核心に触れた気がする。
私分かってますよ感を醸し出す力に関して、私の右に出る者はいない。
「アルスさん、占いとか得意そうですね」
「的中率70%くらいならいける」
そんな占い師アルスが占ってみる。
聖女という存在は必ずしも民に対して貢献する必要はない。
聖女という力こそが、この世界で重要視されるものだから。
にも関わらず、目の前の彼女は民に愛されようと……いや、人々に何かをしようとしている。
だけど彼女の本質はそんな善人ではない。
ユーリのような無償の愛ではない。
もっと俗物的なもの。
では何かと問われたら、私の持っているピースでは決しては答えには辿り着けない。
ならば言おう。
突拍子もない、適当で根拠のない答えを。
「償い?」
仮面に僅かなヒビが入った。
「アルスさん本物ですか?」
エリカは驚いた表情をする。
私も内心驚く。
適当言ってるだけなのに。
「償いきれない過去。だけど何か行動しないと自分で自分を許せない。そんな人生に囚われている」
「……全く持ってその通りです」
全く持って意味が分からない。
一体彼女は何を背負っているのか。
触れない方が良かったのではとさえ思えてくる。
だけど
「占い師からの助言」
私にも一つだけ分かることがある。
「救われる準備はしとくべき」
彼女はきっと、助けなければいけない人間だと。
私の嫌な予感レーダーが強烈に働いているこの先に、飛び込む存在はきっと彼以外あり得ない。
そして彼ならば必ず成し遂げる。
このどうしようもなく不器用な私を救ったように、聖女はきっとエリカとして救われる。
だから心の準備は大事。
伸ばされたボロボロの手を取るには勇気がいるのだから。
「……アドバイスありがとうございます。それにしても、面白い話ですね。出会ってすぐにこんな話になるなんて」
「そう?私はよくこうなる」
「アルスさんには不思議な魔力があるのかもしれませんね」
「私は魔法使えないけど?」
「あ、ごめんなさい。そのような意味で言ったわけではなく……その……」
「ん、分かってる。ちょっとした意地悪」
「あ」
するとエリカはどこか難しい顔をしながら
「なんだか負けた気がします」
なんだかまた勝ったようだ。
敗北を知りたい。
さて、完全勝利したところで
「言って」
「言うとは?」
「何か私に用事があるから声を掛けた。違う?」
「アルスさんは何でもお見通しなんですね」
「そんなことない」
実際今までのことは何も分かっていない。
強いて言うのならば、エリカって名前どこかで聞いたことあるなーくらいである。
そう確かそれは
「それでは遠慮なく尋ねたいことが」
エリカは真面目な顔で
「真さんは見つかりましたか?」
『僕、好きな人が出来たんだ』
『ごめんなさい』
『えぇ!?いやアルスもとても魅力的だけど、僕には友達以上の感情はないよ』
『あらよかった。これで真の心が折れたらどうしようかと思ったわ』
『そこまで軟弱じゃないと言いたいけど……ううん、僕は本当に情けない男だよ』
『そうね』
『否定して欲しかったな〜』
真は乾いたように笑う。
『それで?』
『それでって?』
『好きな人。桜?ユーリ?リーファ?』
『ううん。多分アルスの知らない人』
『真。知らない人の恋バナ程つまらないものはないのよ?』
『ご、ごめん。でも……アルスには知っていてもらいたかったんだ』
『真?』
『僕の好きな人の名前はエリナさんって言うんだ』
愛おしそうに、悲しそうに真はその名を口にした。
『もし……もし僕に何かあった時は、アルスに彼女を守って欲しいんだ。僕の知る中で、一番頼りになるのがアルスだからさ』
真の言葉にアルスは
『無理ね』
瞬時に断った。
『好きな相手は自分で守りなさい。それが王子様の仕事よ』
『でも僕はアルス程強くは……』
『そんな粗末なことは考えないでいいわ。大事なことは心の在り方よ。それに』
アルスは笑う。
『お姫様は無理だけど、友達の前に現れる敵くらいなら、私が蹴散らせてあげる』
『……ハハ、それなら安心だね』
その時見せた真の表情に、アルスが……私が気付くことは無かった。
「……見つかっていないわ」
「そう……ですか」
エリカは悲しそうな表情をする。
だから私は躊躇いなく
「好きなの?」
「…………ん?えぇ!!!!」
今日一大きなリアクションをするエリカ。
もしかして当たり?
「ど、どうして突然そのようなことを?」
「心配そうだったから、恋仲なのかなって」
「ぜ、全然違いますよ。私と真さんはただの友人ですよ。ただ……」
エリカはそれ以上の言葉を飲み込む。
何か深い事情があることは容易に察せられた。
「ごめんなさい。少し馴れ馴れし過ぎたわ」
「いえ、これは私の問題ですので気にしないで下さい。私としても、いつか向き合わなければいけませんので……」
「……そう。私にはおそらく何も出来ないけれど、頑張れとだけ言っておくわ」
「ありがとうございます。アルスさんは優しいですね」
「そうよ」
「褒め言葉をそこまで受け入れる人間を始めて見ました」
「事実だから」
エリカはそんな私を見て笑う。
やっぱり、この子供のような彼女こそが本当のエリカなのだろう。
「私はもう行くわ」
「とても有意義な時間でした。機会があったらまた是非」
「ええ」
私は取り出した車椅子に座る。
「今度はもう少しお腹の中を見せ合いながら話ましょ」
そう言って私はクールに去るのだった。
◇◆◇◆
それからの出来事は特に語ることはない。
私は家に帰って寝ただけだから。
「なにそれ」
次の日の朝、私はとある物を目にする。
「おはようございます、アルス様」
「それは何?」
「これはですねーー」
「嘘ついたら殴るから」
「……あはは、分かりました。これは国の上の方に依頼された物で、ダンジョンで発見された自律型のロボットを量産したものです」
「用途は?」
「実力を測る為だそうです。本日の武闘大会でもこれが活躍する姿を見ることが出来ると思いますよ?」
「ふ〜ん」
そして暫く沈黙が流れ
「というのは建前でして」
事実が暴露される。
「兵器ですね」
「ん、知ってた」
「もし答えてなかったらどうなっていました?」
「立ったまま地面との熱いキス」
「両親に正直に生きるよう言われて正解でした」
冷や汗は流しているが、それ以上の感情は出さない男。
死ぬ覚悟はとっくに出来ているのだろう。
まるで彼と同じように。
「これ以上は一応守秘義務ですので、アルス様にもお伝え出来ません」
「それ以上は聞かなくても分かるわ。この国といい、彼といい、あいつといい、何考えてるのかさっぱりね」
深くため息を吐く。
「あいつに言っておいて」
「なんでしょうか?アルス様からあの方に伝言など久しぶりですね。きっと喜ばれると思いますよ」
「そう。じゃあ分かりやすく吉報を伝える」
私は丁寧に中指を上げ
「そろそろ復讐するから」
逃げんなよクズ野郎
「って」
「……承知しました。デートのお約束ということですね」
「そうね。おススメの冥土喫茶でも招待するわ」
私の問題は私が解決する。
アクトにもう大丈夫だと、教えてあげる為に。
もう私達は自分で立てると、証明する為に。
「それにしても」
私は例の兵器を覗き込む。
「この中って……意外と広いわよね?」
「そうですね。アルス様程小柄であればすっぽりと入る程度には」
「そう。じゃあ私ここで二度寝するから、学園までよろしく」
「……へ?」
そして
「私が生まれたってわけ」
「もうツッコまんからな」
舞台は現時刻へとたどり着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます