第171話
<sideアルス>
「アルス〜」
一時間程したら桜が到着した。
「お疲れ様」
「はいこれ、出来立てとは程遠いお弁当」
桜は私の手元に袋を乗せる。
僅かばかりの重みと温かみを感じながら
「じゃあ一緒に食べよっか」
桜はそう言った。
◇◆◇◆
「大会、間に合わないわよ?」
「大丈夫大丈夫。さっきユーリに確認したら自分の試合までに来たら問題ないって。それとアルスはシード枠だから、今日は来なくていいって言いに来たんだ」
「シード枠?」
そんな制度があるなんて聞いていない。
「私は戦いたいのに」
「相変わらず戦闘狂だねぇ。まぁ参加は難しいっぽいよ。色々と思惑があるっぽいよ?私はよく知らないけど」
桜はそう言いながら卵焼きを私の口元に近付ける。
私はそれを一口で食べる。
「美味しい?」
「毎回聞かなくても、私は桜の料理は全て好きよ?」
「でも聞きたくなっちゃうの。ダメ……かな?」
「……いいえ」
私も桜も、もうこれといって大きな因縁など無い。
誰よりも幸せで、誰よりも自由の身であるのは今の所私達だけ。
だからこそ
「ストップアルス」
「何?」
「ううん。別にいいんだけどさ」
桜は困ったように
「アルスは強過ぎるね」
「……?ええ、強さだけなら誰にもーー」
「そうじゃなくてさ。心が強過ぎると思うんだ」
どういう意味だろう?
「……ごめん。特に深い意味はないんだ」
「いいえ、続けて」
「……アルスってさ、今も研究所に住んでるんでしょ?」
「そうね。お金に困らないし、私の力にある程度耐えられる衣服を作ってくれる点で言えば、これ以上ない程良い場所ね」
「うん。私もアルスが納得してることは知ってる。でもさ」
桜は気まずそうに
「大丈夫……なの?」
場にそぐわない感情に
心配そうに私を見つめる桜が、どうしても愛おしく見えてしまうのだ。
「やっぱり私は桜が好き」
「もぉ〜、はぐらかさないで〜」
「問題ないわ。別にあいつの思い通りになる気なんてないから」
「でも、相手は強いよ?」
まさしくその通りだろう。
だけど
「私も強いわ」
だから負けない。
既に決着が決まっている戦いに、私は心配も杞憂もしない。
それを人は
「油断」
そう口にするだろう。
それにより敗北をした者が、最弱の相手に負けてしまうような最強もいる。
だけどそれは間違いだった。
最強とは力だけじゃない。
心も伴ってこそ、真の強さなのだ。
だから今の私は
「安心して、桜」
心配させないように
「私は負けない」
桜へと、遠くても感じ続ける彼へと送る。
私の人生に黒星をつけていいのは彼だけ。
その称号を、そんな不名誉で大事な称号を、私は持ち続けたいから。
「だって私は」
笑う
「最強だから」
嘘偽りない答え。
そんな言葉に桜は
「……プッ」
吹き出すように笑った。
「似合わな〜い」
「そう?」
「うん、でも嬉しい。私の為にカッコつけてるのは知ってるけど、アルスがそう言うなら信じられるや」
桜は呪いが解けたようにいつもの雰囲気に戻る。
「ごめんね、私って時々ナイーブになるから」
「いいの。何かあったらまた相談してくれると嬉しいわ」
「ありがと」
桜は優しい。
だけど同じくらい冷徹な人間でもある。
どちらかと言えばアクトや私と同じタイプ。
敵だと判断したのなら、躊躇いなく残虐な手段を講じる。
自分の身を犠牲にする道を簡単に選ぶ。
頭では分かってるけど、体が言うことを聞かない。
他人に強要するくせに、自分はそれを守らない。
そんな人間。
誰も望んでいないのに、勝手に暴走する。
なればこそ
「アクトにも同じ土俵にまで上がってもらわないと」
「一番大変そうだけどね」
桜は乾いたように言いこぼした。
「本当に大変。無茶ばっかりして、誰の助けも借りずに、いっつも一人で悩んで解決して。それで誰が『ありがとう、あなたに興味ないからさよなら〜』なんて出来ると思ってるのかなぁ?」
「今愚痴を言っても仕方ない。それが彼の生き方だったのだから」
「ぶ〜、ムカつく〜。でも好き〜」
桜は悔しそうに、それでいて嬉しそうにアクトの話をする。
「……いつか、お互いの持ってる秘密なんて全部吐き出してさ。みんなで笑える日が来るのかな」
桜は寂しそうに話す。
きっとそこには、アクトに、私達、それから名前も知らないまだ見ぬライバル。
それから
「ええ、きっと大丈夫」
真も揃って。
みんなで笑って、そんな日々がいつか
「……行こっか」
桜は立ち上がる。
「学園、久しぶりだね」
「ええ」
私が手を前に出すと、桜は恥ずかしそうに胸の中に入る。
「背中じゃダメ?」
「いいけれど、こっちの方がロマンチックでしょ?」
「最近のアルスはなんかイケメン過ぎ」
そのままお姫様抱っこする形で
「舌、噛まないでね」
空へと飛ぶのだった。
◇◆◇◆
「随分と遅かったじゃないか、二人とも」
学園に着いて最初に出迎えたのはユーリペンドラゴであった。
「ごめ〜ん、可愛くて」
「可愛いことが罪に問われるのなら、二人は今すぐ牢屋送りだな」
「も〜ユーリったら。私達が世界一ウルトラスーパー可愛いなんて褒め過ぎ!!」
「それはすまなかった」
桜の軽口を丁寧に対処するユーリ。
私も彼女も口下手だけど、桜のお陰で少しずつ人付き合いが得意になった。
果たして桜のペースに合わせることが正解かは分からないけど。
「ところで桜。もう既に試合は始まっているが大丈夫か?」
「えぇ!?待って待って、まだ時間は余裕があるはずでしょ!!」
「実はだな」
ユーリは説明する。
みんなが無双して試合時間が一気に短縮したと。
私はしっかりと一人ずつ倒したから悪くないと。
「理由はこの際どうでもいいや!!とりあえず試合に急がないと!!」
「あぁその前にこれを」
ユーリは私と桜に制服を手渡す。
「私もう持ってるよ?」
「私も」
「これはマーリン家の最新技術が搭載されたものだ。今回の武闘大会では制服に張られた結界が破壊することが勝利条件となっている」
今までぼ大会は怪我人が多く、とても一般に公開することは難しいとかなんとかユーリは言っていた。
「すごーい!!」
桜はウキウキで新しい制服に身を包む。
時間が無いことを完全に失念しているように見えるけど、きっと気のせい。
「制服を脱いだら反則負けだ。気を付けてくれ」
「そんなバカな人いないって。じゃあ二人共、私行ってくるね」
そう言い残して桜は走り去ってしまった。
「最近調子はどうだ?」
「まぁまぁ」
苦笑しながら桜を見送ったユーリは、私に何気ない会話を振る。
「そっちは?」
「私は……私もまぁまぁだ」
「そっか」
「ああ」
会話は途切れる。
私達二人じゃ流石に会話は長く続かない。
普段は騒がしい桜や、天然ボケのリーファがいる為話は無限に続く。
あとアクトがいたらその盛り上がりはもっと上になる。
その時間が私は好きだ。
では今の無言の時間が嫌いかと問われれば、そうでもない。
ユーリの近くにいると、安心感というか、優しい温もりのようなものを感じる。
それはまるで
「昔、道端にいた犬みたい」
「ん?何の話だ?」
ユーリはキョトンとした顔をする。
「ユーリはこんなところで何をしてたの?」
「ある程度仕事が終わってな。今は念の為周囲を警戒していたんだ」
「でも、今回は聖女様がいるって聞いたわ」
「その通りだ。あの方の力をみくびっているわけではないが、同じくらい私は邪神教を警戒している。用心を重ねることに越したことはない」
相変わらず誉れ高い精神を持っている。
私にはこんな考え出来そうにない。
「アクトに会いに行かなくていいのか?」
分かりやすく話題を変えたというか、ユーリは日常会話の一部として尋ねてくる。
「ううん。アクトにはサプライズをするから。まだ会えないわ」
「アルスはそういったことが好きだな。私は不器用でな、正面きっての行動くらいしか出来ん」
「そうなの?」
なんだか違う気がする。
ユーリは多分、無自覚で相手の裏を突くタイプだ。
ギャップ萌えとかそんな感じ。
「無自覚天然タラシ」
「それは……アクトのことか?」
「無自覚怖い」
ユーリはよく分からなそうに首を傾げる。
するとユーリは何か無線のようなもので連絡を取る。
「すまないアルス。呼ばれてしまった」
「こちらこそ、時間奪ってごめん」
「構わないさ。こうして息抜きする時間が出来ただけでも、仕事の効率が上がるというものだ」
やっぱり当主は凄いなと思いながら、ユーリを見送る。
さて、唐突に空白の時間が出来てしまった。
アクトへのサプライズの内容でも考えようとしていると
「こんにちは」
「……ん、こんにちは」
野生の聖女に出会った。
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