第168話

 何かが俺の中で起きている。



 曖昧な言い方だが、それ以外で答えようもない。



「何かに乗っ取られた……わけじゃない気がする」



 先程の自分の姿を映像越しに見る。



 言動は俺とそっくりどころか、まるで俺そのもの。



 けれど違う部分もある。



 例えばだが



「動きが洗練されてるぞ」



 膝の上に乗ったルシフェルが俺の代わりに呟く。



「アクトのようなへなちょこの剣技ではなかった。ユーリとやらや、アクトの妹に負けずとも劣らない力だったぞ」

「へなちょこは余計だよ」



 だがルシフェルの言う通りだ。



 この動きは一朝一夕で出来るものではない。



 長年の研鑽が垣間見える技術を、俺の知らない俺が使った。



「五億年ボタンか?それともドッペルゲンガーとかか?」



 摩訶不思議な現象に、さすがの俺も白旗を上げる。



 こりゃどっかの神様にでも聞いた方が早そうだ。



「我も神ぞ?」

「じゃあ何が起きたか分かるのか?」

「アクトが分からないことが我に分かるはずないぞ。そんなことも分からないのか?」



 何故か逆ギレされてしまう。



 でも何も言い返せなかった。



 だってルシフェルは馬鹿だから。



「はぁ……結局分からず終いだな」



 大きなため息が溢れる。



 やはりいっそ、俺が死んだが楽な気がしてきたな。



「……いや、切り替えろ俺」



 軽率な判断をするな。



 大事なことは彼女達の幸せ。



 楽な道を選ぶ時は全て終わった後だ。



「よし、行くぞルシフェル!!」



 とりあえず俺は今ある問題に取り組むことにした。



 確かにこのまま放置するわけにはいかないが、それでも目の前のことに集中することは大事だ。



 ここで勝って、カーラとの約束を勝ち取る。



 今はそのことだけを考えろ。



「さて、最終決戦の幕開けだ」



 ◇◆◇◆



 現在のポイントを並べると



 ユーリ 3P

 カーラ 3P

 リア 1P

 俺 0P

 桜 −1P

 リーファ −1P

 ソフィア −2P

 謎 −3P



 となっている。



 多少……いやかなりの誤算はあったものの、点数自体は概ね予想通りの結果となった。



 見て分かる通り、ここで俺が引き分け以上を手にすれば俺は準決勝まで上がることが出来る。



 しかも、もし負けたとしても俺を越すことが出来る桜とリーファの対戦相手はカーラとリア。



 予選で桜はカーラに勝ったものの、二度目はそうはいかないだろう。



 カーラも桜の強さに敬意を払い、間違いなく本気で戦う。



 リアとリーファも流石に現段階ではリアの方が強さのランクは数段上だ。



 つまり



「俺の勝ちは決定事項というわけだ」



 結果の見えた戦い程楽しいものはない。



 何故なら俺が勝者だと分かっているからだ。



「なんだか色々とアクシデントばかりだったが、終わりよければ全てよしだな」



 俺の前に立つ銅像に向かって話しかける。



 勿論返事はない。



 ただ無機質に、戦いの合図を待つ様はどこか武人のように俺は感じた。



「さて」



 俺は銅像の姿をもう一度確認する。



 やはり目立つのは、その手に持つ二本の剣。



 あれはどうやら魔法を斬ることが出来るようだ。



 その為、奴を倒す方法はフィジカルで殴り殺すしかない。



 ちなみにカーラは普通に魔法で破壊してた。



 あれは知らん。



 魔法特化のリーファや、火力不足のソフィアなどはあれと引き分けたようだが、俺は違う。



 ことフィジカルに関しては俺はかなりの高水準をいく。



 それなりの一撃が入れば、俺はあれに勝つことが出来るだろう。



 だが



「そりゃ間違いだ」



 そう、この攻略法は正しくない。



 今一度思い出して欲しい。



 俺の勝利条件。



 それは



「試合開始です!!」



 キナコの声を共に俺は



「逃げるんだよ!!」



 銅像に背を向けて走り出す。



「な、何をしてるんだぞ!!」



 ルシフェルもたまらず声を上げる。



「何って逃げてるんだ。別に俺はあれに勝つ必要なんてないからな」



 そう、引き分けでいいのだ。



 いくらフィジカルで勝っていようと、魔力がない俺じゃあれに負ける可能性がある。



 敗北は俺が最も取ってはいけない選択だ。



 逆転の余地を残してしまう。



 だから逃げる。



 尻尾巻いて逃げるのだ。



「制限時間は10分だ。その間に、あの鈍足から逃げるのなんて容易い」



 プログラムでもされているのだろうか。



 銅像は俺の後ろを真っ直ぐと追いかけてくれる。



 普通なら壁に追い込まれてしまうが、やつの動きはあくまで追尾。



 俺の体力が尽きるまでは決して捕まることはない。



「な、なんか卑怯だぞ!!」

「卑怯もクソもあるか。元々俺は世紀の大悪人アクトグレイス。逃げようが隠れようが、これ以上評価が落ちることはない」



 ならば精一杯外道に堕ちよう。



 それこそが俺の信じるラスボス道なのだから。



「絶対後で痛い目見ると思うぞ」

「おいおいルシフェル。もしかしてだが神様が見てるとか言い出すんじゃないだろうな?そんなスピリチュアル俺は信じねぇぞ」

「だから我がその神だぞ!!」


 こんな談笑しながらでも、銅像が決して俺に追いつくことは出来ない。



 今までとは違い楽で楽で仕方ないな。



「結局あれはなんなんだろうな」



 魔法を切り裂く剣。



 機械かのように動く銅像。



 しかも何度壊されても代わりはある。



 量産されている……と考えた方が納得がいくな。



 ん?



 量産?



 何かがおかしい。



 キーワードは既に揃っているはずだ。



「……帝国、最強の部隊、偽物」



 ああ、なるほど。



「兵器か」



 全く紛らわしい。



 シウスの野郎、そうならそうと速く言えばいいのに。



 しかもあの剣、おそらく彼女の力の模造品か……



「なーんか、ムカつくな」



 足を止める。



 後ろを向くと、殺意に満ちた目がこちらを見ていた。



「そろそろあいつ潰した方がいい気がしてきたな」



 俺は剣を握る。



「ふぅ〜」



 集中する。



 感覚を思い出すのだ。



 魔力の使い方は慣れている。



 あとは引き出すだけでいい。



 胸の奥から熱い液体が全身に巡り、腕から手のひらへと流れる。



 あとはいつも通りだ。



 いつも通り



 殺す気で



「死ね」



 殺意を持って振り下ろす。



「なんだ……今の……」



 バラバラになって砕け散る銅像。



 何故かは分からないが、俺はこれに敵意を抱いた。



 勿論シウスが作った物と考えるだけで胸クソ悪いのだが、そうじゃない何か。




 俺はこれを知っている。



 見て、戦って、失って、壊した。



 何度も何度も戦い、消し去った。



 ゲームでも見たこと無いはずのこれを、俺は何故か知っている。



 許しがたい程の執念を、俺はこいつに抱いている。



『助……けて……』



 誰かの声が聞こえた。



 もう届かない声が聞こえた。



「待て!!行かないでくれ!!」



 自然と言葉が出てきた。



 涙が溢れ、目の前の世界が揺らぐ。



『どうして……どうしてこんなことに……』

『ごめん××。私があんなこと言わなければ、××を残していかなかったのに……』

『もう喋るな。傷口が広がる』

『ねぇ××。最期のお願いを聞いて』

『最後じゃない。君はこれから何度もお願いするんだ。いつもみたいに』

『それじゃあ私が我儘みたいでしょ?』

『そうだよ。我儘で、生意気で、直ぐ口に出して、みんなを引っ張って、気にかけて、前を向いて……』

『……××、お願い。手を握って。最後はあなたの胸の中で』

『い、嫌だ。まだ死んじゃダメだ!!生きて、生きたら何度だってその願いを叶えるから!!だから!!」



 歯を食い縛る。



 覚悟を決め、消えゆく命の灯火にそっと手を伸ばす。



 だが触れるのは無。



 何もない。



 そこにかつて存在した命の鼓動はもうーー



 プニッ



「ん?」



 伸ばした手に、命の感触が伝わる。



「んん!?」



 俺は涙を拭い、もう一度目を見開く。



 崩れた銅像の中から人影が現れた。



「ん〜、よく寝た」



 大きな欠伸を披露し、体を伸ばす。



 赤い髪が解放されたようにフワリと花開き、俺の世界は彩を取り戻した。



 てかいや、そんなんどうでもいい。



「何……やってんの?」



 誰もが知る英雄。



 誰もが認める美貌。



 美しく、儚く、可憐で豪胆で勇敢で制御不能。



 その白く冷たい手はしっかりと俺の手を握る。



 そして彼女は表情一つ変えずこう言った。



「勝負しましょ、アクト」



 やはり全てを台無しにするのは、いつだって最強だった。

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