第167話
謎が謎を呼び、もうどうにでもなれ的な気分になってきた俺。
ちなみにカーラは取り調べを受けたのだが、俺が何もなかったと主張すると、事なきを得た。
ちなみに法的処置を取るのはグレイス家の為これからも色々と助けてもらう自信しかない。
そんなわけで武闘大会は変わらず試合は続く。
そして俺は未だに頭を抱えた状態で、処刑台へと足を運んだ。
「……大丈夫?」
対戦相手のリーファは心配そうに尋ねる。
「気にするな。というよりお前の方こそ顔色が悪そうだが?」
「いや私の方も気にしないで……ただ少しだけ、悲しくなってるだけだから」
「……そうか」
ここまで気力の乗っていない試合は初めてかもしれない。
「あ」
「始まったな」
試合が始まる。
「その……もうアクトって魔力ないんだよね?」
「そうだな」
「そっか……」
沈黙が走る。
非常に気まずい。
試合の結果が見えてるだけに、どうにもやるせない気持ちになる。
しかもここで俺がカッコよく降参でもしたらいいのだが
「降参……する?」
気を遣うリーファ。
だが俺は知っている。
現在リーファは勝率驚きのゼロ。
別にリーファが弱いわけじゃない。
ブラコンやら吸血鬼やら武家生まれの奴らが頭おかしいだけ。
むしろそういったものとは一切無縁で、しっかりとした教育を受けていないリーファは誇ってもいい。
だが、それを言い訳にする彼女じゃないだろう。
おそらく彼女は自分の力不足を実感している。
これから凄まじい速度で成長していくのだろう。
でもそれは今じゃない。
今はまだ、みんなの一歩後ろに立っている。
「……勝ちたかったなー」
魔力のない俺に勝ったところで、リーファは決して満足しない。
そんなものを勝利とは認識しない。
だから
「なぁリーファ」
「どうしたの?」
「行くぞ」
「え?」
俺は剣を抜く。
リーファもルシフェルも驚きの声を上げる。
「ま、待ってよアクト。それじゃあアクトが恥をかくだけで」
「負けるのが怖いのか?」
「……ホント……馬鹿だね、アクトって」
リーファはしょうがなさそうに構える。
「なんでそんなに優しいかな……」
俺はリーファに突撃する。
タネも仕掛けも魔力もない、ただの攻撃。
リーファはそれを簡単に受ける。
魔力が無いとそんなもんだよな。
「ねぇアクト」
「なんだ」
俺は何度か攻撃を繰り返す。
だが、どれもこれもリーファの脅威には決してならない。
それでも続ける。
一矢報いる為に。
「私はどうしたらいいのかな?」
「なんだ急に」
リーファはどこか物思いに耽る。
「私ってみんなに色々と助けてもらってばかりなんだ。本当に沢山、どう返したらいいのか分からないくらい」
「返すって、あいつらがそんなこと気にするような人間に見えるのか?」
俺の言葉にリーファはやれやれと首を振る。
桜の癖が移ったみたいだ。
「アクトこそ何言ってるの。恩返しっていうのは、感謝の気持ちをただ返したいだけ。例え相手が見返りを求めていなくても、それでも渡したい気持ちっていうのがあるんだよ」
「そういう……ものなのか?」
「そういうものだから」
少し俺には難しい。
俺は今までの人生であまりにも自分勝手に生きすぎた。
誰かに受けた恩を、仇で返すような人生。
それが俺の人生の当たり前で、それでいて自分が嫌いな理由でもある。
「俺様にアドバイスを求めるなら大間違いだな。恩返しとは最も遠い人種と言っても間違いないと自負しているからな」
「確かに、アクトってプレゼント貰うだけ貰ってお返しとかしなさそうだよね」
リーファは楽しそうに笑う。
何が面白いのか俺にはさっぱりだが、リーファが喜んでいるのならそれでいいや。
「ねぇアクト」
「今度はなんだ」
変わらずリーファに攻める気はない。
いつでも俺を倒せるという意味なのだろう。
「私、やっぱり行かない方がいいよね」
「……」
俺は動きを止める。
今この瞬間、俺の中には二つの自分がいた。
リーファは弱くないと示したい俺と、リーファには帝国へ行って欲しくないと願う俺。
そんな矛盾した心が。
「リーファ、お前は……」
「そもそも私はマロさんのお店を手伝わなきゃだし」
リーファは言い訳を並べる。
俺と同じく本音を飲み込むように。
「帝国じゃ亜人差別はまだあるから、私が行っても迷惑だろうし」
「……」
「私は常識も知らないからさ、きっと色々とやらかしちゃうし」
「……」
「み、みんなより賢くもないし、強くもないし、根暗で……いっつも助けてもらってばかりで……」
リーファはポロポロと涙を流す。
「私はどうしたら……みんなと一緒に歩けるの……」
そして俺の脳内に、とある映像が流れ込んだ。
◇◆◇◆
『どうして……どうしてみんないなくなるの……』
リーファは涙を流す。
『私のせいで、私のせいでみんな……』
『違う!!リーファのせいなんかじゃない!!』
××はリーファの言葉を否定する。
『ねぇ××。私は、どんな辛いことがあっても生きてこられた。自分が我慢すれば、それだけなら耐えられたの』
『リーファ……』
『でもね。大切なものが増えたの。沢山の大切なものが出来たの。それから毎日が楽しくて、楽しくて仕方がなかった』
雨と涙が混ざり、地面へと落ちる。
『そんな幸せが、今はどんどんこぼれ落ちていく』
リーファの手の中には水が溜まり、溜まり、そして手を離すと全てが無くなった。
『それが耐えられない。誰かの、誰かの痛みに私は耐えられないの!!』
リーファは叫ぶ。
『もし、もしあなたを失えば、私はきっともう……』
リーファは空を見上げる。
皆のいる空へと手を伸ばし
『どうしたら私は……みんなと同じ場所に行けるのかな?』
死の匂いを漂わせるリーファ。
それに向かって××は
『僕が君を救』
ズズ
『■が君を助』
ズズズズズズズ
『俺様が君を』
終わらせてやる
◇◆◇◆
「構えろリーファ」
「え?」
リーファにプレッシャーが襲いかかる。
「ア、アクト!!魔力を無理矢理引き出しちゃ危険だよ!!」
「黙れ!!俺様に指図するな!!」
「ア、アクト?」
まるで何者かに乗っ取られたかのような、もしくはアクトの中の何かが壊れたような、そんな何かをリーファは感じ取る。
「桜もダメだった。リアもダメだった。ユーリも、アルスも、みんなダメだった」
「アクト?」
リーファの目は確かに目の前の存在がアクトだと示している。
だけどあれはアクトじゃない。
アクトと同じ性格で、同じ見た目で、全部同じのはずなのに
「どうして……そんな悲しそうな目をするの?」
「俺様はダメだ。弱くて、無能で、何も救えやしない」
まるでリーファは鏡でも見ている気分だった。
「またダメだ。どうしてなんだ。何故一人なんだ」
アクトは頭を掻きむしる。
「ふざけるな!!俺様を縛るな!!彼女達を縛るな!!お前ら如きが見下ろすな!!」
叫ぶ。
リーファにではない。
まるで幻覚を見ているように、アクトは何かに向かって叫ぶ。
「……行くぞリーファ」
「待ってアクーー」
アクトの姿が消える。
だがリーファの目はギリギリそれを捉える。
「何か知らないけど」
状況は分からない。
分からないが
「今のアクト、少し嫌かも」
リーファは風魔法で空に浮く。
闇魔法しか使えないアクトではリーファへの攻撃手段は
「まぁアクトだしね」
「リーファの得意技はそれだったな」
アクトはリーファの行動を読んでいたように空へと飛ぶ。
「ダメでしょアクト。制服着けなきゃ負けって自分で言ってたよね」
「俺様じゃリーファには届かないさ」
会話はどこか噛み合っていない。
アクトの意識はまだどこかにある。
だが自爆しながら迫ってきたアクトは無防備。
「戻ってアクト」
リーファが魔法を打ち込む。
全力の一撃だ。
普段のアクトですら防ぐのは難しいこれを、今のアクトでは決して耐えられない。
だがアクトはそれを
「嘘……」
「おいリーファ、また癖になってる。そんな魔法じゃまた防がれるぜ」
ソッと剣で触れるだけで霧散させた。
「リーファは優しすぎるから、魔法を無意識で押さえ込もうとする」
リーファの放つ魔法を、アクトは次々と消滅させる。
「それによって力も減衰するし、その上ムラが大きいから少し弱点を突かれると簡単に魔法が瓦解する」
ペラペラと楽しそうに語るアクト。
だが直ぐに顔を歪ませる。
「違う、そうじゃないだろ。何故彼女達を戦わせるんだ。俺様が、俺様がなんとかしないと……」
アクトは必死に自分の中の気持ちに抗う。
そんな様子にリーファは焦燥感に駆り立てられる。
「アクト!!私、私を見て!!そんな誰かも知らない人じゃなくて、私と向き合ってよ!!」
「私を見てって、リーファはそこにいーー」
ズズ
「リーファが……そこに……なんで、なんでリーファがいるんだ。だってリーファは……アガッ!!」
アクトは頭を抑える。
そして現れる。
深く、暗く、非常で無慈悲でどうしようもない結末。
そして
「死ね」
突然リーファに向かって闇魔法を放つアクト。
「アクト!!」
リーファは理解する。
アクトは更に深い状態に移行したと。
リーファは全力でアクトの魔法を弾く。
この闇魔法、明らかに結界を破壊しリーファの命を刈り取ろうとしていた。
アクトがリーファに攻撃する。
それが普通ではないことはアクトを知る者からすれば明らかなものであった。
「ああ、ダメだ。こんなことダメなのに、他にみんなが助かるにはこうするしかないんだ!!」
アクトは発狂するように叫ぶ。
「アクト戻って!!」
「リ、リーファ」
アクトの悲しげな目と視線がぶつかる。
「俺様はもう……ダメなんだ。君を……みんなを……助けられる自信がもうないんだ……」
リーファにはアクトが何を言ってるのか分からない。
けれど分かる。
これもアクトなのだと。
本当は弱くて、ダメで、それで潰れてしまいそうなのもアクトなんだと。
だけど違う。
それは違う。
例え本物だろうと、本物を否定してやる。
だって知ってる。
リーファは知っている。
私は知っているのだ。
「アクトは絶対に、諦めたりなんかしないって」
アクトは一人じゃ進めない。
アクトだって人間だ。
必死に傷を隠してるけれど、それじゃあアクトは止まってしまう。
だから
弱い者同士
「一緒に歩こう?」
殺意がリーファへと向けられる。
これで二度目だ。
一度目はデモ団体の長をしていた者。
あの時は本気で人を嫌いになりそうだった。
でも大丈夫だった。
彼がいたから。
本気で私を思う彼がいたから。
そして二度目は私を救った存在。
私を、人にしてくれた恩人。
それが今、私を殺そうと目の前に迫って来ている。
だから私は
「ねぇアクト」
リーファは笑う。
「私はアクトを信じてる」
「死ねぇえええええええうぇえええええええうぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
アクトの全魔力を込めた一撃が、リーファに放たれる。
リーファはそれを黙って受け入れることにした。
例えこれで死んでも本望だと。
だけどそれ以上に
「戻って」
◇◆◇◆
目を覚ます。
長い夢を見ていた気分だ。
記憶は無いが、どうやら俺はリーファに向かって攻撃をしているらしい。
全く嘆かわしいことだ。
俺がヒロインに手を上げるなんぞ、一番やってはいけないことだろうに。
本当に俺はダメダメだな。
でも、まぁ最悪ってわけではないらしい。
「おりゃ!!」
俺はまるで自分の手足かのように魔法の軌道を変える。
あの魔力、ルシフェルのものじゃないな。
俺の体にまた何か変化が起きている。
俺が強くなると同時に、不思議な感覚というか、経験が俺の心を埋め尽くす。
だけどなんとなく
「悪い気はしないな」
そして俺は全てを力を使い切り、地面へと落ちる。
そんな俺を慌てて支えようとリーファがこちらに向かってやってくる。
気を失いそうな中、俺は最後に伝えるべき言葉を口にする。
「なぁリーファ」
俺は囁くように
「やっぱり君は強いよ」
そんな俺が最後に見た景色は
「もうそんなのどうでもいいよ、バカ」
涙を浮かべながら笑う、リーファの姿だった。
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