第164話

「ご、ごめんなさい」



 素直に謝るルシフェル。



「もう怒ってないから顔上げろ」

「本当に申し訳ないぞ」



 俺はもう完全に許しているが、ルシフェルは未だに申し訳なさそうに下を向く。



 そもそも最初から怒ってないしな。



 さすがに驚きはしたが、元々俺としてはルシフェルから無償の助力を得ているわけだ。



 それに対してケチをつけるなんて真似は俺には出来ない。



「アドリブ力で負けたな。完全にソフィアの領域に持って行かれたな」



 最初は俺が乱す予定だったが、ソフィアの立ち回りはむしろ俺を大いに混乱させた。



 あの瞬間互いに用意していた策は全て捨てた。



 そして始まったのは化かし合い。



 俺の中で止まっていたソフィアと、前に進んでいたソフィア。



 この認識のズレによって勝負は決した。



「あークソ!!やっぱすげぇな!!」



 甘く見てたわけじゃない。



 でもこうして相対すると実感させられる。



 リアもソフィアもやっぱり凄い。



 俺とは全然違った、本当に眩しい存在だ。



「惚れ直すだろ、こんなの」



 ああ凄い。



 本当に凄い。



 俺なんかとは比べ物にならない存在だ。



 でも違うだろ、アクト。



 俺がいくら凄くなくても、俺達は凄いんだ。



 そこを蔑ろにするなんてお前らしくないよな?



「ああ、全くもってその通りだ」



 彼女達は凄い存在なのは知ってる。



 俺がただの凡人だとも知ってる。



 でも、俺達は普通じゃない。



 俺達なら絶対に、彼女達にも届き得る。



 俺のことはいいんだ。



 こんな世界のゴミは世界から消えてしまえばいい。



 でも残したい。



 俺達の道は残したいんだ。



 俺という存在がどれだけちっぽけだろうと、俺とこいつの物語が薄っぺらいものだってことは言われたくない。



 彼女達みたいに、俺達は凄いんだって証明したい。



「ルシフェル」

「なんだ?」

「俺はお前が大好きだ」

「……我もアクトが大好きだぞ」

「だからさ」



 俺は漲る思いを握りしめる。



「死ぬまで俺の隣に立ってろ」



 ルシフェルはポカンと口を開けた。



 だが直ぐにクスリと笑い



「うむ、ずっと一緒だぞ」



 嬉しそうに俺の手を握った。



 ◇◆◇◆



「そんな意気込みをした最初の相手がお前か」



 目の前にいる人間は金色の剣を持っていた。



 その所作一つ一つが洗練され、美しさすら感じさせる。



「久しいな。アクトのそのような目を見るのは」



 ユーリは期待と興奮をした表情を浮かべる。



「ふん、それはお前が人様の目を見ることが出来ていないだけではないのか?」

「これまた久方ぶりに毒を吐かれたな。はは、全く懐かしいな」



 何故か悪口を言われても嬉しそうなユーリ。



 もしかしてMっ気があるのかな?



「そういえば私は前回の武闘大会ではアクトに負けたのだったな」

「あれで負けたと認める奴は俺様含め、この世に一人もいねーよ」

「いや、少なくとも目の前に一人いる」



 互いに意見は並行戦。



 ならば決着を決める方法など簡単ではないのだろうか。



「全く、ユーリ戦は棄権する予定だったんだけどな」

「悲しいことを言うなアクト。私がこの大会で一番戦いたい相手こそ」



 キナコの声が鳴り響く。



「アクト君なんだから」



 一閃



 文字通り空気を斬る。



 斬撃という名の魔法が俺へと向かって来る。



「ぬるいなユーリ」



 弾く。



 斬撃は地面へと激しくぶつかり、深い跡を残す。



「それじゃあ俺様は殺せない」

「ならば」



 ユーリの立っている地面が軋む。



 次の瞬間、俺と彼女の距離はゼロとなる。



「さすがだね」

「同じ手は二度は食わん」



 前回の俺が負けた時のように首元に剣が触れるが、それと同時に俺もまたユーリの白い肌に剣を当てていた。



「一応このまま同時に動いたら引き分けってなるね」

「だけどお前と俺様がそんな勝負の結果を受け入れられるはずはない」

「その通りだね」



 ユーリは無防備に剣を下ろす。



 今俺が少しでもこの手を動かせば、勝者は俺となるだろう。



 ま、そんな方法選ぶはずない



「さすがアクト」

「嘘……だろ……」



 俺の動作に合わせてユーリは俺の剣を受け止める。



 あれ間に合うのかよ。



「ありがとうアクト君。やっぱりあなたは最高だよ」

「なんだ?嫌味か?」



 咄嗟に距離を取る。



 やっぱり力の差は圧倒的だ。



「不意打ちなんてお前が一番忌み嫌うものだろう」

「うん、そうだね。でもそれじゃあ大切な物を守れないことくらい、さすがに気付くよ」



 ユーリは攻撃の手を止める。



「それならば、どうして先の状態で俺様を倒さなかった。お前なら俺様の攻撃を受け止めつつ、倒すことが出来たんじゃないか?」

「そうだね。多分それは出来たんだと思う。でも、結果は出来ていない。理由は簡単、私が自分に与えた嘘の私がダメって言ったから」



 偽りの自分が拒否した。



 ユーリが自身に課した、皆の手本となる為に実直で、勇ましくて、完璧であるユーリペンドラゴ。



 それが今、彼女には足枷となっているという。



「私は弱い人間だから。いつもいつも、嘘で自分を守っちゃう」

「お前が弱いだと?笑えない冗談だな」

「ううん、弱い。私は本当に弱い」



 君が弱いなら俺は一体どれだけか細い存在なんだ。



 それに



「自分を偽るってのは、弱いことなのか?」



 俺の質問にユーリは迷わず



「ああ、弱いな」



 ……そうか。



「ユーリ、残念ながら俺様とお前は分かり合えないみたいだ」

「確かに私達はよく意見がすれ違うな。だが、私の横にいつも立っていて欲しい存在は、いつだってアクトなんだ」



 俺も彼女も相変わらず頑固者らしい。



 その点に関しては似たもの同士なのだろう。



 もし俺が彼女と共に生きることがあったなら、よく喧嘩して、よくすれ違い、よく認め合うのだろう。



 いいな。



 そんな世界があったなら、是非とも俺を呼んで欲しい。



 その世界でなら俺はきっと



「心の底から笑えるんだ」



 結界が破壊された。



「エリカ!!」

「分かってます」



 キナコが叫び、エリカは咄嗟に生徒達を守るように結界を張る。



「随分とそれっぽい姿じゃねーか」



 普段なら背中に当たるくらいのユーリの青髪は彼女の背丈程に伸び、空へと舞い上がる。



 その姿は霧がかかったように曖昧で、複雑で、怪奇だった。



 それはどこか嘘で自分を固めているようで、でもその嘘は本当に温かいもの。



 親子揃って本当に不器用だな。



「変か?」

「いや、似合ってる」

「アクトの方こそ、どちらかというと美人さんだな」

「鏡でもありゃ分かるんだけどな」



 白い衣装に身を包み、同じく純白の綺麗な髪が顔にかかる。



 今度ルシフェルに髪留めでも買った方がいいな。



「……じゃ、終わらせるか」

「ああ」



 全く、一応君LOVEはギャルゲーだぜ?



 一体いつから神々の戦いになってんだ。



 なんかユーリはバトル漫画みたいにエネルギー砲を撃つし、対して俺も負けじと同じようなことをする。



 はぁ……もう考えたら負けな気がしてきた。



 もっと頭脳戦がメインだと思ってたんだけどな。



 まぁいい、とりあえず



「俺の勝ちだな」



 俺は力を使い果たしたユーリにチョップする。



「次は絶対負けないから」



 ユーリの結界が壊れ、倒れるように空へと消えていく。



「あれはまだ力の使い方が下手くそだから勝てただけだぞ」

「分かってる」



 次やったら負けるのは俺達だろう。



 でもそんなの知らん。



 今勝ったのは俺達だ。



 だから



「ルシフェル」



 俺はグーを前に出す。



「ん」



 ルシフェルが俺の手に拳を合わせる。



「さすがだ相棒」

「当たり前だぞ相棒」



 二人で小芝居をして笑った。



 ◇◆◇◆



「……なぁ、あれって本当にあのアクトグレイスなのか?」



 生徒の一人は言った。



「信じられねぇ。偽物だって言われた方が俺は信じるぜ」

「だが、ここにはエリカ様や他の方々もいるんだぜ?偽物が紛れ込めるはずがないだろ」

「いやでも、リア様ならそういうこともやりかねないんじゃ……」

「それこそユーリ様がそういったことは一番許さないだろ」

「じゃあ本物ってことか?」

「違うって言いたいが、本物なんだろうな」



 二人は舞台でユーリ相手に勝利を収め、喜ぶアクトを見る。



「噂は本当なのかもな」

「噂?」

「ああ。アクトグレイスは変わった。奴は悪党じゃなくて、本当は救世主だって」

「救世主?」

「学園襲撃、三大魔獣討伐、司教の件や邪神教幹部を倒しただとか、最近立て続けに起きている事件全部を解決したのがアクトグレイスだって話」

「いやいや盛りすぎだって、どう考えても嘘だろ」

「だけど今の光景見ただろ?あの強さならおかしくないだろ?」

「いやでも……」



 国すらも超え、語られる大悪人アクトグレイスが実は国を救った存在なんて話、にわかには信じられない。



 信じられないが



 信じられるはずがないのだが



「もしだ。もし本当だとしたら」



 そんなこと絶対にありえないが



「俺はきっと、そういう奴をこう呼ぶと思うんだ」



 ◇◆◇◆



「ん?」



 赤い髪がふわりと浮かぶ。



「呼ばれた気がする」



 英雄は目覚めた。

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